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12 ◇石田唯の気持ち
最初は遊びのつもりだった。
カッコよくてちょいワル上司とのアバンチュール。
婚約も済ませ、直也との安定した関係に胡坐をかき、調子に乗っていたとも
いえる。
だが、唯は渡辺と身体を重ねるうちに気付くと心も持っていかれるように
なっていた。
そのことに気付いたのは、上司が、自分に恋人がいることを知り、そろそろ
付き合いを止めたほうがいいだろうと別れ話を持ち出してきたことからだった。
結婚を控えている自分こそが別れるタイミングを間違えないようにしないと
いけないというのに、自分は結婚するまで今の関係を続けたいと言ってしまった。
直也にも周囲にも用心してふたりの関係がバレないよう万全を期してはいるが、
万が一のバレた時のリスクはものすごく大きいだろう。
分かっているのに、あと少しこのまま付き合いたいと縋ってしまった自分は
上司の渡辺に身も心ももかなり持っていかれているのだと気付き、愕然とした。
唯は3か月後に挙式を控えていた。
大石と婚約してからすでに8か月。
渡辺が離婚して自分と結婚する意志がないのは最初から分かっていたことだし
お互い納得しての付き合いだったはず。
具体的に確認し合って付き合ったわけではないが、婚約者がいながら
既婚者と付き合うということは、そういうことになる。
ふたりの未来に『結婚』というものは存在しない。
だが、自分は大石という婚約者がいることを渡辺に隠して付き合ってきた。
相手に本気になってしまいそうだったから?
そんなことになれば、困るのは自分なのに。
恋人の存在をわざと話さなかったのは、彼がそんなややこしくなりそうな女とは
付き合わないのではないかという懸念があったせいかもしれない。
自分はそうまでしても、上司の渡辺と付き合いたかったのだ。
女性経験の豊富そうで危険な匂いのする彼に強く惹かれたのだ。
今の自分は彼から結婚後も会おうと誘われれば、喜んで受け入れてしまいそうだ。
『妻とは離婚するから待っていてほしい。
恋人とは別れてくれないか』
今、唯が一番欲しいのはそんなふうな言葉なのかもしれなかった。