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携帯のアラームで宏章は目を覚ます。
昨日の朝とは打って変わって、目覚めはすっきりしていて、体は軽やかだ。
昨晩桜那のマンションから帰宅して、なんだかんだと眠りに着く頃には真夜中の2時を過ぎていたが、熟睡できたおかげか、睡眠時間の割に体は元気だった。何よりも胸のつかえが下りて、気持ちは晴れ晴れとしていた。
勢いよくベッドから降りて、カーテンを開けると太陽の光が降り注いだ。換気をしようと窓を開けると、冷たい空気が入り込み、全身の細胞が目覚めていく。
……こんなに寝覚めの良い朝は久しぶりだな。
しばらくぼうっとした後、満ち足りた気分でゆっくりと支度を始めた。
まだ時間に余裕があったので、しっかり髪をセットし、そろそろ出ようかという時にメールの着信に気付く。
桜那からだ。
『おはよう。昨日は疲れてるのにごめんね。でも来てくれてすごく嬉しかった。昨日は宏章のおかげで、朝までぐっすり眠れたよ。ありがとう。今日はクリスマスだね、今日は収録が一本だけだから17時頃帰れそうなの。仕事が終わったら会いたいな』
メールを見るなり、宏章は嬉しくなってすぐに返信した。
『おはよう。俺も今日はぐっすり眠れたから元気だよ。17時には仕事終われそうだから、18時頃に桜那のマンションまで行くよ』
いつもの様に桜那からの返信は早く、間髪入れずにメールの着信音が鳴る。
『今日はクリスマスだからケーキ用意しとくね。ごはんも作って待ってるから、お腹空かせてきて』
……そういえば、クリスマスに誰かと一緒に過ごすの初めてかも。
思い返してみれば、昔付き合っていた彼女ともクリスマスは一緒に過ごした事なんてなかったし、上京してからはほとんど仕事をしていたという記憶しかなかった。
初めて恋人と過ごすクリスマスの相手が、桜那だという事が嬉しくて思わず笑みが溢れた。
『じゃあ、お酒買ってくよ。何がいい?』
『ワイン!あとは宏章に任せる』
メールを確認して玄関で靴を履いていると、実家からの荷物が目に入った。
……そうだ、桜那が好きだって言ってた日本酒、送ってもらったんだった。
宏章はダンボールから日本酒を取り出して、手に取ってしばらく眺めていた。宏章は両親の顔が浮かんだ。あの電話から一か月が経過したが、宏章は両親と桜那への想いの狭間で揺れ動いていた。目を閉じて深いため息をつくと、迷いを押し込める様にリュックに日本酒を入れて、急いで出発した。
いつも以上に張り切って段取り良く納品先を回り、仕事を終えたのは16時を少し過ぎたあたりだった。
……思ったより早く終わったな。
まだ約束の時間まで余裕があったので、桜那に頼まれたワインを調達する為に駅ビルにあるワインの種類が豊富なリカーショップへ向かった。クリスマスだし、スパークリングワインかな?と手に取り、他に桜那が好みそうなものを数本見繕ってレジに向かった。
買い物を終え、ショーウィンドウを眺めながらぶらぶらと指定駐車場までの道のりを歩いて行く。 街の至る所にイルミネーションが施され、車のライトと溶け合ってより輝きを増していた。
そのキラキラと光る様子を眺めながら、宏章はふとクリスマスプレゼントを用意していない事に気付いた。
慌てて駅ビルに戻り、あたりを見渡すと服やシューズ、ジュエリーの店で溢れているが、肝心の桜那の好みが分からず頭を抱えた。とりあえずジュエリーショップを眺めてみるが、似たようなの結構持ってたしな……と、どれも全くピンと来るものがなく、宏章は焦り出した。
桜那の欲しがりそうなものを一生懸命に考えみるが、考える程に分からなくなり、焦れば焦る程、何にも思い浮かばなくなってしまった。
