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翌日、朝まで何件かはしごをした俺は重たい頭を抱えながらいつも通りに出社した。


俺の勤める鈴森商事は4代前の爺さんが興した会社で、企業向けに色々な商品を扱う総合商社。

起業時のモットーが『ゆりかごから墓場まで』だったそうで、需要があればどんなものでも用意する。そうやって今では上場企業の仲間入りをする会社になった。

必死に会社を興した初代。

時代の波にもまれながらも会社を守り抜いた2代目。

培ってきた信頼は守りながらも新しい分野を開拓しようとした3代目。

企業としての土台を堅固なものとし、一流と言われるまでに大きくした4代目である父さん。

俺にはその先輩達からこの会社を引き継ぐ責任がある。

体調不良を言い訳に、仕事に穴を開けるわけにはいかない。


ブブブ。

ん?

仕事用の携帯か。


「はい」

「おはようございます、皆川です」

「ああ、おはようございます」


掛けてきたのは事業部長の皆川さん。

今はアメリカにいるはずの彼が、こんな時間に掛けてくるってことは良くないことだよな。


「どうかしましたか?」

「ええ、アメリカの空港へ向かっていたトラックが事故を起こしまして、商品の到着が遅れそうです」

「どこの荷物ですか?」

「それが、山通でして・・・」

フーン、

なるほど。


山通はうちの上得意先。

今運んでいた荷物も、俺がアメリカ時代に手がけた商品のはずだ。

だから、わざわざ俺に連絡してきたのか。よほど困っているってことだな。


***


「商品は全滅ですか?」

「ええ」

電話の向こうの声に力がない。


「次の便は?」

「予定で行けば1週間後に出荷の予定でしたが、2日か3日は早めてもらうよう交渉しています」

「そうですか、私からも連絡してみます。荷物は少しづつでもいいのでこちらに送るようにしてください」

「しかし、輸送コストが・・・」

「分かっています。ですが、山通の信頼を失って取引がなくなれば元も子もありませんから」

「はあ」

皆川さんは納得できない様子だ。


「山通への連絡はこちらでしますから、皆川さんは製造元への交渉と事故後処理をお願いします」

「はい」


「大丈夫です。あそこの会社は製造の期限にいつも余裕を持たせていますから、4日か下手をすれば5日は早く出せるはずです」

「本当ですか?」

「ええ、随分交渉をしてきたので間違いありません」


何のためにアメリカ支社に3年も行ってきたって言うんだ。

企業の癖だって把握している。


「わかりました。もう一度交渉します」

本当にうれしそうに電話を切った皆川さん。


アメリカ時代に一緒に仕事をしてきたからわかる。

一見温厚すぎて押しが弱そうに見えるが、実直で仕事のできるいい人だ。きっとなんとかしてくれる。彼に任せれば大丈夫。

とりあえず俺は、営業部長と山通の対応を考えるか。


***


トントン。

「はい」

「失礼します」

入ってきたのは山川営業部長。


「山通の件、聞きましたか?」

「ええ。専務もご存じでしたか?」

意外そうな顔をして、俺を見ている。


「元々私が開拓したルートでしたからね、皆川部長が知らせてくれたんです」


「しかし・・・」

不満そうな山川部長。


そりゃあそうだろう。

一企業の搬送時のトラブルに専務が口を挟めば現場としてはやりにくいだろうから。

この反応もわからなくはない。


「山川部長」

少し声のトーンを落とし、俺は彼を呼んだ。


「はい」

顔を上げ俺の方を見た山川部長。


「言いたいことはあるでしょうが、まずはトラブル解決を第一に考えましょう。なんとか山通との妥協点を見つけて、少しでも早く商品を届けたい。その思いは同じはずです。違いますか?」

