グランドランド大陸の中心にそびえる「セレスティア魔法学園」
講義室の一角では、レクト・サンダリオスが額に汗を浮かべ、教科書とにらめっこしていた。
「『マジカル共鳴の法則』って何!?
『魔力の収束点』? うわ、頭パンクしそう……」
レクトは『高等魔法理論』の分厚いページをめくりながらうめいた。
フロウナ教授の声が教室に響くが、彼のノートは落書きと意味不明な単語で埋まっている。
「レクト、ちゃんと聞いてなよ! 試験に出るって!」
隣に座る親友のヴェルが、
震度2の魔法で小さな揺れを机に起こしながら笑う。
ヴェルは田舎から出てきた少女で、レクトの「変わった魔法」をいつもそばで支えてくれている。
「ヴェル、こんな難しい言葉、覚えられるわけないよ! カイザやビータは余裕そうだけど……」
レクトは教室の前方に目をやった。
入学試験から目をつけてくるカイザとビータが、
教授の質問に自信満々に答えている。
カイザの雷撃魔法とビータの██魔法は学園でも一目置かれ、
二人とも事あるごとにレクトの「フルーツ魔法」を嘲笑う。
ドラゴン討伐でもそうだった。
「フルーツしか出せないやつが、理論なんてわかるわけないよな?」
カイザが振り返り、ニヤリと笑う。ビータもクスクス笑いながら頷いた。
「ほんと、サンダリオス家なのに、なんであんな魔法なんだ?」
レクトは唇を噛み、教科書に目を落とした。
サンダリオス家――グランドランドで最も名高い魔法の一族。
父パイオニア、母エリザ、姉ルナは、
歴史に名を刻む天才魔法使いだ。
だが、末っ子のレクトだけは、奇妙な魔法しか持たなかった。手を振ると、どこからともなくフルーツが現れる。リンゴ、ミカン、バナナ――見た目は普通だが、食べた者に何が起こるかは予測不可能。甘いこともあれば、酸っぱいこともあり、時には全く予想外の効果をもたらす。
この「ふざけた魔法」のせいで、レクトは家から追放され、今はセレスティア魔法学園の寮から学園生活を送っている。
授業の終了を告げる鐘が鳴ると、レクトはため息をついた。
「もうダメだ……このままじゃ、家族に見返すどころか、退学だよ……」
ヴェルが肩を叩き、元気づけるように笑った。
「そんなことないって! ほら、図書室で調べようよ。『マジカル共鳴』とか、絶対わかるから!」
「図書室か……うん、行ってみる!」
レクトは気を取り直し、ヴェルと共に教室を後にした。
セレスティア魔法学園の図書室は、
まるで別世界だった。
天井まで届く本棚が迷路のように広がり、魔法の結界で守られた古文書が静かに光を放つ。
埃っぽい空気と革装丁の本の香りが漂い、レクトの心を落ち着かせた。
「ヴェル、こっちの本、なんか怪しげだよ!」
レクトは本棚の奥で分厚い本を見つけた。
『禁断の魔法とその応用』――タイトルだけでワクワクする。ヴェルは目を輝かせ、近くの本を手に取った。
「これ、レクトの魔法のヒントになるかも! ほら、フルーツ魔法って、実はすっごい力があるとかさ!」
二人が本をめくっていると、背後から声がした。
「お前ら、何してるんだ? こんな奥でコソコソと。」
振り返ると、背の高い少年が立っていた。
レクトは少し緊張しながら答えた。
「えっと、魔法の勉強……かな? 俺、レクト・サンダリオス。よろしく!」
ヴェルも笑顔で自己紹介した。
「私はヴェル ……で、そっちは?」
少年がニヤリと笑う。
「俺はゼン。炎の魔法使いだ。よろしくな、フルーツ男。」
「フルーツ男って……!」
レクトはむっとしたが、ゼンが肩をすくめて笑った。
「まあまあ、悪気はないぜ。で、何? お前、ほんとにフルーツ出す魔法なの? めっちゃ気になるんだけど。」
ゼンの軽い口調に、
レクトは困惑しつつも少し気が楽になった。ヴェルがニヤニヤしながら割り込んだ。
「ゼン、レクトの魔法、見たことないなら損してるよ! ほら、レクト、見せてあげなよ!」
「え、でも……」
レクトは躊躇したが、ゼンが興味津々の目で見つめてくるので、つい手を振った。
ポンッと軽い音がして、真っ赤なリンゴが現れた。
「おお、すげえ!」
ゼンが目を輝かせ、リンゴを手に取った。
「これ、食えるの?」
「うん、食えるけど……効果は保証できないよ。いつも何か変なことが起こるから……」
レクトの言葉に、ゼンは笑い出した。
「ハハ、最高じゃん! でも、さすがに初対面で食うのはリスキーだな。もうちょっと仲良くなってからな!」
ヴェルがクスクス笑い、レクトもつられて笑った。
「じゃあ、ゼン、ちゃんと友達になってよ! そしたらリンゴ食べさせてあげるから!」
「……!」
その日から、
レクトとヴェルはゼンと図書室で過ごす時間が増えた。ゼンは炎魔法の使い手で、派手な性格だが意外と面倒見がいい。
ある日、レクトが『マジカル共鳴』の説明に頭を抱えていると、ゼンが簡単な炎魔法の実演を交えて教えてくれた。
「要は、魔力を一点に集める感覚だよ。ほら、俺の炎みたいにさ!」
ゼンが指先で小さな炎球を浮かべると、レクトは目を丸くした。
「す、すげえ! ゼン、めっちゃ頭いいじゃん!」
「ハハ、ただの実践派だよ! お前もフルーツでなんかやってみろよ!」
