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「かつて、僕の心の庭に恋という美しい種を植え付けてくれた人へ贈る」
この世でいちばん美しく切ない姿は月だと思う。
アイリッシュウィスキーをロックで片手に飲み、タンクトップにパンツいっちょうの姿で窓際に立ちながら、仲田一樹は思う。
後ろから卓也が、
「何をぼんやりと考えてるん?」
と、きいた。
「いろんな事」
と、俺は答えた。
卓也はおそらく何も深い意味はないだろうという風に、
「ふーん」
と、だけ呟き、いつもの定位置のソファーに座り、テレビに目を向けた。
私はこうやって窓を少し開け、夜風にあたり月を眺めながらウィスキーを飲むのが習慣になってるのだ。月を眺めると、自然と涙がこぼれ、心が浄化されるのと、なんだか優しい眼差しのように見守っているように感じるから落ち着くのだ。でも、寒くてすぐ窓を閉めてしまう。
振り返ると卓也はYouTubeを見ながら笑っていた。再び、窓に目を向け、グラスの氷を回しながら、少し考えた。
もう卓也と知り合ってかれこれ5年ぐらいの付き合いだ。私よりも七歳ほど離れており、都内でバリバリ働くエリートサラリーマンだ。しかも超が着くほど陽キャでノリも良く、人気者で、男女問わず誰からもモテるだろう。そんな人がなぜ真逆な私と同じ空間で息をしてるんだろう?と毎回会うたび不思議に思う。そんなくだらない事を考えてたら、後ろから卓也が抱きついてきて
「そろそろ横になろうか?」
と、私をベッドに引っ張ってきたのだ。
部屋は薄暗くなり、暖色照明だけで、卓也に押し倒され、キスをしてきた。卓也の唇は柔らかく、優しいキスに毎回うっとりしてしまうほどキスが上手だ…。私はこの時間がいつまでも続けば良いのに、夜がもっと長ければいいのにと、卓也に抱かれながらそんな事を考えながらセックスを楽しむのだった。
カーテンの隙間から微かな光が目を照らし、目が覚めた。
「もう6時か…」
横では卓也は上裸姿でまだ寝ている。私はそっと卓也の筋肉質な肩に手を添えてまた横になった。相変わらず綺麗な肌で、微かなボディスプレーの匂いが落ち着くのだ。この時間が一番幸せで何とも言えない寂しさに襲われる時だ…このままずっとこうしてたいと思い、再び眠りにつく。
しばらくして、卓也のアラームが鳴り、私達は起きた。
とりあえず朝の身支度をし、卓也はスーツ姿、俺はセーターにジーンズ履きロングコートを羽織った。外は相変わらず寒く、吐息が白く、顔の皮膚がキリキリするほど冷えてる。
早歩きで俺たちは千歳烏山駅に向い、一緒に電車に乗り、新宿駅で解散してお互い向かうべき所に向かうのがルーティンなのだ。私は都営新宿線の電車の中で1人になり、急にポッカリと抜け殻になるような気分になった。
毎回の事だが、この時が一番切なく、自分の胸が締め付けられ、虚しくなる時間だ…。「いつか卓也と本当に恋人関係に慣れたらいいのに…」と本気で心の中で思ってしまう。
いつからかわからないが、いつのまに卓也って人に縛られ、どんどん沼っていき、今では底なし沼にはまり、抜けだせず、もがき苦しむ現状だ。そう、私達は所詮セフレの関係なのだ。卓也には何人ものセフレの関係がおり、私はそ の中の一人に過ぎない…。この関係が壊れるのが怖くて、いつも本心を伝えられず、ひたすら自分の心に蓋を閉めてしまっていた。恋とはなんだ…、愛とはなんなのか…。そんな事を考えてしまっている自分が、時々怖くなり、息ができなくなってしまうのではないか、と考えちゃうのだ。男女の恋愛もそうだが、ゲイの恋愛も複雑で結婚というゴールの無い儚い夢物語りだ…と電車で考えていた。