……女の子だし、身につける物はきっとこだわりがあるよなぁ。
深いため息をつき、約束の時間も迫っている事から頭を抱えていると、ふと鼻先にかすかな花の香りが漂ってきた。
宏章はハッとして、せめて花でも買ってあげようと思いフラワーショップへ入った。
フラワーショップへ入ったはいいものの、生まれてこの方一度も花束など買ったこともなく、せいぜい母の日にカーネーションを買ったことぐらいしかなかった。
ここでも迷っていると、店員が笑顔で声をかけてきた。
「いらっしゃいませ。なにをお探しですか?」
「あ、プレゼントで……」
しどろもどろに答えると、店員は慣れた様子で「女性ですか?」と尋ねる。宏章は照れ気味に「はい……」と答えた。店員は「花はお決まりですか?」と笑顔で続けるが、宏章は「いえ、何がいいのか分からなくて……」と困り果て、小さくため息をついた。
「その方の好きな色はお分かりになりますか?もしくは、その方のイメージカラーでお作りしますよ」
店員にそう言われると、宏章はハッと思いついた。
「じゃあピンクでお願いします」
「かしこまりました。すぐ出来ますので少々お待ち下さい」
店員は返事をすると、奥で作業を始めた。
待っている間、ふと桜那の顔が頭に思い浮かんだ。桜の様に、白みがかった柔らかな淡いピンクが、桜那にはよく似合う。
「お待たせしました。いかがですか?」
花束を抱えながら店員が戻って来ると、確認のために花束を見せた。
中央に淡いピンクのバラが3本、そのまわりを白や濃いピンクの大小様々な花が囲んでいて、まさしく桜那のイメージにぴったりだ。
宏章は目を輝かせながら、「ありがとうございます」と満足気にお礼を言って、会計を済ませ店を後にした。
時間を確認しようと携帯の画面を開くと、桜那からメールが届いていた。
『もう帰ってるから、いつでも来ていいよ。』
時刻は17時半を回っていた。
宏章はいまから向かうとメールを返し、バイクを走らせた。
マンションに着いてインターホンを鳴らすと、はーい!といつもの甲高く甘い声がして、ドアが開いた。
「メリークリスマース♡」
桜那が上機嫌に、ぎゅうっと宏章へ飛び付いてきた。
ふいを突かれ、びっくりして一瞬固まるが、ふわりと甘い香りが鼻をかすめて宏章は胸が高鳴るのを感じた。
桜那は宏章の胸にしばらく顔をうずめ、「待ってたよ」と言って顔を上げた。
宏章は「ごめん、遅くなって」と言い、少し体を離すと桜那の姿を見て目を丸くした。
「桜那その格好……」
「桜那サンタ♡可愛いでしょ?」
桜那はうふふと笑い、体をくるりとひねらせ無邪気におどけてみせた。
サンタの帽子が付いたケープの下に、肩と胸が大胆に露出した、裾に白いファーのついた真っ赤なフレアのミニワンピースを着ていた。
「かわいい……」
宏章はその姿に、すっかり心奪われてしまった。
宏章が桜那に見惚れていると、桜那が脇に抱えていた花束を見つけ、「このお花、どうしたの?」と尋ねた。矢継ぎ早に「これ私に?」と首を傾げながら、大きな目をさらに見開いて、宏章をじっと見つめた。
「うん、プレゼント用意できなくて……こんな花束で悪いけど……」
宏章はハッと我に返り、済まなそうに答えた。
それを聞いた桜那が急に黙り込んだので、宏章は焦って「プレゼントはちゃんとあげたいから、今度一緒に見に行こう」と言い、桜那の顔を覗き込んだ。
桜那は頬を赤らめて、嬉しさから目を潤ませていた。
「可愛い……、めちゃくちゃ嬉しいよ。ありがとう」
「ジュエリーとかの方がいいかと思ったんだけど……」
「私、ジュエリーとか服なんて腐るほど持ってるし。お花の方が嬉しいよ。だいたい欲しい物なんて自分で買えるしね」
桜那はさらりとクールに言ってのけた。
