テラーノベル
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「小さな魔王と丸い悪魔」
🧣✕ショタ🌵
8 🧣視点
洗濯をして泡だらけになった手を洗って、俺はぐちつぼと二人で洗った服をロープに干した。
今日のぐちつぼの服装は水色のセーラー服。揃いのベレー帽を被ったら、名門学校に通うお坊ちゃんみたい。
青いスカーフを揺らしながらぴょこぴょこ歩き回る姿は可愛いなんてもんじゃない。国宝?国宝かこれ?この子が魔王として即位したら正装をセーラー服にしよう。ああ、でもこないだのスーツもスモックもポンチョもサロペットも他も色々全部、最ッ高に可愛かった。日替わり?よし日替わりだな。
手を広げたら喜んで駆け寄って、俺の腹にダイブしてくる。前は弾力ではじかれて尻もちついたりしてたのに、俺とぎゅうぎゅう押し合いっこしてもなかなか倒れない。
「くっそ~、らっだぁ重い!」
悔しそうにするからわざと転がってあげたら一緒に床に転げ落ちた。そのままコロコロ転がって小鳥みたいにキャハキャハ笑っている。
デザインは可愛いけど半袖でちょっと寒そうだから、モコモコのポンチョを着せてあげた。フードには猫耳がついてて、どこから見てもどうにかなるくらい可愛い。なるせには一生足を向けて寝られんな。
こうやって戯れているだけで幸せだった。俺がなにかして、ぐちつぼが笑う。一緒にご飯を食べて、一緒にゲームをする。数学の時間だけは俺は気配を消して、お風呂で一緒にふざけ合う。
ここは二人だけの幸せな世界。ぐちつぼは小鳥のように楽しげに飛び跳ねる。
でもいつものパンくずを食べ終わった本物の小鳥が窓辺から飛び立っていく。それを俺は直視できなかった。
*
「……オオカミは迷子の女の子を背中に乗せて歩き出しました。二人は道の途中でベリーの茂みを見つけました。女の子は甘いベリーをお腹いっぱい食べました……」
ぐちつぼは俺を背もたれにして寝る前の絵本を読んでいる。挿絵がきれいだからか、ぐちつぼはこの絵本を気に入ってもう何度も読んでいる。
「このベリー、なんなんだろう。美味しそう……配達人さんにお願いしてみたいけど困っちゃうかな」
うん、ここに配達人さんがいるんだけど、確かにこの挿絵だけでは種類までは判然としない。図鑑博士のぐちつぼにわからないなら俺にわかるわけがない。森でベリーの食べ歩きでもできたらな。
「……女の子は、とうとう倒れたオオカミの頬にキスをしました。するとオオカミは元気になって、また女の子を背中に乗せてくれました」
俺が悩んでいる間にもぐちつぼはあせたページをめくっていく。迷子の女の子が森で出会ったオオカミに助けられ、世話をされながら家を探すというよくある内容の絵本。もう何回も読んで内容を覚えているはずなのに、ぐちつぼは今日も楽しそうに読み進めていく。
家族のもとに帰った女の子が、オオカミに会うためにまた森に戻るシーンで絵本は終わる。でも本を閉じずにぐちつぼはなにか考えてるみたいだった。
「いいなぁ、オオカミ。犬よりおっきいんだよね。俺も背中に乗ってみたいな」
「……らぁ」
ちょっと動いてお腹をポヨポヨさせたけど本に夢中で気づいてないみたい。絶対俺のほうが乗り心地いいし。
「でもオオカミは危ないかな。犬なら大丈夫かな」
「らぁ!」
「猫とかウサギも撫でてみたいな。だから外に出れた、ら、……外に、そと……」
まただ。ぐちつぼは外に出る話をするといつも口ごもる。もしかして「外に出れたら」という言葉を聞いてドキッとした俺の心を読まれたんだろうか。
俺は森の外に出て家族と再会した女の子のページを指差す。こんなことしないほうがいいに決まってる。ここから出る方法がないのに希望をもたせるだなんて。でも、希望を持つことすら諦めるような仕草が、辛い。
ぐちつぼは何も言わなかった。少し体重をかけると押し返すように背中を預けてくる。子供らしい高い体温と、とくとく脈打つ心臓の鼓動。とても幸せな時間のはずなのに胸が苦しい。