ふと、過去の記憶を鮮明に思い出し、初めて出会った当初の頃に、私は浸った。
初対面の時からもそうだが、私達は出会って早々、体の関係から入った。ゲイのマッチングアプリで卓也から声をかけてきたのがこの関係の始まりだった。
アプリ内でLINEを交換し、電話しながら新宿三丁目駅の地上口で待ち合わせし出会った事は、今でも鮮明に覚えている。
そう寒い冬の夜のことだ…。
二丁目寄りの、新宿三丁目駅の地上口で、LINE電話で話ながら、紺色のスーツ姿に、濃紺のロングコート、ビジネス鞄を持ち、こちらに手を振って向かってくる卓也…。
「はぁ、やっと見つけたよ」
と、満面な笑みで卓也は言う。
「お待たせして、ごめんなさい」
「君が遅かったから、ニトリでカーテン買っちゃたよ」
と、ニトリの袋を片手に持ち、卓也が言う。
いま思えば、卓也は初対面から馴れ馴れしく、チャラそうなのが印象だった。当時、自分は二十歳の学生だったので何も考えず、ただ年上のちょっとチャラカッコイイお兄さんぐらいにしか思ってなかった。
「とりあえず、居酒屋行こうか」
と、卓也が言うから、とりあえず私はリードされるがまま餃子居酒屋に入り2人で軽くお酒飲み何気ない会話をした。
「一樹君って目が綺麗だし、素朴的な感じで可愛いね」
と、卓也が躊躇もなく、息をするように言ったのだった。
はぁ…!?と私は突然の事に驚き、
「全然だよ」
と、笑いながら、軽くあしらったが、そういうのに免疫のない私にとっては、初めての経験で世間知らずの自分には、当時、刺激が強すぎた。
「自分の良さに気づいてないのは残念だねぇ」
と、卓也はiQOSを吸いながら言う。
「そういこと、リアルした人全員に言ってるの?」
と、俺はからかうように言い、煙草に火をつけ煙をふかせた。
「そんな訳、ただ思った事は口にするだけさ」
と、卓也は笑い、ジョッキのビールを飲み干した。
「そう」
と、だけ言い、胸が熱くなり、ハイボールを口に含んだ。そうも頭の中がパニック状態になっているうちに、卓也が、
「そろそろ解散しょうか?」
と、言ったのでお会計し、駅に向かった。
電車を待っている中、卓也がコートから、
「寒いから良い物をあげるーっ」て、言って、ホッカイロを渡してきたのだ。
何この人?と私は思った。しかも汗臭い匂いがついたホッカイロだ。
「こんな臭いの要らないよ」
と、俺は冗談まじりで答えたが、卓也は
「失礼だなぁー」
と、言いながら無理矢理私のアウターのポッケに入れて、到着した電車に乗って、去っていった。変な人と思いながらも、クスって笑えて愉快な人だなぁと思ったが、私の心に何故か変な違和感が…。
そう、この時から卓也の思惑にハマりかけていたのだ。
卓也が去った駅のホームで私は不思議な気持ちになりモヤモヤした感情がただ残った。
私は改札を出てまた新宿三丁目駅の地上に戻った。
モヤモヤしながらただネオン街を歩き、新宿二丁目の行きつけのバーに向かった。
「あら!かずちゃん!いらっしゃーい」
と、いつものでいい?とゲイバーの店子ののぶリン君がいつもの調子で迎えてくれた。
「今日はビールにしとくよ」
と、言い、とりあえずいつもの調子で私は平然を保とうとした。店子の人達と楽しくたわいのない会話してたら、LINEの通知音が鳴った。
卓也からだった。
「家に来たかった?」
と、送られてきた。
私は素直じゃないから、
「別にどっちでもいいよ?」
と、送ったらすぐ返信がきた。
「じゃあ来る?」
と、きた。
「うん」
と、送信してしまった。
自分でもわからないが、何故か体が勝手に反応してしまったように思えた。急いで会計を済まし、小走りで新宿三丁目駅に向かった。