桜那は歳の割に、こういう所は妙に現実的だ。言い終えた後、すかさず「あっ!私、こう言う事言っちゃうから可愛げがないんだよね」とため息をついた。
宏章の腕からさっと花束を受け取り、顔を近づけてそっと香りを確かめる。
「いい香り」と呟くと、花束を大事そうに抱え「上がって、早くゆっくりしよ」と言い、スタスタと歩いて行った。
急にぴたっと立ち止まると、くるっと振り返り、桜那は悪戯っぽく笑った。
「ちなみに3本のバラの意味はね、『愛してる』なんだって!」
桜那は幸せそうに微笑み、「ありがとう」ともう一度言った。
宏章は途端に恥ずかしくなり、顔を真っ赤にした。知らなかったとはいえ、キザな事をしてしまったと思うと、たちまち体が熱くなり、だらだらと汗が吹き出てきた。そんな宏章の様子に気付きながらも、桜那はお構いなしに「ほら入って」と促す。宏章はとりあえず心を落ち着かせようと、一瞬立ち止まり、小さく深呼吸してからリビングに入った。
リビングのテーブルには、すでに食事が用意されていて、綺麗に盛り付けられたパスタやサラダ、スープとチキンが並べられていた。宏章は驚きと感動から、目を輝かせた。
「めっちゃ美味そう!これ全部桜那が作ったの?」
「うん、でも時間なくて簡単なのしか作れなかったけど……」
桜那は花瓶に花を生けながら、少し照れ気味に答えた。
「いやすごいよ!お店の料理みたい!」
桜那の手料理を前にして、宏章は無邪気にはしゃいだ。そんな宏章を愛おしそうに眺めながら、桜那は優しく「お腹空いてるでしょ?早く食べよ。手洗っといで」とまるで母親の様に言った。いそいそと洗面台で手を洗ってからリビングへ戻ると、あ!と思い出し、桜那にワインの入った紙袋を手渡した。
「ワインと、あと桜那が前に好きだって言ってた日本酒」
宏章がリュックから「桜香」を取り出すと、桜那は驚いて「これ……」と呟き、宏章を見上げた。
「初めて二人で飲んだ時、好きだって言ってただろ?」
宏章が穏やかに笑うと、桜那は感激した様子で目を輝かせた。
「覚えててくれたんだ!じゃあ、こっちは食後のお楽しみかな」
そう言って冷蔵庫へ入れると、桜那が食器棚からワイングラスを2つ取り出した。
「俺が開けるよ」
宏章は慣れた手つきでワインの栓を抜き、グラスにゆっくりと注ぐ。
「じゃあ、乾杯しようか」
二人はテーブルに向かい合って、「メリークリスマス」と静かにグラスを傾けた。
宏章はワインをぐいっと飲み干すと、「いただきまーす!」と元気良くパスタに手をつけた。
「俺、仕事帰りでめちゃくちゃ腹減ってたんだ!」
宏章は嬉しそうに食べ始めた。
相変わらず美しい所作だ。
そんな宏章を横目で眺めながら、桜那はゆっくりとワインを飲み干した。
「いつも思ってたけど、桜那って料理上手だよね!」
「そう?パスタなんて簡単だし。結構盛り付けで誤魔化されてると思うけど。ちなみにチキンは買ってきたやつだからね!」
そんなにストレートに褒められると、何だかこそばゆくて調子が狂ってしまう。桜那は宏章のそんな素直でまっすぐな所が大好きで、羨ましくもあった。時折、その素直さが憎らしくなるくらい。
「味付けも盛り付けも上手だよ。桜那は本当に器用だな」
宏章がしみじみ答えると、桜那はまたしてもその素直さに根負けして、呆れたように微笑んだ。
二人はその後、食事を楽しみながらたわいもない話をした。食事を終え、お酒も進みいい感じにほろ酔い気分になると、宏章はふと、昨日の桜那の言葉を思い出した。
「桜那、そういえば昨日仕事で思うところがあってって言ってたけど、やっぱり仕事でなんかあったの?」
宏章が心配そうに尋ねると、桜那は、ああ……と言い、一瞬考え込んだがすぐに「何もないよ、まあちょっとしたスランプ」と静かに答えた。
「スランプって?」