「……もう寝るね」
そうしてしばらく無言でいたあと、絵本をぱたんと閉じて立ち上がった。ベッドに潜り込むあとに俺も続くしかなかった。
「らっだぁ、寒くないか?」
布団から手を出してぐちつぼが俺の頬に触れた。言われると少しだけ寒い。冬が厳しくなったら窓を閉めて寝ないといけないな。
大好きな星を見ながら寝られるのもあと少しだろう。腹に石でも入れられたかのように体が重い。目を閉じて無理やり寝ようとしているぐちつぼの柔らかい緑髪を何度も撫でて、俺もぎゅっと目を閉じた。
*
小さな声で浅い眠りから目が覚めた。苦しそうに唸る声。お腹の上でぐちつぼが汗をいっぱい垂らしてうなされていた。
「……ぐちつぼ?」
肩を揺する。歯がガチガチ音を立て、手足がもがくように毛布から突き出される。それでもまだ起きなくて、俺は焦って強く揺さぶった。
「ぐちつぼ?!」
「ァ、う゛、わあぁぁっ?!」
大きく叫んで目が開いた。しばらく虚空を彷徨ってから俺を見て息を吐く。
「ら、らっだぁッ」
ぎゅうっと抱きしめたら俺の腕にすがりついて震えている。額に触れるけど熱はない。悪夢を見たんだろうか。大きな目がくしゃくしゃになって、今にも泣き出しそうな顔は久しぶりに見た。
もう泣かせないって決めたんだ。背中をゆっくり叩くとだんだん呼吸が落ち着いてくる。
「ら、っだぁ、……トイレ」
石造りの階段は冷たくて、俺はスリッパを履いてぺたぺた歩くぐちつぼの手を引く。トイレのドアの前で待っているとしばらくしてから手にまだ水気が残ってるぐちつぼが出てきた。
だいぶ落ち着いてきたみたいだけど、俺と目を合わせようとしない。手を引いてベッドに戻ろうとしたけど、ぐちつぼはその場に立ち尽くしたまま動かない。
「あのな、夢……見たんだ」
そしてゆっくり話し始めた。俺はぐちつぼに向き直る。緑の髪は少し寝癖がついていて、メガネの向こうで赤い瞳が夕焼けみたいに揺れている。
「なんか膜?みたいな、柔らかいカーテンみたいな、ちょっとだけ透き通ってるせまいところにいるんだ。誰かが俺のことをだっこしてくれてて、それがとってもあったかくて、やさしくて、俺は夢の中でもウトウトしてるんだけど」
濡れた手でパジャマの裾をぎゅっと掴む。話すうちに下がっていた口角がゆっくり上がり、力の入っていた眉間も緩んできた。俺じゃなくて遠くを見たまま言葉を続ける。
「そうしてたら、声がするんだ。なにいってんのかは全然わかんないんだけど、すごく優しい声で、何度も俺に話しかけてくれて、俺のことなでてくれるんだ」
「……ら?」
まさか。ぐちつぼが何の話をしているのか。喉のあたりまで言葉が出かかって慌てて飲み込んだ。
────覚えてた?この子は覚えてたのか?自分を産んだ先代の魔王様を。世継ぎの頭を撫でることもできなかったあいつのことを。大事そうに卵を抱えていた、あいつのことを。
動揺する俺をちらっと見て、ぐちつぼはにっこり笑った。
「それでね、また声がするんだ。もうひとり。その人は俺をだっこしてくれてる人と楽しそうに話してて、聞いてると俺も嬉しくなっちゃうんだ」
「あ」
「俺とらっだぁみたい。きっと友達なんだよ」
思わず声が漏れた。ぐちつぼはうっとりと遠くを、きっと記憶に残る過去の風景を大事そうに見つめている。
過去の日々が一瞬で蘇る。運営のみんなと一緒に魔王様を支えた日々が。二人っきりのときは軽口を叩きあった日々が。
まさか最期になるとは思わない日々、愛おしそうに卵を抱きかかえていたあいつに、この子を抱かせてあげることができなかった。それがずっと心残りだった。覚えていてくれたことは俺にとってこの上ない救いだった。……ついでに、いつも馴れ馴れしく話しかけてた俺のことも。
胸が苦しい。感情が喉から零れそうだ。愛おしさが爆発して、俺はぐちつぼを抱きしめようとした。
でもぐちつぼの目が急に曇る。そうだ、この子はうなされてたんだ。はっとする俺の前で小さな体が震えだす。