電車に乗ってる途中も、
「俺ももうすぐ千歳烏山駅に着くから、そこの近くのライフの前で待ち合わせなー」
と、きた。
とりあえず俺も卓也にしたがい、千歳烏山駅に着き、改札を降りて、ライフに向かった。
卓也は入り口前で待っていたのだ。
「とりあえず酒でも買って行こうぜー」
と、言い店内で一緒に酒を選び、つまみなど買って、
卓也のマンションに向かった。
部屋に入るなり、
「とりあえずシャワー浴びてこいよ」
と、卓也は言い、俺にバスタオルを持たせ、浴室に向かわせた。浴室内は殺風景で、整理整頓された清潔な浴室だった。卓也のメンズ物甘い香りのシャンプーを使い、メンソールのボディーソープで体を入念に洗い流した。
体をタオルで拭き、いつの間にか準備されてた卓也のスウェットに着替えたが、サイズが大きくブカブカだった。
その姿を見て卓也が、
「不恰好で可愛いなー」
とバカにしたような口調で私の顔を覗きこんだ。
「はいはい」
と、相変わらず愛想ない返事をして私は彼の会話をかわした。
卓也は不満気そうに
「ふーん、そういうところだねぇ」
と、卓也は言ってソファーに座りテレビに向けた。 私もとりあえず卓也の隣のソファーに腰をかけて恋愛ドラマを見た。その後、ハイボールを何本か開けてお互い色々喋ったが、ほろ酔い状態になり、どんな会話をしたのかは忘れたが、ただなんか心地よい幸せな時間だった。
深夜の午前3時ぐらいまで起きてたせいか、流石にお互い眠気に襲われ、卓也に誘われるがまま、一緒にベッドに入った。特にこれといった、事はせず、お互い背を向けて横になった。
私は内心ドキドキしたが、これ以上何も発展しそうにもないので、淡い期待を捨て、眠りについた。
次の日が休みなので、お互い時間を気にせず、かなり寝てたのだと思う。
卓也が昨日買った、遮光カーテンのおかげなのか、部屋の中は真っ暗だか時間はお昼頃になっていると、なんとなくわかった。
私は寝ぼけたまま、また布団に潜り、ただ目を瞑った。卓也も起きていたのか、モゾモゾと動く感じが伝わってきて、後ろから私を抱いてきた。私も卓也の手に軽く触れ、ドキドキしながら目を瞑った。そしてお互い向かい合わせで抱き合って目を瞑ってたら、卓也の唇が私の唇に触れて、そのまま軽いキスを…。
卓也が
「キスしてもいい?」
と、言って、
自分は、
「うん」
と、言って、ディープキスをした。
私はこの時人生で一番激しく、気持ちいい大人のセックスを初体験したのだ。
それに初めて心がドキドキして胸が熱くなった体験も…。
卓也の逆三角形のマッチョの体に抱きつきながら私は溶けてしまいそなくらい、頭が真っ白になったのだ。
気がついたら夕方になってた。
目が覚めてもまだ夢の中にいるような感覚だ。私はシャワーを浴び、帰る支度をし、卓也と一緒に駅まで向かった。
街は冬の寒さに包まれ、えるもーる烏山商店街は夕日色に染まっていた。
「じゃ!」
と卓也は軽く手を振り、私は改札の中に入り、私達は解散した。初対面で長時間一緒に居たのにあっという間だった…。駅のホームに一人ぼんやり立ちながらながら京王線、都営新宿線直通の電車を待ったのだった。
電車が到着するなり、座席に座り、すぐ爆睡してしまった。電車のアナウンスで目が覚めて終点の本八幡駅に着き、降りた頃には外は真っ暗で冬の透き通った空気に包まれていた。帰り道の真間川の桜並木の道を歩き、青白く輝く半月を眺めながら、今日の余韻に 浸り、ただ帰路に向かう…。
ふと我に帰り、そんな懐かしく、甘酸っぱい、心の思い出のページを閉じ、電車の中で揺られながら自宅に向かうのだった。