「いつものことだよ。仕事してれば、誰でもそんな時もあるでしょ?」
その表情は一見落ち着いて見えたが、宏章はどこか心に引っかかった。
それよりさ!と桜那が話題を変えた。
これ以上触れて欲しくはなさそうな雰囲気だったので、宏章はそれ以上何も言えなくなってしまった。
「宏章、明日も仕事?」
「明日は休みだよ。ここんとこ忙しかったから、やっと休めるよ」
桜那が尋ねてきたので、宏章はハッと我に返り、やれやれと明るく振る舞った。
「私、明日仕事午後からなの。今日泊まってってよ」
「え!いいの?」
「せっかくのクリスマスだもん。一緒にゆっくりしよ!そろそろデザートにしよっか♡」
桜那はふふっと笑い、席を立った。
宏章は一瞬ドキッとしたが、桜那はすべてお見通しと言わんばかりに、「あ!ケーキね!」とクスッと笑った。宏章は真っ赤になって、「知ってるよ!」と苦笑いした。
桜那はあははと声を出して笑い、宏章を揶揄うのが楽しくて仕方ない様子だった。
桜那はキッチンから戻ると、元気良く「じゃーん!」と言って、シャンパンゴールドの高級そうな紙の箱から、豪華なチョコレートケーキを取り出した。
「なんか有名なパティシエ監修の数量限定のケーキなんだって。この時期毎年なんかしらケーキもらうんだけど、ひとりじゃ食べきれないから。一緒に食べよ」
桜那はそう言うと、エルメスの皿にケーキを取り分けた。宏章は皿とフォークを受け取ると、ケーキをそっと口に運んだ。
「美味しいね、さすがデパートのケーキって感じ。こんなオシャレなケーキ初めて食べたよ。俺の知らない味。俺の中では、ケーキって白い生クリームに苺がのってるようなシンプルなやつだからさ」
宏章がショートケーキの話をしたので、桜那は昔を思い出し、懐かしそうに語り出した。
「子どもの頃さ、クリスマスになるとお母さんがいつもケーキ作ってくれてたの。宏章がさっき言ったような生クリームの苺のケーキ。こんなデパートのオシャレなケーキじゃなかったけど、私は一番好きだったな……」
初めて聞く母の話だ。
桜那は語り口は穏やかだが、どこか寂しそうだった。
「なんかしんみりしちゃったね……」
桜那はまた席を立ち、冷蔵庫から桜香を取り出した。
今度は背の低い水ヨーヨーのようなカラフルな模様のグラスを取り出すと、2つ並べて桜花を注いだ。
はいと宏章に手渡し、桜那は頬杖をつきながらゆっくりと桜花を流し込む。
「やっぱり美味しいね。でもこの辺じゃ売ってないんだっけ」
桜那が残念そうに呟くと、宏章はあははと声を出して笑った。
「そんなに気に入ったなら、また実家から送ってもらうよ」
「ああ!そういえば実家、酒屋だもんね」
桜那は桜花を味わいながら、宏章の故郷を思い浮かべた。きっと穏やかで暖かい場所なんだろう……まるで宏章の様に。
桜那はぽつりと呟いた。
「熊本、私も行ってみたいな……」
桜那が呟いたので、宏章は遠く離れた故郷を思い出した。温暖な気候に静かな町並み、そしてどんな時も優しく見守ってくれる両親。
宏章はいつか桜那と一緒に、自分の生まれ育った町を訪れたいと願った。
「なら今度、一緒に旅行がてら行ってみる?」
宏章がそう言うと、桜那はがばっと身を乗り出して目を輝かせた。
「本当?連れてってくれるの?」
宏章が頷くと、「じゃあ、約束」と言って小指を立て、宏章の左手の小指にそっと絡ませた。
桜那の温かい指が触れて、宏章は胸の奥が熱くなり、熱が全身を駆け巡った。
桜那はまた桜香をグラスに流し込み、名残惜しそうに最後の一杯を飲み干す。だいぶ酔いが回ったのか、目がトロンとして頬と口唇が紅潮していた。それがいつも以上に可愛らしく色っぽいので、宏章は下半身が疼いた。
桜那は腕を交差させて、テーブルにしなだれかかった。
「桜那、眠い?」
「うん、そろそろベッド行こっか……」
