テラーノベル
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今夜はいつもより賑やかだ。卵尽くしと銘打って出した料理も片っ端から消えていった。冷やしだし巻きから始まって、ほうれん草のココットや牛カツの卵とじ、冷やし茶碗蒸しからの、エッグベネディクト。そして締めは巨大オムレツだ。リンとお客さん以外はたくさん食べてくれるので作り甲斐があった。それでもレパートリーをもっともっと増やさないとだ。
「はぁい♪ご返杯♡。かのえちゃんっていける口ねぇ。ささぐ〜っと♪」
「そうゆうカスミ先生だってなかなかお強い〜♪。ぐっぐっ。ふはぁあああ♡。ジョッキでシャンパンなんて♪なんて贅沢〜♡。ささ、先生っ♪」
いつも以上にご機嫌なカスミさん。そしてとても良い笑顔を見せる刑事さん。食堂から二階に上がって、みんなが集まるダイニング・ルームで、食後に始まった酒盛りタイム。お気に入りの音楽をかけて各々が愉しむ時間だ。時折りカスミさんが気に入った人を招いては催しているらしい。
俺にとっては初めての出来事で戸惑いもしたのだが、二種類のワインをダースで持って上がった。そして冷やしたシャンパンも。 ガーリックシュリンプやらクリームチーズ・クラッカーやら、ソフトサラミやらサケトバやイカ燻らを取り敢えず出して酒のつまみも何とかギリで間に合わせた。
「すごいっすね…この二人。すでに10本も空けてるっす…」
「わ…わたしでもジョッキでシャンパンは呑めないわ。…度数たかいし…」
「あたしも…ちょっと飲んでみたいのに、レオくんがダメって言うのよ…」
「シャンパンは発泡酒だから飲み慣れない人は悪酔いするんだよ。だから…今のリンにはワインのほうがいいって。特にご飯した後だから大人しい飲み物にしとこうな?。…音々さんは?どうする?白に変えようか?」
低い円卓を囲むように配されたソファーセット。ここに集まるとなごむ。しかし、今日のお客様の顔にはどこか見覚えがあるような気がする。街で会ったことがあったのかも?もしも話したことがあるのなら忘れるハズが無いんだが。う〜ん、声にも聞き覚えがあるような無いような。なんとももどかしくなってきた。確かに彼女の顔は知っている筈。しかしどこで?
「ううん?。赤のままでいいわ。もう一杯のんだらお風呂に行くし♪」
「今日はみんなで入る日っすね?。うふふふ♪八門兄さん?覚悟っす♡」
「えー!?レオくんも入るのぉ!?一緒にっ!?。…まぁ…いいけど♡」
「え?週末だよ?。俺は出掛けるから無理だよ。それにお客さんもいるんだからな?。…えーと。あら…カスミさんゴメン、シャンパンラストだ。」
「それじゃあ次は白ワインでお願いしますねぇ♪。あ、チーズとか欲しいですね。レオさん?お願いできますかぁ?。…こく…こく…こく…ふぅ♡」
「すみませ〜ん。八門さぁん♡あたしも白でお願いしまぁす♪。ゴメンねぇぜんぜん遠慮なくてぇ。でもこんなに美味しいおつまみ出されたらお酒も止まんなくなりますってぇ♡。八門さん、スっゴくイケメンだしぃ♡」
部屋を埋め尽くす薄い空色なソファーに身を任せて、みんながリラックスしながらワイングラスを傾けている。漂う甘くてフルーティーな香りの中で満面の笑みで俺を褒めてくれた紫かのえさん。その瞬間に俺の眉間を小さな稲妻が走った。そうだ!間違いない!。俺はこの美女を知っている!
