テラーノベル
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「小さな魔王と丸い悪魔」
🧣✕ショタ🌵
9🌵視点
お昼を食べて本を読んでいたら、今日も配達人さんがいろんな荷物を持ってきてくれた。食材や服を受け取ったあと、配達人さんがなにか大きいものを持ち上げた。
「ちょっとかさばるから気をつけて持ってね」
鉄格子の隙間から差し入れられたのは妙に細長い箱だった。なんだこれ?
「それ、君の友達に渡してほしいんだよね。特別に頼まれたから」
「え、俺は見ちゃいけないのか?」
「うーん、見ないほうがいいかも。ナイショにしたいのかもしれないし」
もしかしてサプライズってやつか?じゃあ見なかったことにするのがオトナの対応かな。俺は箱を丁寧に床においた。
今回のおやつもくれて、今日の分は終わりみたい。配達人さんを呼び止めようと俺は木箱の上でぴょんぴょん跳ねた。
「なぁ、これ見てくれよ!」
「へぇ、こないだ持ってきた服かな?可愛いね、よく似合ってるよ」
褒められて嬉しくなって俺は一回転してみせた。いま着てるのはケープのついたコート。ちょっと配達人さんの着てる服に形が似てる。縁とかボタンが俺の好きなオレンジ色だし、おそろいみたいでなんか嬉しい。
「これあったかくてすごくいいぞ!おそろいにしてくれたのか?」
「え?なにが?」
「えー?服、似てないか?」
「ああ……?本当だ、おそろいだね」
「なんだよーっ」
鈍い回答にムッとなって俺は頬を膨らませた。持ってきてくれたのに知らないのかよ!合わせてくれたのかと思ってちょっと嬉しくなってたのに。
「……もしかして忙しいのか?」
「ん?なんで?」
「だって今日も来るときハァハァしてたし、荷物の中身知らないじゃん」
「えぇ??まぁ中身はほら、プライバシーとか」
「でも知ってる時もあるじゃん」
「それもそうだけどさー」
歯切れの悪い答えしか返ってこない。確かいい子のところに荷物を持ってくるって言ってたから、他の人のところにも行ってるのかな。いつもいろんな物を持ってきてくれるけど俺は配達人さんのことよく知らないんだよね。
「大丈夫だよ、ありがとね、心配してくれて」
「だって配達人さんに何かあったら、俺……」
「そうだね、新しいおもちゃとかなくなっちゃうし」
「そうじゃなくて、ううん、それもあるけど!」
胸のモヤモヤがうまく言葉にならない。俺は石壁をポコポコ叩いた。
配達人さんが来てくれるようになってもうだいぶ経った。俺の世界が広がったのは友達になってくれたらっだぁと、外の世界からやってくる配達人さんのおかげだ。
「らっだぁの言ってること、俺はなんとなくわかるけど、……話せる人、配達人さんしかいないから」
あいつ「らっ!」だけしか言わないけど、だいたい何言ってるのかわかるんだよな。でも言葉で会話してくれる人は配達人さんしかいない。それを言ったら配達人さんはきょとんとして、それから笑ってくれた。
「へへ、お話し相手になれて光栄だよ」
「俺だってコーエーなんだぞ!……あ、ちょっと待ってて!」
いいことを思いついた。俺は木箱から飛び降りるとランプ片手に階段を駆け上る。一応らっだぁのことも呼んでみたけど返事がない。あいつ配達人さんのこと苦手っぽくて来てると絶対出てこないんだよね。大きな青い動くまんまるを見たらびっくりさせちゃいそうだから、隠れてくれてるのかもしれない。
また一階の倉庫に戻って木箱の上に飛び乗る。俺は配達人さんにいい匂いのする袋を差し出した。
「はい!らっだぁと焼いたクッキー!いつもありがとな、これ食べて元気出してくれよな」
「ふ、はは、上手だね!ぐちつぼ君は天体観測好きなんだよね?月の形にしようと思ったの天才やん」
配達人さんが手に取ったのは満月、というか丸いクッキー。三日月とかもあるのによくそれで満月だってわかったなぁ。実は俺のことよくわかってるんだな。
配達人さんが口をモグモグさせているのを俺は見守った。俺が作ったものをらっだぁ以外が食べてくれるのは初めてで、少しむず痒くて、でもなんだか誇らしい。後でらっだぁに自慢しなきゃ。
「ちょっとスパイス入ってるのがいいね、美味しいよ」
「だろ?次はもっとたくさん焼くからな」
「え、いいの?大変じゃない?」
「大変じゃないぞ!次も美味しいって言わせるからな!」
俺は配達人さんに手を振った。また目標が一つ増えた。やりたいことを書いてるあの古い地図にはまだ空きがあったっけ?この鉄格子越しでしか触れ合えないけど、配達人さんにも俺の絵とか、あやとりのスゴ技とか見せてあげたいな。
またやりたいことが増えた。さっそく紙に描かないと!いそいそと足場の木箱から降りようとしたら、配達人さんが話しかけてきた。
「あのさ、ぐちつぼ君」
「なんだ?」
鉄格子の向こう、黒い木々を背後に立つ配達人さんはいつになく真剣な顔をしていた。空気の違いを感じて俺もなんとなく背筋が伸びる。
「ぐちつぼ君、……ここから出たい?」
空よりも深い青が俺を見ていた。何度パチパチ瞬きをしても、その青は俺から目を離さない。
急に世界が遠くなったようだった。風の音も、鳥の声も、すべてが突然遠くなる。何度も何度も瞬きをして、それでも配達人さんの言葉が頭に入ってこない。
今、なんて言ったんだ?
