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「いや、可能性の話をしただけだ。あまりにも詳しかったからな。誰でもそう思うのが普通じゃないのか?」
「……まあ、そうだな。俺の言い方が悪かったかもな」
アルベドは目を細めて、怒りをぶつけるようにリースにそう吐き捨てた。
アルベド自身が否定してくれたことで、先ほどより空気は軽くなった気がしたが、それでもアルベドへの不信感の全ては晴れなかった。それは、闇魔法の家門のものでああるからだろう。
リースは、そこまで光魔法と闇魔法の者についてあれこれ言わなかったけれど、グランツを初めとする騎士達はどう思っているのだろうか。きっと、いいようには思っていないだろう。
「此奴が、ヘウンデウン教と繋がっているわけないだろ! 裏切り者が!」
「あー、ギャーギャーうるせえな」
それまで黙っていた村長さん改めヘウンデウン教の狂信者は、アルベドに向かって怒鳴った。だが、アルベドはそれをどうでもいいというように、耳を塞ぎながら苛立った表情を浮べていた。
裏切り者、という単語でまたぴりりと場が固まる。
裏切り者というのなら、やはりアルベドは元ヘウンデウン教の者なのだろうかと。
(でも、アルベドは嘘つかないし……)
私はどんな状況であってもアルベドを信じようと思っていた。
確かに、ゲームなら裏切り者とか光落ちキャラとか萌えるけど、実際の所、元敵が味方―なんてあまりその人のことを信じられないだろう。と、まあオタク心をくすぐる単語に身体を反応させつつも、アルベドがどう返すのか私は気になっていた。
「裏切るも何も、最初からお前らの仲間じゃねえっての。闇魔法の者だからって、混沌を信仰してるとか思ってんじゃねえよ」
と、アルベドは返し満月の瞳を細めた。
それに、一瞬怯みつつも信者は続けた。嘲るように、勝ち誇ったかのように。
「そんな甘い考えを持っているから、爵位を未だに貰えていないのだろう。やはり、時期レイ公爵家の当主はラヴァイン様が! ぐあ!」
そう続けた信者の傷口をアルベドは思いっきり踏みつけた。
苦痛に歪む信者の顔。
改めて、アルベドは怖くて危険だと私は身をもって感じた。
(今の顔……凄く怖かった……)
最近、アルベドは笑ってばかりだったから忘れていたけれど、出会った当時もこんな顔していたなあとぼんやり思い出した。暗殺者の、人を殺すのも人を人としてみていないような表情を、アルベドは浮べていたのだ。
いや、怒りを含んでいた顔といった方が正しいだろうか。
ラヴァインと言えば、アルベドの弟の名前だ。アルベドは、弟に命を狙われていることも会ったと言うし、それでもそんな弟を生かしているんだから、もしかしてほんの少しだけ、弟として家族としてみているのかも知れない。でなければ、アルベドほどの人が人自分に暗殺者を送った人間を許すはずないだろうから。
やはり、優しいのだろうかと。
「ああ、矢っ張り彼奴か。まあ、こんな出来ない部下を持ってるんだったら、爵位は貰えないだろうよ」
「何を……!」
「だって、そうだろ。こんなにべらべら喋る口の軽い部下を雇うほど頭が悪いんだから」
「貴様!」
アルベドは、煽りつつも、しっかりと信者から目を離すことなく見下ろしていた。隙がないというか、さすがというか。
信者は怒りにまかせ吠えていたが、負け犬の遠吠えとはこのことで、暗殺者の遺体の処理が終わった騎士達も囲んでいる中で逃げることは不可能だろう。もう、逃げ場はないというのに、どうして足掻くのか。
「あ、グランツありがとう」
「いえ……ですが、大丈夫ですか?」
「ううん、もう平気だから。私だって、強いんだよ?」
「……」
「何その反応」
「いえ、別に」
もう、大丈夫だろうと私の目から手を離してくれたグランツはスッと私の後ろに下がった。私は強いから大丈夫だとちょっとばかり見栄をはると、見透かしたようにグランツは私を頭からつま先まで見て、いつもの無表情で答えた。
確かに、守って貰う側だけど、私だって強いと言うことを、私のことをもう少し信頼して欲しいと思っている。グランツは、表に出ないだけで感情が先走っているような気がするし、私の思いを尊重しているとイイながら、たまに話を聞かないところがあるから。
(まあ、従者であれど人間だし。それに、従順すぎる子を攻略したいと思わないから、そこら辺は良い感じに設定してあるんだろうな……まてのきかないワンコとか)
はあ……とため息をつきつつ、私はこれからどうするんだろうと、行く末を見守った。
「それで、お前はこれからどうする気だ?ここから、生きて帰れるとでも思っているのか?」
「ふん、貴様なんぞに殺されるぐらいなら舌を噛みちぎって死んでやる」
「あっそう。ラヴァインに伝言を頼みたかったんだが」
「……!?」
そうアルベドが口にすると、信者は瞳孔を開いて、アルベドを凝視した。
それはまるで自分が生かされることを驚きつつも、かったといわんばかりの笑みが滲み出ているような。
(本当に逃がす気? 殺そうとしてきたのに?)
