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ーー『白い部屋の笑顔』
その工場は、街のどこからでも見えた。
真っ白な外壁。
巨大な煙突。
壁面いっぱいに描かれた、カラフルなクマやウサギ。
そして入口には、金色の文字でこう書かれている。
『MERRY MERRY TOYS』
「でっか……」
ぴくとが見上げながら呟く。
「な? 来てよかっただろ?」
隣でらっだぁが笑った。
ここは、国内でも有名なおもちゃメーカー。
工場見学ツアーが人気で、休日ともなれば予約を取るのも難しいらしい。
今日も二人以外に十数人ほどの見学者がいて、子ども連れの家族や、友人同士らしき人たちが楽しそうに話していた。
「それでは、こちらへどうぞー!」
明るい声。
案内役の女性従業員が、にこやかに手を振る。
「本日は工場見学にお越しいただき、ありがとうございます!」
その笑顔は完璧だった。
工場の中も、明るかった。
大きな機械。
流れていくおもちゃ。
それを組み立てる従業員。
包装する従業員。
笑顔で働く人たち。
どこを見ても、普通の工場だった。
「すげーな」
「ね」
「これ全部、人が作ってんの?」
「一部は自動化されてますよ」
案内役の女性が振り返って笑う。
「でも、最後の仕上げは必ず人の手で行うんです」
「へえー」
らっだぁが感心したように頷いた。
ぴくとも笑う。
――そのときだった。
遠くで、
ガシャン。
という音がした。
見学者の何人かが振り返る。
「……?」
けれど、従業員は誰も気にしていない。
案内役も笑顔のままだった。
「こちらは成形工程になります!」
まるで、何も聞こえなかったように。
おかしい。
そう思い始めたのは、三十分ほど経ってからだった。
「……ねえ」
ぴくとが小声で言う。
「ん?」
「あの人たち、さっきから見ないんだけど」
ぴくとが指差した。
最初は確かに十数人いた見学者。
けれど今は――
七人。
「あれ?」
らっだぁも周囲を見る。
「……途中で帰ったんじゃない?」
「でも、出口ここじゃないよ」
そう言っていると。
#健康鯖
プランテーション
29
498
104
めりりんちよ
381
「次の工程へご案内します」
案内役の女性が振り返った。
にこっ。
あまりにも自然な笑顔。
「皆さん、こちらへどうぞ」
その瞬間。
ぴくとは見た。
廊下の奥。
従業員専用の扉。
その隙間から、一瞬だけ見えたもの。
床に落ちた、
誰かの靴。
「…………」
「ぴくと?」
「……いや」
言えなかった。
怖かった。
でも、それ以上に。
この場にいる全員が、何も疑問に思っていないことが怖かった。
その後、見学者はさらに減った。
いつの間にか。
四人。
三人。
二人。
最後には――
「……俺らだけ?」
らっだぁが呟いた。
広い廊下。
左右に並ぶカラフルなポスター。
遠くから聞こえる機械音。
そして。
誰もいない。
「……おかしいよ」
ぴくとの声が震える。
「うん」
らっだぁが答えた。
「帰ろう」
二人は来た道を戻ろうとした。
その瞬間。
背後から。
「どちらへ行かれるんですか?」
声。
二人が振り返る。
そこには、案内役の女性。
そして――
いつの間にか、数人の従業員が立っていた。
全員笑っている。
「出口は、こちらではありませんよ」
「……すみません」
らっだぁが一歩前に出た。
「ちょっと具合が悪くなったんで、帰りたいんですけど」
「もちろんです」
女性は笑った。
「ただ――」
その笑顔から、温度が消えた。
「見学を最後まで終えてからにしてくださいね」
次の瞬間。
従業員たちが走った。
「ぴくと!!」
「うわっ!」
二人は反対方向へ走った。
後ろから足音が迫ってくる。
逃げる。
曲がる。
階段を下りる。