「……でも、急にみんないなくなって、あったかい手がはなれちゃって、寒くて怖くて小さくなってたら、……急、にカーテンが引き裂、かれて、いっぱい、手が、ッ、あ、やぁッ、こわい……ッ」
「そんな、」
目の前が真っ暗になった。
自分の身体を抱えて震えるぐちつぼの顔が突然傾き、そして驚いたように俺を見た。
倒れたのは俺のほうだった。冷たい床に顔がぶつかった。まんまるな体の足に力が入らなかった。
ぐちつぼが泣きそうだ。夢の恐怖に怯えながら、それでも急に倒れた俺を心配そうに見ている。真っ赤な目を宝石みたいにうるませて。
抱きしめなきゃ。守らなきゃ。俺が、俺、が、
「ら、らっだぁ?!」
俺はとっさにトイレに駆け込んだ。開かないようにドアにもたれかかる。気づいたら人型に戻っていて、目から涙が情けないくらいボタボタ溢れ出していた。
ぐちつぼの前で泣くわけにいかない。手で顔をかきむしる。目をえぐり出してやりたい。早く戻らなきゃ。爪が頬に食い込む。唇を噛んでも首を絞めてもどうしても涙が止まらない。
溜め込んだすべての後悔と懺悔がせきを切って溢れた。俺は声を殺して泣いた。
────魔王を、あいつを守れなかった俺はあの日、せめて卵を抱えて逃げた。追ってくる人間を殺して殺して、それでも虫みたいに湧いてきて。
翼はとっくに折られて空も飛べなくて。卵を抱えていた腕が引き剥がされて、命よりも大切な温もりが手から離れていって。
かろうじて意識が戻ったときにはすべてが遅かった。卵も人間もいなくなっていた。瀕死の俺にとどめを刺すよりも、次代の魔王を処分するほうが、そりゃ、当然、重要だった。
守れなくてごめん、手を離してごめん、たとえ俺が死んだって守るべきだったのに。そうしたら体も心も傷なんて一つもなくて、今頃あいつに少し似た素敵な大人になって、沢山の仲間に囲まれて新しい魔王の領域を統治していたはずなのに。
そこに俺がいなくたって、ぐちつぼは幸せになるべきだったのに。
「……でも、この子は覚えてたよ、お前のこと」
もう戻らないあの日々が、俺に少しだけ笑顔を作らせた。
でも愛しい日々だけじゃなくて、卵から引きずり出されて弄ばれたことまで記憶の奥底に残っていたなんて。あまりの苦痛に心が壊れて、辛い記憶はすべて消えたって実験記録には書いてあったのに。
その痛みは俺が与えたようなものだ。俺が守れなかったから。
ぐちつぼを不幸にしたのは俺だ。
ぐちつぼをここに閉じ込めたのは、俺だ。
「らっだぁ?大丈夫か?おなかいたいのか?」
ドアの向こうから声と、ノックする音が聞こえる。もう何が正解なのかわからなかった。一番悪いのは俺だ。俺は偽善者で、ぐちつぼに触れる資格なんてない。
ドアを開けられそうになって俺は青い丸の姿に戻った。自分でドアを開ける。心配そうなぐちつぼが俺を見ていた。
「ぁ……」
亡霊みたいにヨタヨタ近づいて、でもその小さな体に抱きつくことはもうできなくて、俺はその場に崩れ落ちた。
ぐちつぼの幼い顔にあいつの面影が一瞬よぎった。浅ましくもまた涙が出てきた。
今すべてを打ち明けよう。お前を不幸にしたのは俺なんだよ。お前からすべて奪い取ったのに今更与える喜びに浸って、あまつさえこの塔にずっと閉じ込めようとしたんだよ。
「ぐちつぼ、」
俺が罪を告白しようとした瞬間、温かいものが頬に触れた。
途端に全身に強い衝撃が走る。枯れた砂漠に降る豪雨のような、懐かしい魔力の奔流が。
「へへ、元気になった?」
俺の頬から唇を離し、ぐちつぼがお花みたいにきれいに笑った。
「すごい、”キス”って本当に元気になるんだ!らっだぁにも効いてよかったぜ」
それから呆気にとられる俺の涙をパジャマの袖でゴシゴシ拭いてくれる。
え?キスって……あの絵本、オオカミの話で思いついたの?たしかにすごい魔力が流れ込んできたけど。全力にはまだ足りないけど、魔力の行使ではなく譲渡だから首輪の封印をすり抜けた?マジで何が起きた?奇跡?
