そして現在。
私たちを乗せた車は、次第に民家も疎らになり始める山裾の地域を走行していた。
緑が豊富な広々とした土地に、旧家と思しき立派な住居が、点々と見て取れる。
市内を出て、まだ数十分と経っていない。
地元がそもそも都会のほうでは無いので、少し足を伸ばせば、こうした景観に行き当たる。
今のところはまだ、ちょっとしたドライブ気分だ。
「チカ姉ちゃん、運転上手だね?」と、幼なじみが楽しげに言った。
“かわいい! ジープかわいい!”などと、当初から慶子さんの愛車を、頻りに褒めそやしていた彼女である。
SUVという車種を見れば、みんな“ジープ”と呼べばいいと思っているらしい。
さすがタマちゃん。かわいい。
「この前ね? 北海道行ってきた」
ハンドルをゆったりと操作しつつ、慶子さんが応じた。
「ほぉ? 蝦夷。 蝦夷地ですか?」
これに対し、私の隣から黄色い声が上がった。
それまで、流れゆく景色を一心に堪能していた結桜ちゃんが、瞳をいたく輝かせて、ルームミラーを見つめている。
「いいよなー? フェリーに車乗っけて。 俺も免許取ったら絶対行く!」
「ダメよ?」
「は?」
「危ないからダメ」
「いや、でもさ姉ちゃ……」
「ダーメ」
相変わらず、弟思いの慶子さんに完封される幸介を見ていると、男女のパワーバランスという陳腐なものに、つい思いを馳せずにはいられない。
ふと、先刻のできごとを振り返る。
『あれ? 今日、琴親さんは?』
『ふん?』
夕方ごろ、わが家の前まで私を迎えに来てくれた車には、ドライバーの慶子さん、それに幸介と結桜ちゃんが同乗するのみだった。
天野商店、並びにタマちゃん家にはこれから向かうとして、琴親さんの姿が見当たらないのは妙だ。
ちょっとその辺のコンビニならまだしも、今回はそこそこの遠出である。
生真面目な彼が、結桜ちゃんを一人で送り出すとは思えない。
『琴親なら、追っつけ走ってきます。 自分の足で』
程なく、かくも手厳しい応答があった。
ひょっとすると、ケンカでもしたのかな?
献身的な琴親さんのことだから、なにか、日常の中でちょっとした行き違いがあったのかも知れない。
年頃の女の子を相手取るのは、本当に難しいねと、ほのかな同情が湧いた。
「ホントはハマーが欲しいんだけどねー。 この車もいいんだけど」
「ハマーって車? どんな車?」
「ごっついヤツ。 すごいマッチョ」
「じゃあジープだ!」
辺りの景色を見ると、一段と緑が濃くなっている。
ワインディングを快調に走り抜けた車は、そろそろ尾羽出PAに差し掛かろうとしていた。
「きょう、史さんは?」
「ん?」
前列シートの友人へと、何気なく訊ねる。
この話を持ち込まれたあの日から、寝ても覚めてもウキウキが収まらない様子の彼女である。
最近になって気づいたのだけど、ほのっちのお化け好き、もとい“お化け怖い”の真意は、一般的な怖いもの見たさとは、少しばかり趣きが違うらしい。
どちらかと言えば、湖に潜むUMAの存在を示唆された際に、我々が感じるワクワク。
性質としては、そういったものに近いかも知れない。
「お父は、何やってるのかな? 今日のことは伝えてないんですよねー……」
「へぇ?」
何やかんやで仲の良い父娘にしては、思ったより淡白だ。
ひょっとして、こちらもケンカ中なのか。
「お、穂葉ちゃんもお年頃だねー」と、慶子さんが嬉しそうに笑った。
そうする内、パーキングエリアの入口を示す案内標識が目に留まった。
時刻は、だいたい19時に差し掛かる頃。
まずは、事態の整理をかねて、夕食を済ませようという寸法だ。