扉を開ける。
その先には――
大量の棚。
棚に並べられているのは、完成したおもちゃ。
ぬいぐるみ。
人形。
ロボット。
どれも、笑っている。
その中に。
見覚えのある服があった。
「……あれ」
ぴくとの足が止まる。
棚の奥。
透明なケースに入れられた人形。
その服は――
さっきまで一緒にいた見学者のものだった。
「……逃げるぞ」
らっだぁが腕を引っ張った。
「でも……」
「見るな」
らっだぁの声が低かった。
「もう、俺らも見つかった」
二人は走った。
けれど。
出口まで、あと少し。
というところで。
「――っ!」
らっだぁの身体が後ろに引っ張られた。
「らっだぁ!」
数人の従業員が、らっだぁを床に押さえつけていた。
「離せ!!」
らっだぁが抵抗する。
ぴくとはすぐに戻った。
「らっだぁ!!」
従業員の腕を掴む。
「やめろ! 離して!!」
「ぴくと!!」
らっだぁが叫んだ。
「来るな!!」
「でも!!」
「逃げて!!」
ぴくとは動けない。
「嫌だよ!!」
「俺のことはいいから!!」
らっだぁが叫ぶ。
その顔には、いつもの笑顔なんてなかった。
必死だった。
「逃げて!! 早く!!」
「らっだぁを置いていけない!」
「いいから!!」
従業員の一人が、ぴくとの腕を掴もうと手を伸ばす。
ぴくとは反射的に振り払った。
「らっだぁ!!」
「ぴくと!!」
一瞬だけ。
二人の目が合った。
らっだぁが笑った。
ほんの少しだけ。
いつもの、らっだぁの笑顔。
「……またな」
「……っ」
その言葉が何を意味するのか。
分かってしまった。
「嫌だ……」
ぴくとの目から涙が落ちた。
「嫌だよ、らっだぁ……」
「行け!!」
らっだぁが叫ぶ。
「俺のことはいいから、逃げて!!」
ぴくとは走った。
走るしかなかった。
背後から聞こえる。
「待て!!」
従業員の怒鳴り声。
らっだぁの声。
何かが倒れる音。
金属音。
そして――
扉が閉まる音。
バンッ。
「…………」
ぴくとは立ち止まった。
目の前には、非常口。
その向こうには外がある。
でも。
戻れない。
「……らっだぁ」
唇を噛む。
泣きながら、扉を開ける。
外は夕方だった。
眩しいほどの太陽。
工場の外には、たくさんの車。
普通の街。
普通の日常。
なのに。
ぴくとの中だけが、何もかも壊れていた。
翌日。
ニュースには何も出なかった。
工場も、いつも通り営業していた。
ホームページには、
『本日も通常営業しております』
と書かれている。
ぴくとは自分の部屋で、昨日撮った写真を見ていた。
工場見学の最初。
笑っている自分。
その隣で笑っているらっだぁ。
その写真を見ながら。
「……またな、って」
ぴくとは小さく呟いた。
「戻ってくるみたいに言うなよ……」
スマートフォンを握りしめる。
そのとき。
通知が一つ届いた。
送り主――
らっだぁ。
「……え?」
震える指で開く。
メッセージは、一言だけだった。
『逃げてくれて、ありがとな』
「…………」
続けて、もう一件。
『俺、ちゃんと元気だから』
ぴくとは画面を見つめた。
そんなわけない。
そんなわけないのに。
最後に届いた写真。
そこには――
工場の中にある、真っ白な部屋。
その中央に立っている、
らっだぁがいた。
こちらを見て。
笑っている。
でも。
その笑顔は。
昨日、ぴくとに向けたものとは、
少しだけ違っていた。
コメント
3件
あああ第3話読み終わったよ!!😭💦 最初は明るい工場見学かと思いきや、だんだん不気味になっていく展開がマジで怖すぎた…!特に「従業員が誰も音を気にしてない」シーン、ぞわっと来たよ… ぴくとの「らっだぁ!」って叫び、こっちまで胸がギュッてなった😢💔 最後の「またな」からのメッセージ、辛すぎる…でもまだ終わった気がしない…続きすごく気になる!✨