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朝、病室のカーテンを開けても、隣から聞こえてくるはずの声がなかった。灯は、最初はただ「まだ眠っているのかな」と思っていた。
けれど、昼を過ぎても、夜になっても、晶哉の姿は現れなかった。
「どうしたんだろう、晶哉くん……」
その晩、廊下に出ると、隣の一人部屋に「関係者以外立ち入り禁止」という紙が貼られていた。
チラッと名前を見ると佐野晶哉と書かれていた。
言葉が出なかった。
ただ、胸の奥がぎゅっと締めつけられるように痛かった。
次から来る日に看護師に尋ねても、返ってくるのは同じ言葉。
《今は会えないの。落ち着いたら、きっとまた……。》
“きっとまた”。
その言葉ほど、不確かなものはない。
これまでの人生で、何度も「きっと」は裏切られてきた。
病気も。移植も。
時間も、期待も、全部が不確かだった。
だから、灯は待つしかなかった。
ただ、あの扉の向こうで、晶哉が苦しんでいないようにと、それだけを祈っていた。
何日が経ったのだろうか……
私には長く感じた。
ようやく医師が灯に告げた。
〈東さんは、現在、集中管理室に移っています。容態が急変して、一時的に処置が必要な状態です。落ち着けばまた……お会いできると思いますよ。〉
「……本当に?」
〈ええ、彼もあなたのことを気にしていました。“灯さんには笑っていてほしい”と、ずっと言ってましたよ。〉
その言葉に、涙がこぼれそうになった。
でも、こぼさなかった。
もっと辛いのは晶哉くんだから……。
「私も、笑って待っていたいです。だから……お願い。生きてて、って伝えてください。」
灯は小さく頭を下げて、自分の部屋に戻った。
心臓が、痛い。
でもそれは病気のせいじゃなかった。
彼のいない時間が、ただ、怖かった。
その夜。
灯は、晶哉と最後に過ごした屋上のベンチで、
ひとり、小さな紙切れに言葉を綴った。
「また会えたら、“また会えたね”って笑おうね。それまで私、ちゃんと生きてるよ。貴方のこと、ちゃんと信じてるから。」
封筒に入れて、晶哉の部屋の扉の前にそっと置いた。
それだけが、今できることだった。