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グリルタ
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2月の中旬、卒業式を間近に控えた二人の小学校で、卒業予定の6年生に、作文コンクールの通知があった。
400字詰め原稿用紙で2,3枚分。テーマは「自分の名前について」で、提出、参加するかどうかは自由という事だった。
各クラスの担任の教師が内容を審査し、特に優れた内容の物は、卒業式の前日に体育館で、6年生全員の前で書いた本人が読み上げるというイベントだった。
生真面目な晶子は一応書いてみた。受験が終わり、塾は一旦やめていたので、カンナを自分の家に呼び、勉強部屋でその作文を見てもらった。
晶子のベッドの上に胡坐をかいて座って中を読んだカンナは容赦ない感想を勉強机の椅子の上の晶子に浴びせた。
「なんか、いかにも優等生って感じだな。両親に感謝しますとか、オチがイマイチだぜ」
「いや、作文にオチはつけないよ、普通。やっぱり参加はやめようかな。あたし普通過ぎる内容しか思いつかないし」
「そうだ!」
カンナが目をきらりとさせて晶子に言う。その目は、何かおもちゃを見つけた時の子猫のようだった。
「だったら晶子、この作文オレにくれよ。名前のとこだけ書き換えてオレが出す」
「ええ! カンナが作文コンクールに出るの?」
「たまにゃいいだろ、オレだって目立ちたい」
「カンナは普段から十分目立ってると思うけど」
「そりゃ悪い意味でだろ? 一回ぐらい晶子みたいに勉強で目立ちたいんだよ」
「うん、いいけど。でもあたしが書いた作文だって事は絶対内緒だよ」
数日後の帰りのホームルーム。カンナのクラス担任の女教師がクラス全員に告げた。
「卒業式の前日の作文コンクールですが、このクラスからは、山室カンナさんの作文が選ばれました」
椅子にそっくり返っているカンナの周りで、クラスメートたちがどよめく。
「山室さんの作文が? すごい」
「あいつが作文で褒められるなんて初めてじゃないか?」
担任の教師がカンナに向かってうれしそうに言った。
「とてもよくできた内容でしたよ。名前をつけてくれたご両親への感謝の気持ちが素晴らしく良く表現されていて、先生も鼻が高いわ」
作文の朗読当日、6年生全員が体育館に集められた。組の数字順に各クラスの代表が壇上のマイクの前で作文を読み上げる。カンナは5組なので、一番最後の登場になる。
他の生徒に混じって、床に体育座りをして聞いていた晶子は複雑な気分だった。1組から4組の代表まで、細部は違えど、どれもこれも晶子が書いた物と似たような内容の作文だったからだ。
「まあ、でも、カンナも同じような内容だから、先生たちにとっては安心かも」
最後にカンナが壇上のマイクの前に立つ。カンナは自信満々の笑顔を浮かべて、マイクがハウリングを起こすほど元気一杯の大声で自己紹介した。
「題名、私の名前について。6年5組、山室カンナ!」
晶子があまり大きな音にならないように、遠慮がちに拍手を送る。カンナの朗々とした声が体育館に響く。
「あたしの名前は、両親が一生懸命がんばってつけてくれました。ただ、ひとつだけ困った事がありました」
晶子は思わず目をぱちくりさせた。そんなフレーズを晶子は書いた覚えがない。カンナの声が続いて鳴り響く。
「あたしは名前の最初の環という漢字、2年生で書けるようになりました。けど、漢字で名前書くと、テストでいつも減点されました。小学校では習わない漢字だから使っちゃダメって言われて。先生たちは生徒の名前をもっと尊重して欲しいと思います!」
晶子は冷や汗が流れるのを感じた。今カンナが読み上げている内容は、晶子が書いた物とはかけ離れている。
壇の真下に座っている教師たちがざわめく。カンナの担任教師は青ざめていた。担任教師が立ち上げってカンナを制止しようとする。