「あーーーっ!思い出したっ!。…あ、大声出してごめん。…あのテレビ中継に出ていた人ですよね?。えっと…トク…モト?とか言う豚男が警察署に出頭した時に対応していた姿勢の素敵だった女性刑事さん。違う?」
「あちゃ〜。気づかれちゃいましたかぁ。そうです。わたしがあの中継中にトクモト・ユウジに対応していた美人刑事でぇす♪。因みにアイツは女性の敵でしたぁ。…持ち込まれたデータの解析を…したんですけど…ぐす。あのブタ…40人…以上の女の子に…ぐしゅ…乱暴してたんです。…ぐす…過去の被害届とか…ぐしゅ…照らし合わせたらとんでもなかった。すん…」
「ほらほら〜泣かないのぉ。はいティッシュですよお?。お鼻かんで?」
「…ぶーっ!。ぐしゅ…。すん。…ありがと…かすみちゃん。ぐすっ…」
突然、苦悶の表情になり、大粒の涙をポロポロと落としながら言い出したムラサキかのえさんにぴったりと寄り添うカスミさん。よほど彼女のことが気に入ったのか、とても仲の良い姉のようにお世話を焼いている。まぁカスミさんは誰にでも優しいので特に珍しくもないのだが、人間の女性に少なくはない偏見を持つ淫魔の女神が、ここまで手厚くするのは驚きだ。
「あの、ムラサキ警部?聞いてもいいですか?。アイツの非道が、ぜんぶ立件できたとして…刑期はどれくらいになると思います?。ザックリで…」
「…日本の司法なら…長くても20〜25年が限界だわ。そして性犯罪の再犯率は極めて高い。たとえ男性として不能でも…痴漢はするし…女の子を玩具にしたがる。…国によっては極刑だってあるのに!日本の司法は女性の被害を理解してない!。男の一過性の快楽の為に!被害女性は一生!拭えない恐怖と!深い傷を抱えて生きるの!。そんなの絶対許せない…」
「ほらほら、大丈夫よ?かのえちゃん。ほら、おいで?お姉ちゃんが抱っこしてあげましょうねぇ♪。…よしよし…もう泣かなくてもいいのよぉ?」
俺の質問が悪かったのか、ムラサキさんがまた大粒の涙をポロポロと零している。カスミさんと並ぶとタイプの異なる美人だと納得してしまった。うるうると目を潤ませるかのえさんを胸に抱くカスミさん。その時の彼女の表情は、とても柔らかく慈愛に満ちていた。一方、抱かれている紫さんも甘えるようにして身を預けている。なんとも言葉にできない美しさだ。
「ぐしゅ。あたしには双子の妹がいたの。…あたしにそっくりなんだけどよく笑う子で…すごく人懐っこくて…優しくて…歌が上手くて。…でも中学三年生の時に…自殺したの。…クラスメイトや、他のクラスの男たち四人にレイプされて。…被害届を出すのを母さんに止められたわ。それでも出したの。…その四人も補導されて…少年院に入ったわ。でもたったの2年よ!?。17歳で平気な顔して高校行って!今じゃ家庭まで持ってる奴もいて!。刑事になってすぐに、探し出した犯人に会いに行ったわ。…妹を返せって言ってやったの!。そしたらアイツ!なんて言ったと思う!?。『罪は償ったんだからもういいだろう!。若気の至りだよ!。』…って。でも妊娠が発覚した妹は死んだわ!冬の真夜中に…橋から身を投げて!。なんで妹が死ななきゃならなかったのよ!女だからって…なんで…酷い…」
カスミさんの胸に頰を預けて、ムラサキさんが口を開いた。とても苦しそうな表情で、でもしっかりとした声で語った。あまりの悔しさと、果てしない憎しみと、身を刺す後悔と、無くした事への絶望が、その言葉の端々に溢れ出すようだった。ときおり言葉に詰まり、短い嗚咽が漏れる。しかし彼女は何かを振り絞るように、振り切るように語り続けた。まるで己を罰するかのように。声を荒げるたびに涙を零す。その切なさが痛々しい。
「…つらい話を…ごめん。でも俺もそうゆうの許せない奴なんだよ。俺も男だけど…俺を生んだ人が妹さんと同じ様な目に遭っててさ?…俺を生んですぐに死んだんだよ。…俺の身代わりになってね?。そんな不幸は繰り返しちゃいけないんだよ。俺みたいなやつは…俺ひとりだけでいいんだ…」