「……ここ、って?」
「ここだよ、この場所」
「この、塔、のこと?」
「そう。もし、ここから出られるとしたら?」
配達人さんは深く頷く。手をおいている石壁がぐにゃりと歪んだような気がした。
ここから、出る?出るってどういうこと?石の壁が、背後の暗闇が、なにか物を言うように俺の背中にのしかかってくる。
「出る、って……」
「外の世界に。ねぇ、ここから出たい?」
もう一度言われた。でも言葉はどうしても頭を滑って、思考がブツンと切れてしまう。
それでも俺は頑張って先を見ようとした。この鉄格子が急に全て外れる、そんな夢、夢を。
「俺は、ここから、出……」
冷たい石壁の塔から外に転がり落ちる夢。この暗い壁が引き裂かれて、俺は、外に────
「ッウ、あ……!!」
首に鈍い痛みを感じて俺は木箱から滑り落ちた。背中が石床に叩きつけられる。呼吸ができない。爪が首輪にガチガチ当たって、それでも首を掻きむしった。
痛い痛い、身体中が痛い。胸が詰まって床の上でのたうち回っても空気が吸えない。
暗い塔を裂くように光を落とす窓の向こう。俺を呼ぶ焦った大きな声が聞こえた。そこから突き出された手を見て心臓が破裂しそうに強く打った。
殻を裂いてたくさんの手が俺を掴んで、引き出されたのは目が眩むほど真っ白い光の中だった。その手が身体を押さえつけて、いつの間にか手足の感覚がなくなって、お腹がすごく痛くなって、そのうち真っ暗になって。
自分が自分じゃないみたい、なんにも感じなくなって。
ずっとあったかかったのに。外の光は冷たくて。
外に出ると怖いことが起きる。あのときも。
……あのとき、って、なんだ?
「らっ?!」
急に身体が抱き起こされた。青くて短い手。この世の何よりも柔らかい身体が俺を抱きしめていた。
「ら、だぁ……こわ、い、やだっ」
優しいぽよぽよに包まれて、目から生理的な涙がこぼれ落ちた。しゃくりあげる呼吸が発作のように収まらない。
頭の中の俺は宇宙の星みたいに、闇の中で一人ぼっちだった。そんなの知らない、覚えがない。
本当に知らない苦しみが俺を苛む。ずっと他人事みたいで、なのに身体が膨らんで内側から破裂するほどひどく痛い。知らないのになんでこんなに怖いんだろう。
「そと、やっ、こわい……ッ」
俺はらっだぁにすがりついてわんわん泣いた。そのうちに意識が遠くなる。涙と鼻水でベチョベチョになっても、らっだぁは俺を絶対に離さなかった。
ぎゅっとしてくれる身体が温かい。誰かが俺を二本の腕で抱き上げて歩いている。上下する感覚は階段を登っているんだろうか。それすら夢うつつのようで、泣き疲れて腫れた目はどうしても開かない。
「ごめんね、苦しかったよね」
浮き沈みする意識の中、いつか聞いたような声がした。腕の中でゆったり揺さぶられる感覚も、耳を押し当てると自分のじゃない鼓動が聞こえるのも、いつか、いつか。
信じられないほどの優しさが俺を抱えているような気がする。全体重を預けても絶対に支えてくれる安心感。
でもその手が離れていく。温かさが遠くなる。暗い宇宙に一人で投げ出されるみたいで、一瞬で身体が凍りつく。俺はおぼろげな意識で必死にもがいて手を掴もうとした。
「大丈夫、もう一人じゃないよ」
柔らかいものの上に降ろされて、たぶん毛布がかけられる。手が優しく頭を撫でて、それで俺の意識は眠りへと深く沈んでいった。
*
ぼんやり開いた目に夜空が映る。窓からは星がいっぱいに見えた。夜はもう寒く、鉄格子を越えて入り込む冷気が頬を撫でる。
とても恐ろしいことがあったような気がする。でも何が怖かったのかはよく思い出せない。漠然とした恐怖が胸の中に碇のように突き刺さっている。
「らぁ!?」
俺が起きたことに気づいたのか、らっだぁがマグカップを持って近づいてきた。シナモンの入ったホットミルクだった。力なくお礼を言って、身体を起こしてそれを一口飲んだ。少し熱めの、ほのかに甘い液体が胃に落ちる。何口か飲むうちにだんだん身体が温まってきて、頭にも血が巡り始める。