「山室さん、中止しなさい! 内容が違うじゃないの!」
カンナが素直に従うはずはなく、マイクを手に持って絶叫した。
「だいたいな、授業で習った漢字でないと使っちゃいけねえなんて、おかしいじゃんよ。オレの場合、自分の名前の漢字だぞ。みんなそう思わねえか?」
晶子の隣の男子が思わず吹き出す。体育館のあちこちで生徒たちが笑いを含んだ声でざわめく。
そのうち、カンナを応援する声がちらほらと上がり始めた。
「いいぞ、山室。もっと言ってくれ」
「カンナ、かっこいい!」
晶子は思いがけない展開に両手で顔を覆った。
「もう! カンナ! 最初からこういうつもりだったね!」
教師たちが壇上に登り、カンナからマイクを取り上げようと詰め寄る。カンナはマイクを放り出して、壇から飛び降りた。担任教師が追いかける。
「山室さん! 待ちなさい!」
ほとんど全員の生徒が立ち上がっていた。そっちへ向かってカンナは声を上げて笑いながら走る。
立ち上がって塊を作っていた女子数人が、腰の下で人差し指をしきりに動かしカンナに合図を送った。
担任教師に追われるカンナは彼女たちの方に向かって走る。女子たちはカンナが目の前に来ると、わざとらしい悲鳴を上げて体を横に向け、カンナの逃げ道を作った。
カンナはその隙間に走り込み、疾風のように駆け抜けていく。カンナに突き飛ばされたように装って、女子たちは追いかけて来た担任教師の体の前に倒れこんだ。
担任教師は女子たちにもたれかかられて、自分も転びそうになった。その隙にカンナは体育館の出口へ駆け抜けて行った。
学年主任の教師が上ずった声で、全員教室へ戻るよう指示する。クラスメートたちと体育館を去りながら、晶子は恥ずかしさで真っ赤な顔になっていた。
「カンナの馬鹿! もう知らないから」
さらに数日後、3月の初頭に卒業式が行われ、さすがのカンナもこの時だけはしおらしくしていた。
桜の花びらが舞い散る校門の近くで、卒業証書が入って筒を持つ生徒たちが別れを惜しんでいる。
晶子はカンナを見つけて近づいて行った。カンナは既に数人の女子に囲まれ、いつもに両腕を頭の後ろで組んだ姿勢で、豪快に笑っていた。
晶子に気づいたカンナは、周りの女子たちに手を振って、晶子の方に歩いて来た。
「よう、晶子。とうとう卒業だな」
「カンナ、昨日のあれは何よ? あたしをだましたね?」
「あはは、目立ってただろ? オレは中学受験してねえから、今さら先生たちのご機嫌なんかどうでもいいからな。さて、帰ろうぜ」
二人でいつもに通学路を踏切の所まで歩く。晶子はその時になって初めて、二人そろってこの道を通うのは、これが最後だと気づいた。
「ねえカンナ。一緒にこの道歩くの、これで最後だね」
「ああ、そうだな。けどオレと晶子はこれからも友達だろ?」
「うん、あたしもそれがいい」
「じゃあ、親友になろうぜ」
「親友?」
「そ、ただの友達じゃなくて親友。それなら違う中学に行っても、ずっと仲良しでいられるさ」
「うん、そうだね。じゃあ、今日からあたしとカンナは親友!」
「そのうちまた会おうぜ。じゃ、今日はこれでな」
踏切の向こう側に駆けて行くカンナに手を振り、途中何度も振り返ってカンナの後ろ姿を見ながら、晶子は自宅へ続く坂道を、いつもよりゆっくりした足取りで登って行った。
コメント
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第10話、めちゃくちゃ面白かったです!カンナが晶子の作文を「名前の部分だけ書き換えて」って言ってたのに、当日は全然違う内容を全校生徒の前でぶちかます展開、最高でした。「習ってない漢字で減点されるのはおかしい」って先生たちに物申す姿、カンナらしい痛快さがあって思わず笑っちゃいました。逃げ切る時の女の子たちの連携プレーも見事!最後の「親友になろうぜ」でじんわりきました。卒業っていいなあ。