桜那は切なげに、上目遣いで答えた。
早く抱いて欲しい……そんな桜那の表情に、宏章はさらに鼓動が強くなるが、昂る気持ちを何とか抑えようとした。
「じゃあ、シャワー貸してくれる?」
「いいじゃんそのままで。早く行こうよ」
桜那は拗ねた様子で、ぷくっと頬をふくらませる。
「俺、仕事帰りでそのまま来たからさっぱりしたいし……」
困り顔で宏章が言うと、桜那はすっと立ち上がり、宏章の耳元でそっと囁いた。
「わかった、急いで来てくれたんだもんね。ベッドで待ってるね」
2
シャワーを浴びて、桜那が用意してくれたバスローブに着替える。
胸の鼓動はますます強くなり、宏章はぶるぶると頭を振った。歯磨きを済ませると、酔いが醒めて少し冷静になったので、ベッドルームへ向かった。
「おまたせ……」
薄明かりの中、広いベッドの端に桜那が足をぶらぶらさせながらちょこんと座っていた。
白いシーツの上に、真っ赤なサンタのワンピースを着た桜那は、まるでショートケーキにのった苺のようだ。
宏章と目が合うと、桜那は両手を広げて「おいで」と微笑んだ。宏章はベッドによじ登り、ゆっくりと桜那に顔を近づけて、頬にそっと手を添えてキスをする。
いつものように、優しいキスだ。
口唇を離すと、桜那は目を閉じて宏章の手に頬擦りした後、手首を掴んで胸に手を置いた。大きな瞳で宏章をじっと見つめ、上目遣いでそっと囁いた。
「今日は宏章の好きにしていいんだよ?」
桜那の鼓動が手のひらに伝わる。
宏章はますます体が熱を帯び、股間が硬く先端が冷たく濡れてくるのを感じたが、ふいに昨日の泣きじゃくる桜那の顔を思い出した。
「桜那、こないだの事なら、俺は本当に気にしてないから……」
宏章が宥めるように言うと、桜那は頬をほんのり赤くして、目を潤ませた。
「違うよ……、私が宏章の好きなようにして欲しいの。宏章の思うままに抱いてよ」
……嫌だ!他の男になんか渡したくない!
宏章は押さえていた本心が暴れ出し、ついに理性が吹き飛んだ。
首元の白いポンポンがついた紐を荒々しく引っ張って、ケープを剥ぎ取った。肩の露出したワンピースを下着と共にずり下げ、桜那は一糸纏わぬ姿になる。
バスローブを脱ぎ捨てると、桜那のバストに顔をうずめて激しく揉みしだいた。乳首を舌先で転がして強く吸うと、ピクっと反応して「……っあっ!」と声を漏らした。
ビデオの声とは違う、自分だけが知っている声。
桜那の肌に頬をぴったり付け、ゆっくりと舌を下腹部まで這わせると、桜那の足を開かせて陰部を露わにした。
宏章は恍惚の表情を浮かべながらまじまじと眺めた。
陰毛の生えてないVラインに、割れ目がくっきりと浮かび上がる。「宏章、恥ずかしいよ……」と桜那は言うが、言葉とは裏腹に濡れて光る秘部からどんどん愛液が溢れ出し、だらしなく垂れて流れた。
宏章は「もっとよく見せてよ」と言い、指でおもむろに広げた。割れ目に舌先を這わせ、舌を押し込み無我夢中で味わうと、唾液と愛液でシーツをぐっしょりと濡らした。
「っあっ!……はぁっ!」
呼吸が荒くなり、桜那の声色がどんどん艶っぽく変化する。いよいよ桜那が堪らなくなり、宏章の肩をつかんで「挿れて……」と懇願した。
宏章は先端の濡れた、硬くなったペニスを割れ目に這わせながらゆっくりと押し込んだ。奥まで挿入して、先端が行き止まりに触れる。
ゾクっと刺激が走り、そのまま腰を激しく動かした。
「……んあっ!ああっ!」
声を上げて、桜那も激しくよがった。
はあはあと息を荒げながら、桜那は宏章を見上げた。宏章の切れ長の涼しげな目元を見ていると、全てを見透かされ、心まで丸裸にされるような感覚になる。全身にゾクっと刺激が走り、胸が苦しくなり出すと、桜那はもうとうとう堪らなくなった。
……イッちゃう!
