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「つがい化、したらしいよ」
マネージャーの間でささやかれた噂は、あっという間に裏方スタッフにも伝わり、BTSの楽屋にも届いていた。
「……ほんとなんだ」
ミンジュとジョングクが、何気なく同じ空間にいるだけで、空気が柔らかくなる。
それは確かに、つがいになった者同士の“気配”だった。
「よかったじゃん、あいつずっとミンジュのこと見てたもんな」
テヒョンがそう言うと、ナムジュンは苦笑しながら頷いた。
「まあ…今までどれだけ我慢してたか、わかるしな。
ちゃんと“選ばれた”なら、祝福するしかない」
でも──ジミンだけは、何も言わなかった。
ただ、静かにイヤモニをいじるふりをして、視線を落としたまま。
「……」
──わかってた。
ミンジュが誰にも心を開かないときも、
距離を置いて仕事に徹していたときも。
その裏にある孤独と戦っていた彼女のことを、ジミンは見ていた。
だから、惹かれていた。
SクラスのSubとか、女とか、そんなこと関係なく。
ただ、“キム・ミンジュ”という人間に。
でも、それは伝えない感情だった。
伝えてはいけない、と自分で決めていた。
ジョングクが“つがい”として彼女を選んだ瞬間、
その決意は、形にならないままそっと折りたたまれた。
⸻
控室にて、準備中の合間。
ミンジュが水を渡しに来たとき、ジミンは一瞬だけ彼女を見た。
「ありがとう、ジミナ」
「……うん」
「大丈夫?最近疲れてそうだけど」
その言葉に、ジミンは少しだけ目を細めて笑った。
「俺は大丈夫だよ。……ミンジュこそ、幸せそうだね」
「えっ」
「わかるよ、俺たちにも。ジョングギといるときの表情。
変わったよね。柔らかくなった。……いいことだよ」
「……ありがとう、ジミナ」
ミンジュは気づいていなかった。
ジミンの声が、少しだけ掠れていたことに。
そして彼の目が、ほんの一瞬だけ、彼女の首元に残る“つがいの痕”を見つめていたことにも。
⸻
その夜、ジミンはひとりで屋上にいた。
風に髪が揺れ、夜景が静かに広がる。
遠くでスタッフたちの声がする中、ひとつだけ吐き出した言葉は、誰にも届かない。
「……先に見つけたのは、俺だったんだよ」
でもそれは、“Domとしての目”じゃなかった。
どこか自分と似た、孤独を隠して生きるミンジュを、
仲間として、そしていつしか特別な人として、ただ見つめていた。
“Domらしく”彼女を求めなかった自分は、
その時点で彼女の“つがい”にはなれなかったのだと、わかっていた。
「……だから、しょうがないか」
それでも、心のどこかでまだ痛む。
Domでも、つがいでもない関係で。
ただ、そばにいてほしいと願った自分の感情は──その夜、夜風に溶けていった。
⸻
その翌日、ジミンはいつもと同じ笑顔で現場に現れた。
でも、テヒョンだけは気づいていた。
「……ジミナ」
「ん?」
「気づいてたんでしょ、ミンジュのこと。ずっと前から」
ジミンは一瞬だけ口を開きかけたが、すぐに目を伏せて笑った。
「気づいてたけど、気づかないふりしてた。
そして今も、そうするつもり。
だって、あの二人──お似合いだろ?」
優しい微笑みの裏で、静かに閉じていく片想い。
それでも、誰よりも誠実な彼の気持ちは、きっとミンジュの心の奥にも、どこか届いているはずだった。
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