テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
芙月みひろ
コメント
1件
ナディエルかわいい(笑)
庭を見渡せるテラスには、やわらかな陽が落ちていた。
白いクロスの上に、紅茶の湯気がゆるやかに立ちのぼる。
その傍らに置かれているのは、小さな籠。
中には、艶やかな赤がいくつも重なっていた。
「わあ……! 見てください、リリアンナ様!」
ナディエルが身を乗り出す。
「こんなに真っ赤な実、初めて見ました! ジャムにしたらきっと綺麗です! ……それに、アップルティーも――」
弾む声が、テラスに広がる。
無邪気な喜びに、リリアンナはふっと目を細めた。
「……ミチュポムは、酸味が少し強い品種なの」
自然と、言葉がこぼれる。
「だから……アップルパイにしても、美味しいわ」
口にした瞬間、胸の奥で何かが揺れた。
遠い記憶。
まだ幼かった頃。
母が焼いてくれた、あたたかな甘い香り。
――あれは、どんな味だっただろう。
「アップルパイ……!」
ナディエルの目が輝く。
「私、食べたことないのでぜひ食べてみたいです!」
そのとき。
「料理長のナスバクに頼んでおこう」
落ち着いた声が、背後から響いた。
振り向けば、ランディリックと、その後ろに控える庭師のジャンの姿がある。
「えっ……あ、あの……!」
ナディエルが慌てて立ち上がる。
「そ、そんな……! 私のためにだなんて……!」
「構わん」
短く言い置かれるだけで、逃げ場はない。
ナディエルはおろおろと視線を彷徨わせ、それでも嬉しさを隠しきれずに頬を染めていた。
やがて、籠からひとつを取り上げる。
「では……失礼しますね」
小さなナイフを手に、丁寧に刃を入れていく。
赤い皮が、するりと剥けかけたとき。
「あ……」
リリアンナが、そっと声をかけた。
「皮は、そのままがいい……」
ナディエルがきょとんと目を瞬かせる。
「え……でも……」
「そのほうが、香りが立って美味しいの」
言いながら、わずかに違和感が胸をかすめた。
どうして、自分はそんな些細なことにこだわるんだろう?
どうせ、味なんて感じられないのに――。
ナディエルは「そうなんですね」と頷き、改めて実をくし形に切り分けた。
真ん中に蜜が乗っているのが分かる、濃く黄色くなっている部分が見える。
種の入った部分だけを綺麗にそぎ落とされた四等分のリンゴ。
白い皿に並べられたそれが、陽を受けてキラキラと光る。
「まずはお嬢様からどうぞ」
差し出される。
リリアンナは、ゆっくりと指を伸ばした。
ひと切れをつまむ。
指先に、しっとりとした感触が残る。
ほのかに酸味を感じさせる、さわやかな甘い香り。
懐かしい――はずなのに、どこか遠い。
ほんの一瞬、躊躇う。
けれど。
そっと、歯を立てた。
果肉が、かすかな音を立てて崩れる。