いろんなことが起きて思考が追いつかない。後悔も懺悔も口から出すに出せない。かといってもうこの手ではぐちつぼを抱きしめることもできない。俺が動けずにいるのに気づいて、ぐちつぼは不思議そうに顔を覗き込んでくる。
「らっだぁってニコニコなのに涙出るんだな」
「…………」
「さては俺の話がうますぎて怖くなっちゃったんだろー??」
「ら……」
喉がガラガラで声が出ない。なんて言ったらいいかわからない。ひとつ息を吐いて、ぐちつぼは笑った。
「あの夢、もう何度も見てるんだ」
俺はぐちつぼの顔を見上げた。得意そうな顔だった。
「だからちっとも怖くないんだぜ、……久しぶりだからちょっとびっくりしちゃったけどな!」
そんなわけない、怖くないわけがない!ぐちつぼに嘘をつかせた。俺は焦って詰め寄る。
「らっ!!」
「大丈夫だって」
「らぁッ!!」
「怖くないし!」
「ら゛ーーッ!!」
「ぐぐっ、ちょ……ちょっと怖いけど、怖くないんだぞ!!」
暴れる俺の手が届くより先に、ぐちつぼの突き出した拳が俺の頬にぷにっと触れた。
「らぁ……」
「だってあの夢、優しい人たちが出てくるから。お風呂みたいにすごいあったかくて最高なんだぞ。オチがサイアクだけど!」
へへへ、といたずらっぽく笑っている。強がりがない、と言ったら嘘になるだろう。でも、記憶に残る温かさに喜ぶ笑顔は本物だった。
「ぐちつぼ……」
俺は気づいた。この子は少しも自分を不幸だなんて思ってない。この狭い塔の中で、自分なりの精一杯幸せな日々を過ごしていた。
不幸だと思いこんでいたのは俺だ。ぐちつぼはずっと前向きで、俺が自分の懺悔のためにこの子を不幸に押し込めようとしていたんだ。
「……いつもぎゅってしてくれてありがとな」
ぐちつぼが俺のまんまるな体を抱きしめてくれた。短い腕を、届かなくても一生懸命まわして。
あのとき俺が生き延びて、だから今ここで出会えた。過去は変わらない。変えられるのは未来だけ。俺だけが後ろを向いたら一緒に前に進めない。
あの日離してしまった手は繋ぎ直せた。俺が生き残ったことを罪にしちゃいけない。ここにいる意味を完遂しなきゃ。
ぐちつぼから魔力を貰う方法は多分わかった。俺ならここから出してあげられる。
希望は見えた。あとは、ぐちつぼが外に出ることを選ぶかどうか。
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ここで説明しないとおそらく謎すぎるので、話の途中ですが野暮な解説を挟ませてください🙇
・先代魔王と今の魔王ぐちつぼの関係性
非常に説明がしづらいのですが、「親子ではなく、同一人物ではなく、転生でもなく、しかし同じもの」なんですよね。
あの世界の魔王という仕組みを私は森や大樹のようなものと設定しています。リアルの森でも木が大地に根を張り、そこに菌糸が住み着きキノコが生える。キノコは木から栄養を得て育ち、そして木が朽ち果てるとき、キノコたちも一緒に滅ぶ。その木が魔王、キノコが悪魔、菌糸が魔力、みたいな感じです。
でも大樹本体に何かあっても、元気な枝を切って挿し木すれば根が出てまた新しい木になる。しかし咲かせる花は同じでも、絶対に同じ形の木にはならない。だから次の世代は「同一であり、同一でない」というややこしい関係性になります。
従者の悪魔たちもあくまで先代は滅んでいて、ぐちつぼのことは同じ魔力を持った次世代の主、として別存在と認識しています。
なんでこんな設定にしたかというと、らっだぁは先代≒当代だからぐちつぼを愛してるわけじゃないんです。愛した先代の面影は見えるけれど、生まれ変わりでも身代わりでもなくあくまでぐちつぼという小さな魔王ただ一人のことを守ろうとして奔走してるんです。
とはいえ先代の容姿は今と結構似てそうです。ただ今作、人の容姿、服装については必要がなければ描写をあえて排除してるので、読み手の皆様の想像におまかせしたいのでむしろ好きなように考えてほしいです。
(個人的に🧣は悪魔なのでラッダァ先生の服装、🌵はPEAKのスキンの溢れ出るショタさ(ケモミミメガネ泣き顔セーラー服とかいう大渋滞)で脳内再生してます)
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