「ごめんな、びっくりしたよな。なにが、あったか……よく覚えてないけど、心配かけたよな」
「らーっ!」
らっだぁは首を振っている。俺の強がりなんてバレてるんだろうな。
こないだ見た夢を思い出した。あの夢は、すごくあったかいのに最後は怖くなって終わる。らっだぁが泣いてたからとっさに怖くないぞ!って言ったけど、あれも強がりだ。……本当は怖い。
「……外の世界、か」
配達人さんの言葉をゆっくり思い出す。ちゃんと考えたことのない言葉だったんだ。ここから出る、なんて。
出ることを考えるとまた苦しくて、身体が痛くなった。正体のわからない恐怖が俺の心を重く海底に繋ぎ止めている。その碇を切って、あてのない海原に出ること。たった一人で宇宙の闇の中に行くこと。この塔から、出ること。どれも少し考えるだけでまた息が荒くなる。
「あのな、出たいか?って聞かれたんだ。ここから、この塔から」
俺は状況のわかってないであろうらっだぁに説明する。
「ふふっ、はははっ、外……だってさ!外ってあれだろ?犬とかさ、猫がいて……大きな街があって、お店やさんがたくさんあってさ!」
言いながら胸がバクバクしてきた。本で見た世界の話。想像するたびに胸が高鳴る。
「俺知ってるんだぞ!それに海はすごく広くて、……あと、見上げたぜんぶが星空で」
胸が震えた。また目の奥がじんわり熱い。この切り取られた窓の星空が、本当は頭の上のそこら中にあるだなんて。それはきっと空に置ききれなかった星くずが音を立てて降り注ぐほどにきれいで。
そんなのが、見れる。外の世界なら見れる。
……でも、得体のしれない恐怖が首根っこを掴んでくる。知らない手に身体が押さえつけられるような、自分が自分じゃないみたいな痛みと苦しみがどうしても身体を掴む。
外に出るとろくなことがない。あの夢も、最後はとても怖かった。
俺はランプで照らされた部屋の中を見回した。配達人さんが持ってきてくれたもので殺風景だった部屋はとても賑やかだった。
最初にくれたすごろくの箱から二人で作ったオリジナルの盤面がはみ出している。近くの野原で摘んできたっていう花はドライフラワーにして、窓辺にまとめて吊るしてある。汽車や船のおもちゃが出しっぱなしだから片付けないとな。あの星座盤はとってもきれいだから台を作って壁に飾った。明日着る洋服は畳んで椅子の上に置いてあって、その横の床でまだ読めてない本が山になっている。
そして、二人の夢を書いた古い地図。クローゼットのドアに貼ったそれの真ん中で俺とらっだぁが手を繋いで笑っている。
ここにはこんなにあったかいものがたくさんある。ここはとっても居心地がよくて、だから外に出なくてもいいんじゃないか?
「……なぁ、らっだぁ。俺、外に出ないとだめか?」
ポツリと呟いた。らっだぁは何も言わなかった。俺は目線が定まらないまま言葉を続ける。
「だって外ってさ、寒いじゃん!そろそろ冬になるし。きっと大変だよ、なにがおきるかわからないし……出たら危ないよ、怖いものがいっぱいだよ」
「……らぁー」
「だろ?だって壁なんてなくて、本当にどこまでも行けちゃって、空だって広くて、鳥みたいに、そう、どこまでも……」
瞬間、俺の脳裏に配達人さんの顔がよぎった。俺を見つめていた青い目、あの天まで抜けるような空の青。その下にどこまでも続く草原、雪原、花畑。金色の小麦の海、紫のヒースの丘。
まだ見ぬ鮮やかな色彩、見たことのない世界へのあこがれが胸を揺らす。でもそれと同じくらい、正体のわからない恐怖が首を掴んで引っ張ってくる。
ここにいれば幸せだよ。朝起きたららっだぁがいて、一緒に遊んでご飯を食べて、一緒に寝る。たまに配達人さんが新しいおもちゃやお菓子をくれたりして。
……でも、本当は外の世界が見たい。この目で見たいものが山ほどある。だけど怖い。あったかい場所から引き出され、また一人になるのが……!