桜那は急にがばっと起き上がり、宏章を押し倒した。
繋がったまま、今度は宏章を見下ろす。
宏章は頬が紅潮して、快楽からなんとも切ない表情を浮かべていた。桜那は乳首を弄びながら、腰を上下に激しく動かす。宏章は顔を歪ませて、「……っはぁ」と吐息が漏れ出した。
桜那は今にも果てそうになっている宏章に気付いて、ピタっと動きを止め、宏章に覆い被さって口唇を強く押し当てた。舌を深く押し込まれ、唾液が流れ込む。
宏章は溢れてくる桜那の唾液をゴクリと飲み込んだ。
……甘い。
今度は宏章が我慢ならなくなり、桜那を抱き抱えながら押し倒した。
「桜那、もうイキそう……」
宏章は苦しそうに言うと、激しく腰を動かした。桜那が「いいよ、来て」と言った瞬間、宏章は絶頂を迎え、果てた。
頭が真っ白になり、しばらく桜那を強く抱きしめた。一瞬気を失いかけ、無意識のうちに「気持ち良い……」と呟いた。桜那もまた、宏章にぎゅうっとしがみついて「私も……」と微笑んだ。桜那の中で出し切ったのを確認して、宏章はゆっくりペニスを抜くと、ベッドサイドからティッシュを取り出して、桜那の陰部を優しく抑えた。
桜那はむくりと起き上がり、宏章のペニスを口に含むと、残った精液を吸い出してゴクリと飲み込んだ。宏章は体をピクっとさせて「……あっ!」と吐息を漏らす。桜那は小悪魔っぽい笑みを浮かべ、舌を出しながら「美味しい」と言うと、宏章にしなだれかかった。
二人はそのまま抱き合って、ベッドに傾れ込んだ。
桜那と宏章は、抱き合いながらしばらくセックスの余韻に浸っていた。桜那は宏章の胸にこてっと額をくっつけると、「あったかくて気持ちいい……」と呟いた。
「ずっとこうしてたいな……」
桜那はまるで猫の様に、宏章の胸に顔をすり寄せながら、気怠く甘い声で呟いた。桜那の全てが可愛らしく、愛おしくて堪らない。
「桜那……、好きだよ」
宏章は背中に回していた手を桜那の頭にそっとのせて、強く抱きしめた。
「私……、仕事辞めようかな……」
桜那は突然、弱々しい声でぽつりと呟いた。
宏章は驚いて、「え?辞めるって……」と聞き返す。
さっきまで余韻に浸っていたのが嘘の様に、いきなり現実に引き戻された。
「桜那?どうして……?」
宏章は訳が分からず聞き返すが、桜那は突然堰を切ったように咽び泣き、何も答えられずにただ泣きじゃくった。
「桜那!」
宏章は桜那の肩を両手で掴み、顔を覗き込んだ。
「できなくなっちゃった……」
桜那は嗚咽を漏らしながら呟いた。
宏章が心配そうに「え?」と言うと、桜那は苦しそうにしゃくり上げながら叫んだ。
「今まで何ともなかったのに、仕事では何をされても何にも感じなかったのに……宏章に抱きしめられたり、触れられるたびにどんどん苦しくなって……もう無理だよ!たとえ仕事でも、宏章以外の男とセックスなんてしたくない!」
……頭の中が真っ白だ。
自分の仕事にプライドを持って、トップでいる為に、ひたむきに努力し続けるその姿勢を尊敬していた。桜那が仕事にかける情熱を、誰よりも自分が一番分かっていると思っていた。そんな桜那がこんなにも追い詰められ、苦しんでいる。
……俺は何も分かってなかった。
……ずっと側で、間近で見ていたのに少しも気付いてやれなかった。
……俺の存在が、桜那を苦しめているんじゃないのか?
