私が困っているのがわかったんだろう。
拓海くんは慌てて椅子の背から身を起こした。
「あ、べつに深い意味はねーから!
じゃ、そろそろ行こーぜ」
拓海くんは伝票を手に席を立つ。
ちょっと不自然だけど、話が終わってほっとした。
それから本屋さんで参考書を買い、私たちは区で一番大きな図書館に向かった。
そこは自習スペースが広く、カフェも併設されていてとても使いやすい。
人が少ないテーブルの端で、私はさっき買ったばかりの参考書を広げた。
拓海くんは雑誌を読みながら、問題を解く私を待ってくれて、私が詰まると丁寧に教えてくれた。
途中カフェで休憩して、勉強がひと息ついたのは夕方のこと。
窓の外はまだ明るい。
けど、さすがに何時間も付き合ってもらうのは申し訳なくて、私は参考書を閉じながら言った。
「今日はここまでにしよう? 教えてくれてありがとうね」
「おー。またいつでも聞けよ。いつでも教えてやるから」
拓海くんは笑って、私の頭を撫でる。
目を合わせながら、私は無意識に髪に触れた。
イトコとはいえ、私は野田一家の居候。
それでもこうやって気兼ねなく接してくれるのは、やっぱりすごく嬉しい。
「……ありがとう、拓海くん!」
もう一度お礼を言い、私は笑って髪を直した。
図書館の外は、夕方でも灼熱の暑さだった。
「うわっ、あちー!
澪、アイス食いながらいかねー?」
外気との温度差にやられたのか、拓海くんは少し先のコンビニを指さす。
駅までの道のりは10分ほどで、私は二つ返事で頷き、コンビニでアイスを買った。
私はコーンタイプのアイス、拓海くんはソーダ味のアイスを選んだ。
けれど拓海くんは、なぜか手に持ったソーダアイスを食べようとしない。
「……うーん。
やっぱ、そっちにすればよかったかな」
ちらりと横目で見られ、私は笑ってしまった。
「もー、さっきのカフェといい、拓海くんはなんで買ってから後悔するのよー。
かえてあげようか? 私はそっちでもいいから」
笑って言えば、拓海くんは一息遅れて「いや」と首を横に振る。
「やっぱこっちでいい。
けど、それひと口ちょうだい」
そう言って私の手を掴み、顔を寄せてアイスをかじった。
急な行動に呆然とした私は、拓海くんが離れるとはっとした。
バニラアイスを覆っていたチョコの部分が、きれいさっぱりなくなっている。
「……ちょっとー!
チョコの部分が全部なくなった!」
それが食べたくて買った私は、ショックのあまり叫んでしまった。
「あぁ、わりーわりー。
そこが食いたかったから」
「ひどいー!」
口の端についたチョコを拭って、拓海くんは悪びれもせずに笑った。
そうだ、拓海くんはこういう人だった。
ふっと昔のことが頭に浮かぶ。
小学生の頃、拓海くんはきのこの山のチョコ部分を食べて、残ったクッキー部分をくれたっけ。
ぶすっとしつつバニラ部分を見ていると、拓海くんが笑ったまま私の肩を何度もたたいた。
「まーいーじゃん、今度またなんか買ってやるからさ」
「もういい。もういいもん」
「ちょっと、拗ねんなよー」
「拓海くんが勝手に食べるからじゃん!」
言い合いながら、溶けそうなアイスを食べて帰路につく。
やっぱり2歳差くらいじゃ、男子は年上でもまだまだコドモだ。
(佐藤くんくらいだよね……落ち着いてて大人っぽい人って)
ため息まじりに思ったけど、そこまで胸は痛まなかったのが意外だった。
(……あれ、どうしたんだろ)
佐藤くんのことが過去になる日は、もしかして意外と近いのかもしれない。
1年半好きだった恋心ををあっけなく終わらせたくないような、諦めるために終わってほしいような、複雑な気持ちになった。
最寄駅のロータリーを歩いていると、拓海くんのスマホが鳴った。
「母さんだ」
短く言い、スマホを耳に当てた拓海くんのとなりで、私はなんとなく後ろを振り返った。
それは本当にたまたまだったけど、フェンスの向こう側、線路の奥で視線が固まる。
レイだった。
彼は線路沿いの側道を歩いている。
(えっ、なんであんなとこに)
そっちにお店はないし、だいたい、今日は出かけていて遅くなると聞いていた。
「ん? どうかした?」
いつの間にか通話を終えた拓海くんが、私の視線の先を辿る。
「あ、えっと……」
レイがいたと言いかけて、私は言葉を飲み込んだ。
「なんでもない」
笑って言えば、拓海くんはさして気にした様子もなかった。
「そう?
って、母さんが牛乳買ってきてってさー」
「あぁ、それならコンビニで買って帰ろう」
「だな。なんか俺ら、コンビニ寄ってばっかだな」
歩き出す拓海くんから少し遅れて、もう一度線路の向こうに目をやる。
その時、駅に止まっていた電車が動き出し、視界が遮られた。
ガタンガタンと、あたりを大きな音が包む。
それが遠ざかって、再び視界が開けると、側道にもうレイの姿はなかった。
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