「らっ!」
ほっぺにあったかいものが触れた。らっだぁの青くてまんまるな顔がすぐ横にあった。
「らっだぁ……?」
堂々巡りの思考はらっだぁのキスで途切れた。頭が急にぽわっとして、ほっぺの熱のことしか考えられなくなった。この前つらそうなときにキスしたの覚えてたんだな。される側ってこんな気持ちなんだ。
それからぎゅって抱きしめられた。青い手が俺の頭を優しく何度も撫でる。心臓の鼓動が聞こえるほどの距離と、俺のすべてをすとんと預けられる安心感。
「…………あ」
ふとあの夢が頭をよぎった。途端に温かい記憶が溢れ出す。
俺は愛されてた。いつも俺を守ってくれて、俺のすべてを抱きしめてくれたあの、夢の────
「らっだぁ、俺……」
「らっ!」
らっだぁはいつものニコニコ顔をもっとニコニコさせて俺を見ていた。
急にすべてが納得できた。
外に出るのが怖いのは、一人になっちゃうから。
今はらっだぁがいる。俺には友達がいるんだ。
怖さはきっと消えないし、危ないこともいっぱいあるだろうけど、でも友達がいるんだ!
「……出たい、出たい!ここから出たいっ!!」
身体を押さえつけていた見えない腕を振り払って、手足をぶんぶん振り回して俺はらっだぁに向けて叫んだ。
はじめての感覚だった。怖いってわかってるのに自分から突っ込んでいくなんて。まだ胸はチリチリするし、身体だってズキズキする。
でも怖くない。もう怖くないんだ。俺にはらっだぁがいるんだ!!
俺はベッドから飛び降りた。いても立ってもいられない、なにかしないと胸がドキドキして寝てらんない!
俺が衝動を持て余していると、らっだぁが細長い箱を頭の上に抱えて持ってきた。配達人さんがナイショって言ってたやつだ。
「ら!」
「開けていいの?」
らっだぁがうなずくので丁寧に箱を開けると、丸められた大きな紙が入っていた。床に置いて二人で慎重に広げると────
「……地図?!」
「らぁ~!」
それは真新しい地図だった。外の世界の!
「ここ?この印がこの塔?」
「ら!」
「え、こんな近くに川があったの?こんなところに街があるの?!こっちにも?!」
「らぁ!」
大きな大きな地図を見ていると鳥にでもなったような気分だった。窓から見える山の向こうにも街があって、少しだけ見えてた湖は思ったより大きくて、このマークは果樹園かな?なんの果物があるんだろう。こっちはたぶん牧場だ。身体がムズムズして俺は両手でほっぺたを押さえた。熱い頬が冷たい指を温めてくれる。叫びだしそうな顔を押さえたまま地図を眺める。
道はミミズのように複雑にうねって街と街を繋いでいて、大きな山には名前が書いてある。その谷間から流れる川を追いかけていくと、やがて大きな川に合流して、そしてその終点が。
「これ、海……?!」
何も書いていない真っ白な、きっと地図の端を越えてずっと続く、果てのない海が。
「……海、あの山の向こうにあるんだ」
「らぁ!」
「行ける……!行けるぞらっだぁ!ここ出たら海行ける!!」
俺が飛び上がってぴょんぴょん跳ねたから、地図が丸まってらっだぁが焦って押さえている。それどころじゃなかった。方角的に海のある方は窓がなくて見えない。それでも俺の目にはどこまでも広がるあの青が見えていた。
俺が外に出るのを決意するって、らっだぁは信じてくれてたんだろう。この日が来るってわかってたから配達人さんに地図を頼んだんだな。
「ありがとな、らっだぁ。地図お願いしてくれて」
「らぁ~」
感極まって飛びついたらいつもみたいなゆるい声が返ってきた。俺はその体を思う存分ポヨポヨ抱きしめた。急に世界が広がって羽でも生えた気分だ。
俺は机からクレヨンをとってきた。新しい地図に行きたい場所とやりたいことを書いていく。
興奮して眠れなくて、その夜は床で毛布をかぶってらっだぁと二人で話しながら地図をずっと埋め続けた。
コメント
1件
あの世界にあるのかはわかりませんが、奇しくもクリスマスのプレゼント回になりましたね😌