そんなやり取りを繰り返すうち、レクトはゼンに心を開いていった。
ヴェルも、ゼンの豪快な性格にすっかり馴染み、三人は図書室の常連になった。
数日後、
図書室の片隅で三人はいつものように本を広げていた。ゼンが突然、ニヤリと笑った。
「なぁ、レクト。そろそろお前のリンゴ、食ってみてもいいだろ? 友達になった記念にさ!」
ヴェルが目を輝かせた。
「いいね! レクト、みんなで食べようよ! 美味しいリンゴだったら、私も食べる!」
レクトは少し不安だった。
自分の魔法は予測不能だ。
だが、ゼンとヴェルの笑顔を見て、断れなかった。
「わ、わかった! じゃあ、作るよ……!」
彼は深呼吸し、手を振った。ポンッと音がして、三つの真っ赤なリンゴが現れた。
「おお、めっちゃうまそう!」
ゼンがリンゴを手に取り、ヴェルも一つを取った。レクトは自分のリンゴを見つめ、祈るような気持ちで呟いた。
「頼む、変な効果じゃありませんように……」
「よし、せーの!」
ゼンの掛け声で、三人は同時にリンゴにかじりついた。
「うまい! 甘え!」
ゼンが笑い、
ヴェルも「めっちゃジューシー!」と頷いた。レクトもホッとしながら味わった。
甘酸っぱくて、普通に美味しい。
「やった、成功じゃん!めっちゃおいしい!」
レクトが笑顔で言うと、
ゼンがもう一口かじった。
だが、その瞬間――
ゼンの顔が青ざめ、
「ゼン!?」
ヴェルが叫び、レクトはリンゴを落とした。
ゼンの目は虚ろで、動かなくなっていた。
「うそ、どうしたのゼン……!?」
レクトは震え、床に膝をついた。
リンゴが床に転がり、まるで血のように赤く見えた。
同じ頃、
グランドランドの北にそびえるサンダリオス家の城塞では、
厳粛な会議が開かれていた。
広間の壁には歴代当主の肖像画が並び、水晶のシャンデリアが冷たい光を放つ。
「レクトがセレスティア魔法学園に入学……っ」
父パイオニアの声が、雷鳴のように響いた。
彼の周囲には脅威の火花がチリチリと散る。
「我が家の名に泥を塗るあの出来損ないが、何を企んでいる?」
母エリザは、優雅に扇を振って答えた。
「パイオニア、落ち着いて。レクトに企むほどの頭はないわ。あの子はただ、認められたくて必死なだけ。でも、それが我々の名誉を傷つけることになっている。放っておくわけにはいかないわ。」
姉ルナが、影の手を指先で弄びながら冷たく笑った。
「なら簡単……学園から引きずり出せばいい。
あんな魔法、世間にもっと知られたらサンダリオス家が笑いものにされる。」
パイオニアは顎に手を当て、考え込んだ。
「そうだな。
学園に圧力をかけ、
レクトを退学させるのが手っ取り早い。
だが、セレスティアの校長アルフォンスは頑固者だ。
直接手を下す必要があるかもしれない。」
エリザが微笑んだ。
「ふふ、なら私が動くわ。学園にあの話を持ちかけて、レクトを追い出す口実を作りましょう。」
サンダリオス家の策略が、静かに動き始めた。
セレスティア魔法学園の図書室は、騒然としていた。
ゼンの倒れた姿に、ヴェルが泣き叫び、必死に癒し魔法を調べていた。だが、ゼンの脈は止まったままだった。
「俺の……俺の魔法が……!」
レクトは震え、
床に崩れ落ちた。
自分の魔法が友達を傷つけた――
その事実に、心が押しつぶされそうだった。
そこに、図書室の扉が勢いよく開いた。
校長アルフォンス・グレインディアが、長いローブをなびかせて現れた。
彼の目は、まるで全てを見透かすように鋭い。
「……ふむ」
アルフォンスはゼンの状態を確認し、静かに頷いた。
「なるほど……レクト・サンダリオス、君の魔法か。」
レクトは涙をこらえ、叫んだ。
「俺、わざとじゃないんです! ただリンゴを……!
友達と食べたかっただけで……っ」
アルフォンスは手を上げ、レクトを制した。
「落ち着け、少年。君の魔法は、確かに強力な毒を秘めていた。だが、それは君がやりたくてやったわけではなかろう。」
だがレクトはまだ震えていた。
「でも、俺の魔法が……友達を殺……っ」
アルフォンスは、静かに微笑んだ。
「……これは「マジカル共鳴」によって、たまたま悪い魔力が1点に集まってしまっただけじゃろう。」
「マジカル共鳴……!?これが……、、!?」
「え……?」
レクトは目を丸くした。
ヴェルも、驚きの表情で校長を見た。
「君の魔法は、物質を創造し、その性質を自在に変える力を持つ。
今回の毒林檎は、君の未熟さゆえに制御できなかっただけだ。
それが故に、
無意識のうちに「マジカル共鳴」ができる者には、相当な才能が秘められている。
鍛えれば、敵を一瞬で無力化し、味方を癒すことさえ可能になる。サンダリオス家の誰も、こんな力を持たなかった。」
レクトは言葉を失った。
自分の魔法が、家族を超える力だと?
信じられなかった。
だが、アルフォンスの目は、真剣そのものだった。
「これから、君には特別な指導が必要だ。自分の力を恐れず、受け入れるんだ。」
アルフォンスはそう言い残し、図書室を後にした。
次話 5月10日更新!
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