「いいえ」


山川部長は営業畑の叩き上げ。

豪腕で部下からは恐れられ、上からは融通が利かなくて煙たがられることも多いが、真面目で信頼できる人だ。


「それに、山通は特別ですから」

ポツリと呟いた。

「ええ」

分かっていますと、山川部長は頷いて見せた。


山通は、日本の総合エレクトロニクスメーカーであり、ことコンピューターに関しては国内生産ナンバーワン。爺さんの代から取引があり、うちにとっての大得意先。

どんなことがあっても落とすことはできない。



***


「今の営業担当は誰ですか?」

「鈴木と高田の2人です」


2人とも2年目の新人。


「随分若手ですね」

不満を顔に出したつもりはないが、言葉に出た棘は伝わったらしい。


「もちろん、森課長もついていますし、心配ないと思います」

「そうですか」

元から心配をしているわけではないが。


そうか、髙田と、鈴木一華か。なんだか不思議な気分だ。


「朝一で鈴木を向かわせます」

「鈴木ですか?」

「ええ。髙田は今、別件で手が離せませんし、こんな時のために2人体制にしましたので」


フーン。

鈴木一華。24歳。

総合職として、初めて営業に採用した女子。

少しおっちょこちょいなところはあるが、元気ではつらつとしていて、ガッツのある新人。ただ・・・


「大丈夫です。鈴木1人では心配ですが、髙田と2人ならそこら辺のベテランにだって負けません」

「へー」

随分高評価だな。


「鈴木に行かせて、難しそうなら森課長を向かわせます」

「・・・わかりました」

ここまで言われれば、反論なんてできない。


山川部長を信じてみるか。

不安も不満もないわけではないが、今は黙っておこう。

一華、お手並み拝見だ。


***


午前中は定例の会議。

今日は社長が出席するから、役員達もみんな顔をそろえた。


「孝太郎さん、こんな所にいていいんですか?」

ニタニタと話しかけてくる男。


「山通の荷物が事故でダメになったんですって?大変じゃないですか」


フン、やかましい。

会社の不利益をそんなにうれしそうに話すな。


「ご心配には及びません。手は打っておりますので」

「そうですか、それは良かった」

ちっともよかったって顔をしていない狸じじい。


河野副社長。

年は確か、50代半ば。爺さんである先代社長の代からこの会社にいる古株。

口うるさくて仕事には厳しいが、数字にめっぽう強い。その点に関しては父さんも一目置いている。

しかし、俺はこいつが大嫌いだ。


「山通はうちの取引先でも大口ですからね、もし取引停止なんてことになれば孝太郎さんの責任問題にもなりかねません」

「・・・分かっています」

あんたに言われなくても、十分承知している。


「それは、楽しみですね」

意地悪く笑う河野副社長。

こいつは絶対に俺がしくじることを望んでいる。最低の男だ。


「すみません、失礼します」

徹が声を掛けた瞬間、副社長の表情が変わった。


「専務、社長がお呼びです」

「あ、はい」

失礼しますと頭を下げ、俺は徹の後に続いた。


***


「ッたく、うざいなあいつ」

え?

廊下に出た途端態度の変わった徹に目を丸くした。


「お前」

「ああ、社長が呼んでるなんて嘘だよ。うざかったから連れ出してやった」

感謝しろとでも言いたそうに、笑ってみせる徹。


すごいな。


俺が3年アメリカに行っている間も、徹はずっと父さんの秘書をしていた。

今では、経験も社内での信用も俺の比ではない。



「それで、大丈夫なのか?」

きっと今朝のトラブルのことを言っているんだろ。

「ああ、なんとかする」

なんとかしないわけにはいかない。


「担当、一華ちゃんなんだろ?」

「ああ」

それも心配の一つだ。


周囲には秘密にしているが、鈴木一華は俺の妹だ。

社長の1人娘として大切に育てられたはずなのに、なぜか『ちゃんと働きたいから、就職する』なんて言い出して父さんを困らせたあげく、勝手にうちの会社を受けて最終面接にまでこぎ着けていた。

もちろん、最終面接まで行って俺や父さんに隠すことなんてできなくて、怒った父さんが不採用にしようとしたとき、『それならよその会社に行く。それでもダメなら、アルバイトでもしながら1人で暮らす』と家を飛び出した。

本当に我が妹ながら直情型で困ってしまう。

最終的に、父さんが折れた。どこでどんな暮らしをされるかわからないよりは、手元に置いておきたいと思ったんだろう。


***


「なあ」


ん?

