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山の懐に抱かれた駐車場には、数台の先客があった。
昨今のPAブームを反映してか、みやげもの屋に食事処、各種物産を扱うお店が充実しているため、それなりの集客が見込めるようだった。
「その女の人、何者かなぁ?」
手元のスプーンをふりふりと玩びながら、幼なじみが眉を顰めて言った。
「何者かっていうより、何をしたいのかって事じゃない? 重要なのは」
これに対し、尤《もっと》もらしく応じてはみたものの、まずはその女性のどこに焦点を当てるべきか、未だに決めかねている。
山道で、逆立ちをして、車を追いかける、女性。
筋道を立てて考えるには、情報が少なすぎる。
いや、むしろ逆で、情報過多と言えるか。
「もっとも目撃例が多いのは、ここからもう少し登った所だそうです」
アツアツのお蕎麦に、大判の油揚げをトッピングしてご満悦の結桜ちゃんが、そのように報告してくれた。
“ホントに好きなんだ油揚げ”と膝を打つ一方、確かな情報源の存在を心強く思う。
彼女の知己の古狐は、この辺りの山を総括するヌシだそうで、人間とも積極的に交流を行い、一定の情報網を形成しているという。
それに照らして突き詰めていけば、先方の正体も判明するかも知れない。
例えば、この山道のどこかで、過去に痛ましい事故があったとか。
あるいは、土着の説話、昔話の類に、何らかのヒントがないか。
「そのお友達とは、きょう会えたりする?」
私が問うと、結桜ちゃんは蕎麦をちゅるりとやった後、たちまち申し訳なさそうな表情をした。
「それが、ナイター中継があるので、絶対に邪魔してくれるなと」
「ナイター……、野球?」
「はい、野球」
なるほど、積極的に人間と交流を図った結果か。
一度 身に染みついた浮世の垢は、そう易々と取り払えるものでは無いらしい。
「ちょっと確認なんだけど……」と、横合いから声が掛かった。
見ると、お手洗いから戻った慶子さんが、浮かない顔をして佇んでいる。
「さっきの道でも、会う可能性があったってこと? その……、逆立ち、お化け?」
姉御肌の彼女にしては、しおらしい反応だ。
怖いのダメな人だったっけ?
でも、たしかにその通りだ。
件の女性が現れるのは、“尾羽出の山道”と、じつに曖昧で、範囲が広い。
先ほど利用した遊覧道路で遭遇する可能性も、充分にあったという事だろう。
何事もなく当のPAに辿り着けたことを、まずは幸運に思うべきなのかも知れない。
「帰る? やっぱり、もう帰ろっか? ていうか、明るくなってから帰る? ここって、泊まったりできないのかな?」
「おいおい? なにビビってんな姉ちゃん。 情けねえなぁ? お化けくらい」
「もっぺん言ってみ?」
「……いや、怖いよな? お化けも、怖い。 そうだ、カレー食べる? カレー」
「ん。 カレー食べる。 ここって食券?」
いつになく小さな背中を見送っていると、ここはやはり、専門的な見解を聞いておきたくなった。
「この辺りって、どう? なにか感じたりとか」
「んむ………?」
ラーメンを啜っていた友人が、口をモグモグさせながら顔を上げた。
やがて彼女が語ったところによると、害がありそうな気配は特に感じられず、これといって残留思念も見当たらないと。
残留思念とは、“その瞬間”の強烈な感情の波が、現場に止まり、定着したもので、心霊研究を行う際、たびたび取り上げられるテーマの一つでもある。
「じゃあ、ヒドい事故とかは無かった?」
「ん、無いと思いますよ? この辺りは」
箸の先で、ネギを器用に引っ掛けた友人は、「ただ……」と言葉を継いだ。
「なにか、お呪いの痕跡っていうか、残り香みたいなのは感じますね」
「おまじない………?」
「それは、このお山で行われたという事でしょうか?」
思わぬ単語に逡巡する私とは裏腹に、結桜ちゃんが前のめりに訊ねた。
「そのような話、聞いたことが無いのですが……」
「あ、たぶん大昔だと思いますよ? ホントにちょこっとだけ残ってるなって感じなんで」
つまりは、結桜ちゃんの友達が、この辺りに根を下ろすよりも前の話ということか。
古い時代に山で行われたお呪いとなると、山岳信仰に起因する何かか。
あるいは
「……人身御供とか、そういう話じゃないよね?」
恐る恐る問うと、友人は俄かに目を見張った後、カラカラと笑った。
「いや、それはさすがにマンガの読みすぎですよ」
「そっか………」
「うん。 そんな事やってた場所って、実際もっとドロッとしてますから」
「や……、あるんだ? あるんじゃん、そういう場所」
ともかく、友人の見立てでは、この山は至って清浄で、邪な気配は感じないと。
お呪いの痕跡についても、どちらかと言えば神聖な儀式が行われた後の、澄んだ残り香に近いものではないかとの事だった。