今目の前でこんなに苦しそうに泣いているのに、言葉が出てこない。何て声をかけてあげたらいいのかも分からない。
宏章は何も言えずに、ただ強く抱きしめることしか出来なかった。
3
カーテンの隙間から光が差し込んでくる。
……ああ、朝だ。
宏章は眩しさで顔を歪めた。
頭が働かず、しばらく状況を飲み込めずにいたが、腕に抱いた桜那の重みでハッと気が付いた。
……昨日あのまま寝ちゃったのか。
ごそごそと桜那も動き出し、むくりと体を起こした。
「……私、寝ちゃってた?」
桜那もまだ状況がよく飲み込めていない様だった。
その表情は虚ろで、目は真っ赤に腫れていた。しばらく黙った後、「そうか、私……」と頭を抱えた。
「桜那、大丈夫?」
宏章が心配そうに声をかけた。
「今何時?」
桜那は部屋の時計に視線を動かした。時刻は午前9時を回っていた。
「……そろそろ、起きよっか」
桜那は傍らにあったバスローブを羽織り、ゆっくりと立ち上がると、リビングへ向かった。
宏章も側に落ちていたバスローブを拾って、体を起こしながら羽織り、桜那の後を付いていく。桜那はリビングのテレビを点けて、ダイニングテーブルに座った。宏章も向かい合って椅子に腰掛ける。昨晩の気まずさから、お互いしばらく無言でいた。
「お腹空いたでしょ?何か用意するね」
沈黙を破り、桜那が立ち上がった。
「俺が用意するよ。桜那、シャワー浴びてきたら?」
宏章が気遣うと、桜那は「じゃあ、そうするね……」と言って、ふらふらとバスルームへ向かった。
宏章は小さくため息をついてから、朝食作りへ取りかかった。
ちょうど朝食が出来上がる頃、桜那がバスルームから戻ってきた。宏章は背後の桜那に気付くと、「もう少しでご飯炊けるから、ちょっと待ってて」と言い、出来上がったおかずをテーブルに並べ始めた。
「だし巻き卵、美味しそう……」
桜那がぽつりと言った。
「ごめん、こんなんしか作れなかったけど……」
宏章が済まなそうに笑うと、そのタイミングで、ちょうど炊飯器が鳴った。
「じゃあ、私ご飯よそうね」
桜那は宏章に座る様促した。
桜那は小さな声でいただきますと言って手を合わせ、だし巻き卵から箸をつける。
一口食べると、「おいしい!」と目を輝かせた。
「ほんと?よかった」
「宏章、料理上手だね。だし巻き卵すごくふわふわ!」
「まあ凝ったものは作れないけどね、俺が作れるのってつまみとか、居酒屋にあるようなのばっかだよ」
「いいじゃん、居酒屋。一緒にやろうよ。宏章が調理で、私が配膳でさ」
桜那はふふっと笑い、いつもの調子で答えた。少し落ち着きを取り戻した様で、宏章はホッとして胸を撫で下ろした。
「仕事、何時から?」
「14時。13時にはマネージャーが迎えにくるから」
桜那はまだ少し、目元が赤く腫れていた。
「目、大丈夫?」
宏章が心配そうに尋ねる。
「ああ。うん、今日は収録ないし、打ち合わせが一件だけだから何とかメイクで誤魔化すよ」
桜那はテーブルに視線を落とし、みそ汁に口をつけた。冷静に答えてはいても、やはり空元気な様子だった。
「ごちそうさま。美味しかった」
桜那が席を立つと、同じく食事を終えた宏章が「俺が片付けるよ」と席を立ち、すばやく食器を下げ始めた。
「ありがと……。コーヒー淹れるね」
桜那は虚ろな表情で宏章を見つめ、ゆっくりと動き出した。
片付けを終えてダイニングテーブルに座っていると、コーヒーの香りが漂ってきた。
「おまたせ」
桜那が目の前にコーヒーカップをそっと置く。
宏章はコーヒーに少し口をつけて、しばらく考え込んだ後、意を決したようにカップを静かに置いた。
