それから家に帰って、拓海くんと夕食をとった。
拓海くんの「がっつりしたものが食べたい」というリクエストで、商店街で買って帰ったとんかつでかつ丼を作った。
昼間のクラブハウスサンドは、彼のお腹にたまらなかったらしい。
食べ終えて部屋に戻り、参考書の続きをしていると、となりの部屋のふすまが開いた音がした。
(……帰って来たんだ)
時計に目を向ければ、線路の向こうでレイを見かけてから、今で2時間ほど経っている。
なんとなく落ち着かなくなった私は、勉強を切り上げてお風呂に入ることにした。
着替えを手に部屋を出た途端、丁度レイも廊下へ出てきて、私たちは意図せず目を合わせた。
ほんのわずかに目を開いた後、レイはなにも言わずに階段を下りていこうとする。
『さっき、駅の向こうで見たよ。
あんなところでなにしてたの?』
なにげなく尋ねれば、彼は数段下りたところでこちらを振り返った。
普段見上げるレイと目線が同じになり、少しドキッとする。
『探し物』
『えっ、なにか落したの?』
意外な返事だった。
あんな場所でなにを落としたんだろう?
『俺の探し物じゃないよ』
だけどレイはそれだけ言い、また階段を下りていく。
(なにそれ……)
相変わらずわけがわからない。
レイの探し物じゃないなら、なんの探し物なんだろう。
釈然としないけど、どうせ彼が言わないのはわかってる。
「関係ない」と自分に言い聞かせた私は、気を取り直してお風呂に向かった。
***
「……じゃーね、澪。
たまには遊んでね……!」
涙ながらに私の肩を掴む杏に、私は笑いながら頷いた。
「それはこっちの台詞だよー。
時間出来たら誘ってね、勉強頑張って!」
終業式の日の帰り道、私は駅の改札で杏と別れた。
都内の私立大学への進学を希望している杏は、夏休みは予備校で勉強漬けが確定している。
対する私はいいように言えば自由で、悪いように言えばなんの進路も決まっていない夏休みだった。
家に帰るとけい子さんはおらず、拓海くんが遅めのお昼を食べているところだった。
「おー、お帰り澪。ちょっと待ってろよ」
そうめんを食べていた拓海くんが、立ち上がりお湯を沸かそうとしてくれる。
「ああ、いいよ! 自分でやるから」
「そうか?
ってか明日から夏休みだな。澪の予定は?」
「私は……。
この間買った参考書をやって、TOEICの試験を受けようかなって」
「あー澪は就職希望だったよな。
勉強ならいつでも見てやるから、言えよ」
「うん、ありがとう!」
拓海くんに何度か大学に行けばいいと言われたけど、私がその気がないとわかると、なにも言わずに応援してくれる。
その優しさに甘えてるけど、時々思い出したように苦しくもなる。
「あぁそうだ。
あいつ、今日も遅いから掃除はいいってさ」
拓海くんがそうめんを食べ終え、席を立ちながら言う。
「そっか、わかった」
ここ最近、レイは夜まで出かけていることが多い。
(昨日も一昨日も顔を合わさなかったなぁ)
そんなことを思いながらお湯を沸かしていると、拓海くんがスマホ画面を私に見せた。
「そうだ、澪。この映画一緒にいかねー?」
画面を覗き、私は知らず知らずのうちに苦笑いを零す。
それは前に佐藤くんと観に行った映画だったからだ。
「ごめん……。それ、もう観たんだ。
好きな人と観に行ったんだけどね。結局ふられちゃった」
なるべく明るく言って、そうめんを鍋に入れる。
笑える話じゃないけど、佐藤くんのことは過去の話にしていきたくて、笑いながら言った。
なのに拓海くんが「えっ」と驚いた声をあげるから、私は慌てて付け足した。
「あぁ、けどもう平気だよ!
違う映画なら観に行けるよー」
つくった笑顔で振り返れば、拓海くんは険しい顔で私を見ていた。
「……澪。
いつの間に好きなやつなんて出来たんだよ、聞いてねーよ」
言いながらコンロの火をとめられ、私は驚いて鍋と拓海くんを交互に見やる。
「えっ、拓海くん……」
「澪、そいつとデートしたってこと?
ってかそいつ、澪をふったのかよ……!」
「えっ、えっ、拓海くん?」
怒る拓海くんを見て、私は失言だったと焦った。
だけどこのままそうめんを放っておくこともできず、ざるに入れて水でしめる。
「……んだよ、俺がいない間にありえねー……」
そのとなりで拓海くんは苛立ちを隠せないといったふうにぐしゃぐしゃと髪をかき、一呼吸置いて私の腕を掴んだ。
「……なぁ澪。
ずっと見守ってきたつもりだったけど、やっぱり、俺―――」
その時、がたんと音がした。
驚いて音がしたほうを見れば、台所にレイが入ってくるところだった。
『な、なんだよ。
あんた遅くなるって言ってたじゃん!』
焦った声の拓海くんとは対照的に、レイは穏やかな笑みを見せた。
『そのつもりだったんだけど、忘れ物をして取りに戻ったんだ』
それから冷蔵庫からコーラを取り出し、一気に半分ほど飲み干す。
その様子を呆然と見ていると、拓海くんがいつのまにか掴んでいた手を離した。