俺も紫かのえさんの苦しみに応えるように、自分の信念を話した。これは俺の独り善がりだと解っていても、許せないモノは許せない。人には人なりの、魔人には魔人なりの良心があるはずだ。俺は人間ほど残酷でもないし守銭奴でもない。自分の利益のために、自尊心の為に、他者や弱者たちを傷付けたり騙したりしない。しかし断罪はさせてもらう。強者だから…
「もう。レオちゃんはぁ。めっ!ですよぉ。…わたしは最初から気付いてお誘いしたのですからぁ。汚い物を見せちゃったからそのお詫びにぃ。でも…誰にも言えなかったことをやっと吐き出せたみたいですねぇ。ほら♡こんなに可愛い安らかな寝顔で♪。さて、今日の入浴会は皆さんで楽しんでくださぁい。わたしはこの娘のお世話をしますからぁ♡。それじゃ♪」
少し丸くなってカスミさんに身を預けているムラサキさんの身体を、銀髪の麗人は楽々とお姫様に抱き上げた。そのまま小さく会釈すると滑るようにコミュニティルームを出てゆく。唖然とした顔で見ているのは東雲リンだ。大きな目を更に大きくしていた。眼の前で起こったことをわざわざ釈明するのも困難なので、俺は皿を片付けながら知らん顔を決めている。
「さすがは七月せんせいっす。面倒見が良いっすよねぇ♪。それでレオ兄さん?今夜も狩りに行くんすかぁ?。あーしもお供して良いんすよね?」
「え!?。レオ君が何を狩りに行くの?サクラちゃん。それに、さっきのカスミ先生って…どーゆーこと?。凄く軽々と抱き上げたんですけど?。それに…歩いてなかった。…こう…すぅーって…滑ってったんですけど?」
「はあ〜。サクラ…あんたは部屋に戻りなさい。…ややこしくなるから…」
「へ?。あーし何か不味いこと言いました?。先生がめちゃくちゃ力持ちなのみんな知ってるっすよね?。それに浮遊移動なんていつ …あっ!?」
ワインで上機嫌になったらしい金髪ギャルが、訳が分からないといった顔で俺に助けを求めてきた。のだが時すでに遅し。サクラを見るリンの目は更に大きく、その狭間に座る黒咲音々は頭を抱えこんだ。何かに気付いたサクラが…恐る恐ると音々を見る。てへペロ♪とばかりに笑顔を作った。
「サクラ……アンタはもうっ!。お酒を呑むとおしゃべりになるのはワタシもだから怒らないけど…内容は時と場を選びなさい。リンさん驚いてるじゃない。アンタが口を滑らせなきゃサラッと流せたのに。はぁ〜も〜」
「まあ今のはカスミさんも油断したんだろうなぁ。ってことは…もう良いんじゃないか?音々さん。…リンも俺達の家族なんだって、カスミさんも認めてるんじゃないのかな?。…リン?。俺の話を聞いてくれるかな?」
俺は積んだ皿や空いたワイングラスを大きなワゴンに収めながらリンに同意を求めた。これまでも皆の正体を明かす機会はあったのだが、どこか踏ん切れないところがあったのも確かだ。しかし少しでも早く話しておかなければ、真相を知り、もし拒絶されたら。たぶん俺はもの凄く後悔する。
「…ごめんなさい。…少し驚いただけだから。…レオ君だけだと思ってたのよ。…その…普通じゃないのって。…レオくん寝てると…顔に模様が出てくるの。…こう…ギザギザってしたのが外側から。…だから普通の人間じゃないんだろうなっ…て。…で!でも怖いとかじゃないのよ?。…その…」
そう思っていたところに意外な台詞が返ってきた。眠っている時の俺の身体には見たことのない紋様が出るらしい。確かに眠っているのだから確認はできないがどうゆう事だろう?。カスミさんは勿論のこと、音々も教えてはくれなかった。そして何かしらな体調的の変化もないし。いや今は…
「…そうか。怖くないならそれでいい。…でも、もう知ってもらったほうが良いのかもな?。…俺は毎週末ごとに…鬼畜たちを殺してる。あのブタ野郎みたいな奴は、いや、アイツよりも酷い男はまだまだ居るんだよ、あの歓楽街にはね?。…女の子は子供を授かれる神聖な存在だ。男の欲望の道具にされちゃいけないんだよ。…とまぁ、これは俺のエゴだけどな?」