私は、本気でアルベドが、彼を送り返そうとしているのだと焦った。
自分たちを殺そうとし、罠にかけた相手を私は許すわけにはいかないと思っているのに。だからといって、自分から手を下す勇気もないけれど。
「……な、何と伝えれば?」
「うーん、そうだな」
と、アルベドは如何にも考える素振りを見せながら、顎に手を当てて考える。
信者は、もうかくすきもないのか、笑みを浮べ、今か今かとアルベドの言葉を待っていた。
そうして、アルベドは何かを思いついたかのように指を鳴らし、ニヤリと口角を上げた。それは、悪魔の笑みだった。
「お前に爵位は譲れない。俺が貰う。母親を殺したお前に、公爵家で居場所があると思うなよってな!」
そうアルベドが言った瞬間もの凄い風が吹き、一瞬だけ見えた風の刃は信者の首をスッと切り落とした。
「……ッ!」
私は、思わず目を閉じた。
見てしまった。見てしまった。見てしまった。
何度か、アルベドが人を殺すところは見てきたけれど、それでも、目の前でやられると来るものがある。それも、首をあんなにもたやすく。
「エトワール様」
グランツの声が後ろから聞えたが、私は両目両耳を塞ぎながら首を横に振って、自分を何とか落ち着かせようとした。
そう、自分だって死んで欲しいって思ってしまったじゃない、一瞬でも。
そんな風に自分をいい聞かせて私は目を開いた。アルベドに殺された信者の身体は、何故だか黒い液体となってドロドロに溶けていた。
「殺しておいて正解だったな。此奴も、実験台にされてたんだ……計画に失敗したとき、あの怪物になるように」
と、アルベドは吐き捨てて消えゆく液体を見下ろしながらため息をついていた。
アルベドは何処まで分かっていたのだろうか。いつ、気づいたのだろうかと疑問が浮かんできたが、今はそれを聞くべきじゃないと私はグッと言葉を呑み込んだ。
「はあ……ヘウンデウン教とラヴァインか。面倒くさいなあ、本当」
「アルベド」
私は、珍しく疲れ切った顔をしているアルベドに駆け寄った。後ろから、グランツが何か叫んでいたような気がしたが制止を振り切って彼の前に。すると、アルベドは驚いたような表情を浮べつつも、にへらっと笑い、どうした? と私にいつもの笑みを向けてきた。
「何だ、惚れたか?」
「何処に、そんな要素が。それより、良かったのかなって……その、伝言」
「ああ、その事か。それは、この信者の目を使ってみていたから聞えただろうよ。あの信者、片目しか見えてなかったんだ。多分、ラヴァインにえぐり取られたか、捧げたか。まあ、どっちでもイイが、狂った思考回廊をしていたみたいだしな。気にすることねえよ。それに、彼奴に聞えただろうし」
と、アルベドは呟いて、私の頭に手を置いた。
かすかに香る血の臭いに、私は顔をしかめつつも、彼も彼で大変だなあ何て、ちっぽけな感想しか浮かばなかった為口を閉じた。
それから、アルベドは、周りにいた騎士や、グランツ、リースを見てフッと口の端を持ち上げた。騎士達は少し身構えたが、アルベドに戦う意思などなく、彼は両手を挙げた。
「アンタら、ここで野宿でもする気か? ここらは、強い魔物がでるからな、疲れ切ってる身体じゃ、どうにもならないだろ」
アルベドは、そう、見下すように言うと私から手を離した。
「あ……」
何故だか、アルベドの手が離れただけで少し寂しい気持ちになってしまった私は、彼に手を伸ばしたが、ふと我に返って手を引っ込めた。
アルベドはくるりと私に背を向け両手を広げた。
「まあ、サービスだ。感謝しろよ?」
と、アルベドが言葉をこぼしたかと思うと、私達の足下に大きな魔方陣が現われた。それは、見慣れた転移魔法のもので、皆は動揺していた。
転移魔法と言えば、人一人を転移させるのでも多くの魔力と人を要するというのに。
「一つ勘違いしてるみたいだから、訂正してやるよ。エトワール」
「え?」
「光魔法の転移は、転移魔法を使う者の魔力がいる。だが、闇魔法は転移魔法に限らず、人の魔力を使って魔法を発動させることが出来る」
つまり――――とアルベドは続ける。
「帰ったら、魔力枯渇して動けないかもだけど、帝都まで送り届けてやるんだ。それぐらい仕方ねえと思えよ」
「ちょ、アルベド!?」
叫びながら私はアルベドに手を伸ばしたが、その瞬間転移魔法が発動し、私達は光に包まれた。