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正式なつがい化を控え、ミンジュのバースは少しずつ開き始めていた。抑制剤はもう必要ない。彼女の中で、バースという存在が“呪い”から“自分の一部”に変わりつつあった。
スタジオに入れば、空気が変わる。
彼女の匂いを、空気中の誰もが敏感に感じ取る。特に、他のSubたちが。
──その中のひとり、ユリ。
バックダンサーとして何度もBTSの現場に入っていた彼女は、長い間、グクの近くにいられるその立場に満足していた。
彼の礼儀正しさ、誰にでも平等な態度。
でも、時折見せる笑顔に、淡くでも確かな“期待”を抱いていたのだ。
だから──ミンジュの存在は、許せなかった。
表には出さないが、ユリの目には明らかな敵意が浮かび始める。
⸻
「ミンジュさん、今日香水変えました?ちょっと匂いが強くて……他のSub、反応しちゃうかもですよ」
ダンサー控室で、ユリが声をかけてきた。
笑顔の下に、棘がある。
「いいえ、何もつけてません。ただの“匂い”ですから」
ミンジュは穏やかに返した。
その余裕が、ユリには逆に癇に障った。
「そっかぁ。でも今の時期、つがい化の前って、一番周囲が過敏になるから……気をつけてくださいね?」
「もちろん。私も“プロ”なので」
言葉の応酬の最中、後ろから声が割って入った。
「なにか、問題でも?」
ジョングクだった。ミンジュの背後に立ち、あからさまな守りの姿勢を取る。
ユリの顔が引きつる。
「……いえ。ただ、ご挨拶を」
「なら、大丈夫です。彼女は俺のつがいなので」
その言葉に、ユリの笑顔が明らかに揺れた。
「……つがい、って。もう決まったんですか?」
「はい。俺が、選びました」
きっぱりと言い切ったその声に、ユリは何も言えなくなり、そっとその場を離れた。
⸻
そのあと、ミンジュとふたりきりになった控室。
「……ごめんね。ああいうの、私がもっと上手くかわしてれば…」
「ヌナが謝る必要ないです。
それに、俺がああ言ったのは“事実”だからです」
ジョングクの目は真っ直ぐで、どこまでも誠実だった。
「誰にどう思われようと関係ない。
俺が、ヌナを選んだ。それだけです」
「……ありがとう」
ミンジュは、ふと笑った。
「昔の私なら、ああいうのに圧されて、自分を責めてたと思う。
でも今は、“選ばれる”ことより、“自分が選んだ”ってことの方が大事だって思えるの」
「それ、俺も同じです」
ふたりの間に、また一歩、確かな絆が生まれた。
⸻
その夜。
ついに正式な“つがい化”の儀が始まった。
互いのフェロモンが開き、呼応し、完全に一致した瞬間──
まるで心と身体が溶け合うような深い繋がりが、ふたりを包み込んだ。
「……すごい、ね」
ミンジュが微かに息を吐くと、ジョングクは彼女の額にキスを落とした。
「これからは、俺がずっと隣にいます。
でも、何があってもヌナの“意思”が第一です。
俺のつがいは、誰より強くて、優しい人ですから」
ミンジュの目に、自然と涙が浮かんでいた。
ただのSubじゃない。誰かに“所有”される存在じゃない。
彼と対等に、パートナーとして生きていくことが、今は何より誇らしかった。