「はぁ……やっぱりこの時間が至福だ」
とある日の昼下がり。
僕は自室の窓際で優雅にティータイムを過ごす。
テーブルの中心には火が付いている香水キャンドルが置いてあり、おやつは高級なクッキー。
紅茶の茶葉も高級。
茶葉もクッキーもこの前香水キャンドルを作る時に戸棚に置いてあるのを見つけた。
数日間様子を見て誰も手をつけてないようだったからかっぱらった。
賞味期限過ぎたら勿体無いしね。
ということで実にリッチなティータイムを満喫中。
たまにはこういう日もあってもいいと思った。
今思えば王都についてからゆっくり過ごすことは久方ぶりだ。
王都に来てからは人の密集する市井に慣れるためにウェルと通い続けた。
お披露目会では、一騒動起こし次の日ソブール公爵邸に赴きアレイシアと婚約。
その後は一週間の缶詰勉強期間に、母上とお出かけ。
色々と空回りしてしまったお茶会、グラディオン王国の派閥について知った。
……うん、流石に内容が濃すぎる日々を過ごした。
たまには何も考えずに過ごすのもいいだろう。
束の間の休息も大切だ。
「心が和む」
僕は静かにティーカップをソーサーに置く。
だが、気の抜きすぎでいつも以上にカタッという音を立ててしまう。
いつもより雑になっているが気にしない。今は一人、作法云々を指摘する人はいないのだから。
僕は机に用意してきた本を開く。
青色の分厚い冊子で、表紙には女の子と王冠を被った男が大きな木の元で手を取り合っている絵。
その作品タイトルは「白黒の王子様」
これはアレイシアとお茶会した時にリタとの会話で聞こえたタイトルの本。
アレイシアが読んだ本というので気になり購入してみた。
「……さて、読んでみるか」
僕は「白黒の王子様」を読み始めた。
「白黒の王子様」
主人公は平民の女の子、町外れにある大きな木で運命的に王子様と出会い恋におちることで始まる身分差の恋物語。
どこにでもあるシンデレラストーリーではない。
「嘘」をテーマにした悲恋物語。
物語初めの方は恋をした二人は町外れの樹齢1000年を超える巨木の木下で密会を重ねたり、街を一緒に散策を繰り返す。
二人は時間を共に過ごすことで愛を深めていく。
そんな二人の運命が動いた物語中盤、王子様が隣国の王女様と婚約が決まったこと。
王子様は断ろうとしたが、立場上断ることができなかった。
王子様は悩んだ結果、主人公を傷つけたくない、今の関係を変えたくないからと隣国の王女様のことを隠すという嘘をつく。
もちろん隣国の王女様にも何もないと嘘をつく。
婚約が決まった時期から主人公は王子様に何か違和感を感じるが、恐れて気がついていないフリをした。ここで主人公も王子様に嘘をついた。
そんな二人が想い合うゆえに互いがついた嘘から複雑な三角関係が出来上がる。
だが、ずっと続くことはなく亀裂が生じる。
物語終盤、隣国の王女様が密会を重ね目を盗んで王宮を抜け出す王子様を偶々見かけてしまった。
この当時には王子様は身分を捨てて主人公と結ばれることを決めていた時期だった。
だから、王子様は主人公にこう告げたのだ。
「俺は地位と名誉を捨て君と生きていく。だから、来週のこの場所、同じ時間にきてほしい」
それはプロポーズだった。
王子様は白金のねじれのあるシンプルな形の指輪を主人公に渡した。
全てを捨てて君と人生を歩みたい。
それが王子様の出した答えだった。
主人公はその時は王子様と一緒に行くことを決めていた。
……だが、隣国の王女様は主人公の存在を知り、接触してこう告げた。
「あなたのしていることはみんなを不幸にする選択ですのよ」
隣国の王女様は主人公に真実をつきつけた。
ここで主人公は王子様が嘘をついていたことを知り、自分がやろうとしていた事の大きさを思い知った。
主人公はこう考えた。
王子様が隣国の王女様のことを伝えてくれなかったことにショックを受けるも、内心では自分を傷つけないためにその嘘をついたこと、自分のことを本当に大切に想ってくれていることが嬉しかった。
でも、王子様が本当の幸せになるにはと考えた時、自分が身を引くことが最良の選択だと考えた。
「あなたとは分不相応だったようです。さようなら」
そして王子様と再会の約束をした日、主人公は約束の場所に来ることはなく、その一言の置き手紙と贈られた指輪が置かれていた。
最後主人公は王子様への想いに蓋をした。
相手を想うがためについた嘘、それが重なり合うことで最終的に主人公と王子様は結ばれなかった。
最後に主人公は他の異性と結ばれて、王子様と隣国の王女様が結ばれた。
最終的にみんなが人並みの幸せを手に入れ物語は終わる。
「読み応えがあるなぁ」
物語を読み終えた時の感想。
色々と考察ができる。
嘘を続けたから人並みの幸せを手に入れることができた。
もしも、王子様が初めから隣国の王女様のことを伝えていたら?
主人公が王子様に気を遣わないければ?
隣国の王女様が王子様が主人公に会いに行く姿を見かけなければ?
その一つでも違っていたら物語の結末は大きく変わっていた。
もしもこうなったら、こうしていたらと読者の想像を膨らませることができる。
タイトルの白黒の色はそれぞれ意味がある。
白は、相手を傷つけないための白い嘘
黒とは色々な意味があると考えている。
例えば登場人物たちの心情を表していたり、黒い嘘という事実とは全く異なる嘘を意をついたから自らが望んでいた事実と違った未来になること。
僕個人的な感想は最後は本当に結ばれない二人に僕は悲しかった。
でも、この世界で王子様と同じ立場ならどうだったか。
僕ならそもそも主人公と恋をすることはないだろう。でも、恋は盲目というし実際になってみないとわからない。
これもこの物語のいいところなのだろう。
もしも自分ならどうしていたか、そう考えることができる。
アレイシアが何故この本が好きなのか、わかった気がした。
……今度話すきっかけがあったら少し語り合ってみよう。
他人がどう想ったか。それを共有するのも読書の醍醐味だしね。
そこまで考えているとドアをノック音がする。返事をしたらウェルが入ってきた。
「アレン様、御夕食の用意ができました」
どうやら本に没頭していたらしい。
時計を見ると時刻は19時を指していた。
「すぐに行くよ」
そう一言伝えて僕は食堂へと向かったのだった。
こうしてゆったりした時間を過ごし、デート当日までひたすら母上とお茶会、エスコートの練習を繰り返し、アレイシアとの約束の日がきた。