一華のことをボケッと考えていると、真面目な顔をした徹と目が合った。


「そろそろ、秘書を置いた方がいい。そうすれば、古狸に呼び止められて嫌みを言われることだってなくなるはずだ。1人でフラフラしているから捕まるんだよ」


え、だって

「秘書なら」

秘書課の綺麗どころが5人もいるじゃないかと言いかけて、

「そうじゃない、専属の、信頼できる人間を置け」

「それは・・・」


俺だって欲しい。

でも、なかなかいない。


「徹、お前が、」

「俺はダメ。社長が手放さない」


フーン。

じゃあどうするんだよ。


「まあ、焦ることはないから考えておいてくれ」

「ああ」


専属の秘書ねえ。

できれば男が良いな。仕事ができて、本音が言えて、気兼ねがない奴。

そんな奴、簡単には見つからないだろうな。


「営業の髙田、切れ者らしいぞ」


え?

いきなり名前が出て驚いた。


髙田って言えば、一華の同期で2年目の新人。


「他にあてがないなら、1度会ってみろよ」

「ああ、本当に困ったら考えてみる」


さすがに、一華の同期ってかなり年下だしな。


「これからドンドン忙しくなるんだ、秘書は絶対に必要になる。お前が探さないなら、勝手に決めるぞ」


え、それは・・・


「少し待ってくれ。ちゃんと考えるから」

「わかった」


実際あてがあるわけではないが、側に置くのは信頼できる人間にしたい。

さあ、少しは本気で探してみるか。


***


数日後。

その日、午前と午後に会議が入っていた俺は、社内で昼を迎えた。


幸い、事故でダメになった山通の荷物は、次の便を4日早めて出してもらえることになった。

出荷を2便に分けたため輸送コストはその分かかったが、遅れは最小限に抑えられた。

ダメになった荷物にも保険を掛けていて保証が受けられそうだし、損失も大きくはないだろう。

普段強気で交渉してくる山通の工場長のことだからきっと嫌みを盛大に言ったんだろうが、そこは営業が押さえてくれて助かった。

きっと、一華も大変だったことだろう。

まあとにかく、解決してくれて良かった。俺はそのことに胸をなで下ろしていた。


さあ、昼飯はどうするかな。

できれば徹を誘って外に出たいんだが、無理だよな。

社長秘書であれば相当忙しいはずだし、俺の都合ばかりも言っていられない。

1人で食べに行こうか、でもなあ、それはそれで寂しい気がする。

うーん。こんな時は秘書課の誰かに買い物を頼むに限る。

仕事の合間に食べるランチなんてコンビニのおにぎりで十分だし、アメリカ時代もホットドックやハンバーガーで済ませることが多かった。

もちろん、こんなこと母さんに言おうものならネチネチと説教されるんだろうな。

家族のために生きてきた主婦の鏡みたいな人だから。

お陰で、俺も妹も高校生になるまでファーストフードとは無縁だったし、いまだに、家にインスタントラーメンは置かれていない。

子供の頃は思わなかったが、上流意識の強いかたくなな母さんだ。


***


専務室から続く廊下を通り、秘書課のドアを開ける。


「ねえ、悪いけれど、」

と言いかけて言葉が止ってしまった。


そこにいたのは秘書課の女性達。

何人かはランチに出かけているようで、今は3人が残っていた。

徹を含め役員専属の秘書達はここで勤務していないし、普段からここにいるのは5人ほどだから特別不思議な光景ではない。

ただ・・・

3人のうち1人は自分のデスクにランチを広げ、もう1人はカチカチとパソコンを操作している。

それも、かなり必死の形相。何かあったんだなって思わせる顔つきだ。


「どうしたの?」

近くの席でちょうどお弁当を広げていた子に声を掛けてみた。

「間違えて、データを消してしまったようです」

へー。


でも、それなら

「システムを呼べば?」

うちにだってシステム担当は常駐しているから呼べば来てくれるだろう。


「会社用ではなくて、個人のパソコンなんです。家で書類を作ってきてデータを落とそうとしたら消えたらしくて」

「フーン」

うちの会社だってセキュリティーはかかっているわけだから、むやみには外部アクセスできないようになっている。個人用のパソコンにデータを落とそうなんてするからおかしくなるんだ。


