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掃除機の騒々しい音がリビングに響き渡る中、しのぶはコーヒーカップの縁越しに、甲斐甲斐しく働く童磨の背中を眺めていた。彼は鼻歌を歌いながら、長身を折るようにしてソファの下まで丁寧にノズルを滑らせている。撮影現場でのあの冷酷な教祖の面影は微塵もなく、今の彼はただ、愛する人のために家事に勤しむ一人の男だった。
「しのぶちゃん! ベランダの窓も拭いておくね。今日は天気がいいから、外の光がもっと入るようにした方が気持ちいいでしょ?」
「……。ええ、そうしてください」
しのぶが頷くと、童磨は嬉しそうに窓辺へ向かった。
ふと、しのぶはテーブルの上に置かれたままの、自分たちのスマートフォンに目をやった。昨夜から一度もチェックしていない画面には、きっと事務所や他の共演者からの「収録お疲れ様」のメッセージが山ほど届いているはずだ。
けれど、今はそれを開く気にはなれなかった。このシェアハウスというシェルターの中にいる間だけは、鬼殺隊の「蟲柱」でも、上弦の弐の「童磨」でもない、ただの男と女でいられるからだ。
窓を拭き終えた童磨が、満足げにリビングに戻ってくる。彼は掃除機を片付けると、まだ椅子に座っていたしのぶの足元に膝をつき、彼女の両手を自分の大きな掌で包み込んだ。
「ねぇ、しのぶちゃん。掃除も終わったし、洗濯機が回るまで少し休憩しない? 今度は僕が、君に甘える番だよ」
「……。先ほどからずっと甘えているではありませんか。家事をしたくらいで、恩着せがましいですよ」
そう言いながらも、しのぶは彼の柔らかな金髪に指を差し入れ、優しく梳いてやった。童磨は目を細め、喉を鳴らす猫のように彼女の膝に頭を預ける。
「あぁ……幸せだなぁ。しのぶちゃんの手、すごく温かい。……明日からまた、新しい仕事が始まっても、こうして帰ってくる場所があるって思うだけで、僕はなんだってできる気がするよ」
しのぶは、彼の髪を撫でる手を止めなかった。
たとえ明日、再びカメラの前で互いに憎しみをぶつけ合い、殺意を交わす役柄に戻ったとしても。
この家に戻れば、また昨夜のような、そして今朝のような、不器用で、けれど絶対的な熱が待っている。
「……童磨さん」
「なぁに、しのぶちゃん」
「……お昼は、あなたが作ってくださいね。野菜を多めに。昨日の夜は、少し羽目を外しすぎましたから」
「ふふ、了解だよ。僕の愛をたっぷり込めた、ヘルシーなランチを約束するよ」
午後の穏やかな光が、二人の重なり合う影を優しく照らしていた。
特別なことは何もない、けれど何物にも代えがたい二人の休日が、静かに、そして確かに紡がれていく。
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れもんてぃ🍋
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