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三月の繁忙期をなんとか乗り越え、四月に入ったばかりのある週末。 僕は都内から電車で一時間ほど揺られ、真新しい一戸建てを訪れていた。
「お兄、遅い。はやく翔の相手してやってよ」
リビングに入るなり、ソファにドカッと座る金髪の妊婦から不満が飛んできた。 二十八歳、美容師。現在第二子を妊娠中の妹の美咲だ。
今日は同業の旦那さんが仕事で不在らしく、つまり僕は、ご祝儀と、子守要員として呼び出されたわけである。 ふっくらしたお腹を抱えつつも、ギャルメイクと口調は健在だ。僕はこの「姉御肌の妹」に昔から頭が上がらない。
「ごめん、駅からの道がわかりにくくて……。はいこれ、お祝い」
「お、サンキュー。やっぱ独身は金持ってるねぇ〜」
美咲は祝儀袋を受け取り、にやりと笑った。
と、その時。
「おじちゃーーーん!!」
ドカッ!! 小さな砲弾が、僕のみぞおちに直撃した。甥っ子の翔、三歳だ。エネルギーの塊のような怪獣である。
「ぐふっ……! か、翔くん、元気だね……」
「ひこうき! ひこうきやって!」
休む間もなく、僕は強制労働に駆り出された。
「ひこうき」とは、寝転がった僕の足の上に子供を乗せて持ち上げる、バランス運動のことだ。 一回、二回……十回。さらにそこから「高い高い」の無限コンボへと派生する。
子供の体力は底なしだ。一方、デスクワーク続きの僕のHPは、開始十分でイエローゲージ、三十分後には点滅する赤ゲージへと突入していた。
「はぁ、はぁ……ちょ、ちょっと休憩……」
「えー! おじちゃん、もうつかれたの? よわっ!」
無邪気な言葉が、運動不足ボディにグサリと突き刺さる。床に大の字で倒れる僕を見て、美咲が呆れたように鼻で笑った。
「情けな。あんたそんなんで彼女守れんの?」
ドキリとした。美咲には、つい先日「彼女ができた」ことだけは報告していたのだ。
「……まあ、彼女の方がしっかりしてるくらいだから。大丈夫だよ」
「ふーん。で、どうなの? 結婚とか考えてんの?」
美咲はノンカフェインのコーヒーを飲みながら、さらりと爆弾を投下した。
新築の綺麗なリビング。庭には小さな滑り台。幸せを絵に描いたような「家族」の風景の中にいると、その質問はいつもより重く響く。