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芙月みひろ
「でも――早い……?」
やや遅れて、そんな小さな付け足しがリリアンナの口をついて出たとき、ランディリックはわずかに目を細めた。
(――気付いたか)
胸の内で、静かに息を吐く。
リリアンナは賢い。
あの木の実が、予定よりも早く色付いたことにも、きちんと気付く。
――実際は、まだ先でもよかった。
だが――どうしてもランディリックが、今日に間に合わせたかったのだ。
ライオネル。
薄桃色のカーテン。
そして、ミチュポムの実。
王都から戻った彼女の足を、この場所に留めるものがひとつでも多く必要だった。
遠いあの日。
まだ幼かったリリアンナが、無邪気に手渡そうとしてきた真っ赤な実。
『甘酸っぱくて美味しいのよ?』
差し出されたそれを、受け取るつもりはなかった。
もともと、ランディリックは果物など好んで口にする方ではない。
だが――。
『林檎は嫌い?』
いつまでも赤い実を受け取ろうとしないランディリックを、不安そうな瞳で見上げる少女を前に、拒むことなどできなかった。
――手にしたのはただの果実のはずだった。
けれど、それを差し出してきた、幼いリリアンナの傷口から漂う甘い血の香りを感じた瞬間――、胸の奥で何かが静かに確信へと変わった。
理由など、分かるはずもない。
ただ、あのとき確かに思ったのだ。
――この少女は、手放してはならないと。
だからこそ、あの実の末裔を、この地に残した。
あの声も、あの笑顔も、今でも消えず、記憶に残っている。
あの実から採った種をこの地に根づかせたのは、ただ懐かしむためではない。
彼女をニンルシーラへ迎え入れたとき、ここで足を止めてくれるように。
ここに、自分の居場所があるのだと、そう思ってもらえるように。
――手を加え、守り、整え続けてきた。
痩せこけ、怯えた目をしたリリアンナを自領へ連れて来たあの日から、ずっと……。
彼女を王都へ返すつもりなど、なかった。
ただ――。
それをランディリックが奪ったと、思わせたくはなかった。
彼女自身が選んだのだと、そう思ってもらう形で、この地に留まらせたかった。
その方が、ずっと深く根を張る。
ランディリックは、窓辺に立つリリアンナの背を静かに見つめた。
ここへ初めて連れて来たあの日と同じように、小さく息を呑み、庭のミチュポムを見つめる姿を――。
そして今、彼女は自分からその景色へ心を寄せている。
(……ああ。僕は……間違っていなかった)
ゆっくりと、口元が緩む。
誰にも気づかれないほど、わずかに。
(リリー。やはり、キミは――ここを選ぶ)
それでいい。
それでいいのだ。
もう、可愛いリリアンナを離すつもりはないのだから。
コメント
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ヤンデレ!