自分でもわかる冷たい視線で、真っ青になっている秘書を見た。


***


「はい。これでいいと思います。一応修復はしましたが、パソコンで作った書類は一旦アクセス許可のあるUSBに落として、社内のシステムにアクセスし直してくださいね。無茶をすると、またデータが消えますよ」

ちょっと脅し気味に話す声に、


「はい」

うなだれる秘書。


あれ、この人。

Tシャツに、ジーンズに緑のエプロン。

後ろ姿しか見えないが、絶対に秘書課の人間ではない。と言うか、うちの社員ですらないと思う。

それに・・・


「ああ、専務」

やっと存在に気づいたらしい秘書が、俺を振り返った。


「お取り込みのようだね」

つい嫌みを言ってしまった。

「申し訳ありません」

頭を下げる秘書。

だからといって、俺の表情が緩むことはない。


そもそも、重要な書類を扱うことが多い秘書課で、不注意からデータを消しそうになるなんてあってはならないことだ。

上司として、一言も二言も文句を言ってやりたい。

しかし、今の俺にはそれ以上に気になることがある。


「ところで、君は?」

俺は、秘書の先にいたエプロン姿の女性に視線を向けた。


「専務、違うんです。この方は私が無理にお願いして」

ちょっと声を震わせながら、言い訳をする秘書。


「違う。僕はこの方がどなたなのかを聞いているんだ」


仕事をしているときの俺はいつも以上に感情が表に出ない。

聞く人によっては冷たく聞こえることがあるようで、『怖い』と言われることも少なくはない。

きっと、今の俺も冷血のオーラを出していることだろう。


***


「申し訳ありません、私『フローリスト暖〈だん〉』の者です。週に1度こちらのフロアのお花を交換させていただいております」

はっきりと俺の方に向き直り名乗った女性。


この人は・・・やっぱり。

気のせいではなかった。

1度見たら忘れられないような美人。

数日前に始めてあった人が今目の前にいた。


「専務?」

ボケッとしてしまった俺に、不思議そうな顔をする秘書。


「あ、ああ。お花屋さんね。で、何でお花屋さんがパソコンの修理を?」

「それは・・・」


そこを突かれれば、秘書は黙るしかない。

それがわかっていて聞く俺は、やっぱり鬼かもしれない。

さあ、どう答える気だ?と俺は美女を見た。



「修理なんて大げさなものではありません。お困りのようでしたのでパソコンを少し前の状態に戻しただけで、御社のシステムにアクセスなどしておりません」


キッパリ言い切り、近くに置いていたバケツやゴミを片付け始めた美女。

様子を見ていた秘書達も、困ったように立ち尽くしている。


スーツ姿できっちり化粧を決めている秘書達に比べ、作業着にエプロン姿で髪も1つに束ね、顔はマスクでほとんど隠れている彼女は見劣りしそうなものなのに・・・やはり、綺麗だ。

顔が綺麗とかスタイルが良いとかではなく、彼女がまとう凜とした空気が周囲とは違う。


荷物をまとめ、秘書室から出て行く準備ができた彼女は、

「出過ぎたことをして申し訳ありませんでした。これは私が一存でしたことですので、今回のことが原因で契約を切るなんておっしゃらないでください。これから私ではなく他の者を来させますので、どうかお許しください」

そう言って、深々と頭を下げた。


「別に、そんなことを言うつもりはない」

不機嫌そうに答えてしまった。


なんだか不快だ。

『こんな些細なことで契約を切るなんて度量の狭いことはしないわよね?』と言われたようで、『そんなことはしない』と言わせられたようで、してやられた気分だ。


「では失礼します」

俺の反応を待つことなく、彼女は出て行ってしまった。


このままにはできない。

きちんと話をしよう。

この時、俺ははっきりと彼女を意識した。






氷の美女と冷血王子

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