テラーノベル
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休日の午後、桜子のマンションのベランダには温かな陽が降りていた
大阪市内を見渡せる広いベランダは彼女のお気に入りだ、足元には、ビニールシートがピンと広げられ、桜子はその真ん中に背もたれのない椅子を一脚置き、散髪用のケープをひらりと広げてみせて言った
ジャーン「桜子のベランダbarberへようこそ~♪」
得意げに胸を張る彼女の手には、霧吹きと櫛、そしてネットで買った本格的な散髪ハサミセット、テーブルの上には、おしぼりやタオルまで丁寧に用意されていた、シオンはきょとんとして、その仰々しい演出を見つめて言った
「ええ? 桜子さんが僕の髪切ってくれるの?」
「だってシオン君、散髪屋さん嫌いっていつまでも行かないから~伸ばすにしても、もうちょっと毛先を切りそろえて清潔にしないと」
桜子はあきれたような口ぶりで言いながら、彼を椅子へと促した、大人しく腰を降ろしたシオンの肩に、ふわりとケープがかけられる
首元を留める時に桜子の指先が彼のうなじにかすかに触れた、それだけで胸の奥がキュンと高鳴る
桜子は霧吹きを手に取ってシュッ、シュッとシオンに拭きかける、若さは髪に一番現れるのだろう、細かな水の霧が陽射しの中でキラキラと舞い、彼の生え際までびっしりと埋まった、太くて黒々で艶々の若々しい髪を濡らす
「変にしたらごめんね」
「桜子さんが切ってくれるなら、何でもいいよ、坊ちゃん刈りでもトラ刈りでも」
クスクス・・・「トラ刈りは私が嫌かも」
くしを通すと、髪は思っていたよりずっとやわらかく、指のあいだをさらさらと流れていく
―チョキン・・・チョキ、チョキ・・・―
ハサミの音がベランダに規則正しく響く・・・切り落とされた髪の先がハラりと落ちて、ケープに黒い雪のように積もっていく・・・
恋って不思議だ・・・桜子からしたら、シオンの切り落とした髪の毛さえ愛しく思う
二人の愛はまさに絶好調だった、桜子は彼に狂おしいほど恋に落ち、彼のためなら何でもしてあげたかった
「ハイ!出来上がり!」
そう言いながら三枚綴りの鏡を広げてシオンに合わせ鏡で後頭部の仕上がりを確認させる
「どう?初めてにしては上出来じゃない?スッキリしたでしょ?」
「わぁ~!うまいね!桜子さん」
自分でも大満足の仕上がりに桜子は、最後に彼の前髪を指ですくい上げた、陽の光が、切り揃えられたばかりの毛先を透かしてこげ茶色に縁どっていく
「シオンくんは顔立ちがハッキリしてるからベリーショートとかにしたらすっごく素敵だと思うけど、私は髪が長い方がいいかな、だってそれ以上素敵になったら、他の女の子が黙っていないわ、きっと」
「他の女の子って?」
濡れタオルでそっと首筋の細かな毛を払って、シオンの肩からケープを外す桜子を鏡越しにじっと見る
「そ・・・それは・・・ほら、本屋さんにも沢山の従業員の女の子がいるじゃない?シオン君とお似合いな子達・・・」
以前にシオンが働いている本屋へ桜子が覗きに行った時、レジでシオンは従業員の女の子と働いていた、その子も若く、ちょこんとシオンの隣に立つとどこかお似合いが気がした、いいや、桜子以外の若い女の子ならみんなシオンとお似合いの様な気がする・・・自分以外は・・・
「だからそういう子達にもシオン君素敵だなって思われるんじゃないかって――キャッ!」
ぐいっとシオンに腕を掴まれて、バランスを崩したかと思ったら、彼の膝の上に座らされた、柔らかな彼女のお尻の下にある、硬い筋肉質のシオンの膝は、普通の椅子よりも安定感がある
「他の女の子なんか興味無いよ、僕は自分の愛する女性ただ一人に素敵だなって思われたら、それで十分」
眠狂四郎
1,103
シュメール
260
央雅
13
榎本くもり
10,767
「シオン君・・・」
やぼったい前髪を切り揃えたら驚くほどハンサムなその顔をじっと見つめる、心臓が途切れがちに鼓動を打つのが分かった
シオンがじっと桜子の目をのぞき込んでいる、「愛している」と目が言っている・・・
「そんなに心配なら、僕をトラ刈りにしてもいいよ」
クスクス・・・「だからそれは私が嫌だって・・・」
笑い混じりに言うと彼の両手で桜子の腰に回って来て、徐々に上に伸びてきた
「シ・・・シオン君っ!まだ昼間よ・・・」
「愛し合う二人に昼も夜もないでしょ!」
クスクス・・・「くすぐったいから、止めて!」
シオンが桜子の首筋に鼻を摺り寄せて舐めてきた、その感覚は我慢出来ないぐらい心地良く、桜子は身震いして目を閉じた
「ダメだってば・・・・」
.:・.。. .。.:・
.:・.。. .。
毎朝シオンを仕事に見送ってからは、真っ先に桜子は書斎にこもる
朝一番で自分のソーシャルメディア・アカウントを巡回し、続いて自分の著書の販売サイトに行って、怪しいコメントが書き込まれていないかもチェックする
続いて「美木桜子」「あの虹の彼方へ」「作家」などのキーワードで最新情報を探る、それはとても神経をすり減らす作業で、うっかりハマると何時間もそれに時間を溶かしてしまうような沼の落とし穴だらけだった
そして最後に・・・あの「匿名掲示板」を除く
【美木桜子の盗作について語り合うスレ part1】
相変わらずこのスレッドは健在で、もう今や書き込みは100件を超えていた、例の如く、背筋がゾッとし冷や汗が出る
「このままいったら炎上するかも・・・」
桜子は自分が溺れ死ぬ前の人間のように、腹の底から冷たくなっていくのを感じていた
コメント
2件
桜子とシオンおたがいを大切に思って本当にお似合いだと思うよ😌でも桜子はこれからも掲示板の存在に苦しめられるね😔事実なだけにどうしたもんだか🥺
ああ、めっちゃ良かったです…!ベランダ散髪、めちゃくちゃ雰囲気良くてドキドキしました。桜子さんがシオンの髪を切る手つきも、ハサミの音も、全部が優しくて温かい。それでいて、最後の「匿名掲示板」の一文で一気に冷え込む感じが、もう…。盗作スレがまだ続いてるんですね。幸せな時間と、じわじわ迫る不安のギャップがたまらなかったです。次が気になります…!