「ううん?。…レオくんも小さい頃に、お母さんのことで辛い思いをしたんだなぁってさっき知ったから。…だからあたしのことも守ってくれたんでしょ?。…そして…仇も討ってくれた。…サクラちゃんや音々さんが、レオ君のこと大好きなのも知ってる。勿論カスミ先生の想いも。…レオくんは絶対に悪いコトしないもの。殺される方に…原因や問題があるのよ。」
またも俺の想定は覆された。いや、どこかで期待していた答えかもしれない。東雲リンとゆう繊細な女のコは、他人の痛みを理解しようと努めてくれる数少ない人間だ。死と生の狭間にいながらも俺の問いかけに応え、俺の血を分け与えた唯一の人の娘。不老になったことはいずれ知るだろう。そして彼女はいつも俺の期待の上を越えてきてくれる。俺の子供が欲しいと告げられた時には流石に臆したが…音々とは違うのだ。大切にしたい。
「良かったわ、ぜんぶ理解してくれて。…サクラ?ホントにやるようになったわねぇ?今回のは結果オーライだけど。一応は…褒めてあげるっ♪」
「い!?痛い!痛い!痛い!?。こっ!こめかみドリルは!ご褒美じゃないっすぅ!。…痛たた。…もう!音々ねえさんは!少しは加減するっす…」
この音々とゆう美しい恩人は、いつも俺の重苦しさを払拭してくれる。出逢った頃は姉弟みたいだったのに、今となっては愛人以上だ。俺に人界の汚さや面白さを教え、そして女性の神秘の素晴らしさを教えてくれたのも彼女だった。最近では姉弟に戻りつつあったのだが何故か触れたくなる。
しかしどこまで説明したらよいものだろう?。オレは魔人だよって言ってもすぐに理解できるわけもないし。やはり分かりやすい方法が良いのだろうとは思うけど、何かを壊せば怖がらせることになるだろうし。う〜む?
「でも怖いよな?リンは。俺がどんな方法で人を殺しているのかとか…捕まったりしないのか?とか。そのせいで俺が居なくなるのかも…とか。」
「うん。日本には警察があるから…国家権力って想像できないくらい凄いみたいだし。それにもし捕まって…たくさん殺してたら…死刑にだって。あたしはレオ君が人殺しでも構わないの。…ただ側にいて欲しいだけで…」
やはり核心はここだと思った。俺が人を殺す理由は理解できていても、警察や司法による裁きは付き物だと考えてしまう。それは人界の国家で罪とされているから、日常に当然のように刷り込まれている常識だ。しかしその常識は、善人や弱者を陥れる悪人にまで適用されて良いのだろうか?。
己を強者にしたい者が一度でも弱者をいたぶれば、その愚か者は次の弱者を探し出し、そしてまた手にかける。他人の血や苦痛こそが己の糧と信じて殺し、奪い、犯し、そうやって王は誕生した。それなりの言論で和平を結ぶも、やはり最後は武力で押し切る。それを長い年月くり返し、日本ノ王も例外なく出来上がったのだ。力こそ全ての歴史は必ず滅びゆくのに…
「あ、それは心配いらないっす♪。あーしがサポートしてるんで♪。あ。これ以上は言うなってことっすね?音々ねぇさ!?いっ!痛い!痛い!」
「そーゆーことは本人同士で話すもんでしょうがアンタは!。ほら!お風呂に行くわよっ?。ここからは二人の問題なの!。…じゃあね?リンちゃんに八門くん。…どちらも後悔や誤解の無いようにじっくり話なさい?」
「あはは。ね…ネネさん、サクラちゃん。おやすみなさい。また明日〜」
「………おやすみ、二人とも。(あのヘッド・ロックはキツそうだなぁ…)」
また音々に気を使わせてしまったらしい。しかしここはその配慮に甘えるとしよう。さて?東雲リンに怖がられずに俺が持つ魔族の力を見せるにはどうすれば良い?。正直なところ魔法らしい魔法は習得していないのだ。いかに魔族とは言っても学ばずに魔法が使えるわけではないのは周知の事実。種族で異なる教育なるものを受けて…理解しなければ使えないのだ。
ところが俺は生まれてすぐに人界に捨てられている。よって魔法教育など受けた事もない。悔しいかなサクラやネネにも魔法では敵わないのだ。しかしカスミさんは俺には魔法など必要ないと言う。まぁ出来ることは確かにあるし天敵も居ないのでこのままでも良いのだが。さて…どうしよう?
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