「桜那、あのさ……」
顔を上げると、桜那は心ここに有らずといった様子できょとんとこちらを見ていた。
宏章はぐっと拳に力を入れて、真剣な眼差しで桜那に語りかけた。
「俺と一緒に、熊本に来ないか?」
桜那は「えっ?」と驚いて、目を大きく見開いた。
宏章は昨日の桜那の言葉で、ようやく決心がついた。今の自分が出来る最善の方法で、桜那を守ろうとしたのだ。
「俺、地元に帰って、実家継ごうと思ってるんだ」
桜那は驚きのあまり、硬直していた。
宏章は一呼吸置いて、静かに話し出した。
「実は親父が体調崩して、入院するかもしれなくて……。お袋ひとりじゃ続けられないから、店閉めるかもって……。お袋は心配するなって、俺の好きにしていいって言ってくれたんだけど……。俺はあの二人が、ずっと頑張ってきた事知ってるから……。こっちに出てきて、今までさんざん好き勝手して心配かけてきたから、少しでも安心させてやれたらって……」
宏章はひと通り話すと、少し目を伏せて続けた。
「桜那と出会う前から、考えてはいたんだ。俺ももうすぐ30だし、そろそろ生き方決めないとなって……。だけど桜那と出会って、一緒にいたくて、なかなか踏ん切りがつけられずにいたんだけど……」
宏章は情けなさげに小さく笑った後、少し間を置いてから再び顔を上げた。
真剣な眼差しで、しっかりと桜那の目を見つめる。
「もし桜那が俺と一緒になってくれるなら、正直今と同じレベルの生活はさせてやれないけど……それでも、絶対に苦労はさせないし、必ず幸せにするから!……考えてみてくれないか?」
桜那はしばらく硬直したままだったが、次第に目を潤ませた。
……嬉しい!
……今すぐにでも一緒になりたい!
……ずっと宏章の側にいたい!
桜那は感激のあまり胸が熱くなり、涙が込み上げてきた。だがふと仕事の事が頭を過り、言葉に詰まってしまった。
……こんなにも宏章の事が好きなのに。
……こんなにも宏章の事が大切なのに。
……言葉が、出てこない。
……どうして?
今すぐ「うん」と言って、宏章の胸に飛び込む事ができたらどんなに幸せだろう。桜那は嬉しさと迷いから、困惑して何も答えられないでいた。
そんな桜那の様子を察した宏章が、済まなそうに俯いた。
「……ごめん。こんな事急に言われても困るよな」
桜那は精一杯首を横に振った。
そして心を落ち着かせる様、小さく深呼吸した後にやっと口を開いた。
「ありがとう。すごく嬉しい。私も宏章と一緒になりたい!でも……少し、考える時間をちょうだい。ちゃんと宏章との将来の事、考えるから……」
桜那はそう答えるのが精一杯だった。
宏章は一瞬目を閉じ、またすぐ目を見開いた。
「わかった。仕事の事もあるだろうから、すぐに答えを出せなんてそんな事はもちろん思ってないよ」
「なるべく早く返事するから!」
桜那は慌てて顔を上げた。
「大丈夫だから、ゆっくり考えてよ」
宏章が穏やかな口調で返事をすると、桜那は安堵から微笑んだ。
「答えが出るまで、会わない方がいい?」
宏章が尋ねると、桜那は笑顔から一転してみるみる悲しそうな、今にも泣き出しそうな顔になった。
宏章が不安そうにしていると、桜那は首を横に振った。
「ううん、今まで通りにして。宏章に会いたいよ」
「でも……」
宏章は戸惑うが、桜那はすかさず答えた。
「お願い。普段通りにして欲しいの。答えが出たら、ちゃんと自分から言うから」
桜那は宏章の目をじっと見つめた。
「分かった」
宏章もまた、しっかりと桜那を見つめて静かに答えた。