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「おい! |晴葵《はるき》! 脱いだスーツの上着はハンガーにかけろ!」
「えぇ? 別にいいだろ? ソファーにかけとけば」
まったく、だらしないやつだ
晴葵がソファーで寝そべり、ワインを飲みながら、チーズと生ハムを食べている。
|葉山《はやま》|晴葵《はるき》は俺の母方の従弟だ。
同じ会社に入社したのは『|貴仁《たかひと》が楽しそうだから、俺も同じ会社にしようっと』という理由からだ。
――適当すぎるだろ。
もっと真剣に就職先を決めろよと言ったが、やりたい仕事がなかったらしい。
晴葵をコネ入社させたと勘違いされ、痛くもない腹を探られるのが嫌で、周囲には俺と晴葵は他人ということにしてある。
そのため、会社では上司と部下のスタンスで、他人行儀な態度でお互い接していた。
「おっと。受付の女の子からメッセージきたー」
晴葵はウキウキと返信している。
――さっきは経理課の女、今は受付って、こいつは会社の部署を一周する気か?
そう思ったが、いちいち晴葵を構っている場合ではない。
俺は忙しい。
画面に『暗殺が成功しました!』という文字が出る。
「よし、暗殺成功――」
当然だ。
何人、暗殺者を送り込んだと思っている。
これで敵国の邪魔な将軍はいなくなった。
統率が乱れ、崩れるのは必至!
俺がこの国を治めてやるよ。
命乞いをするなら、傀儡政権にしてやってもいいけどな――
「なに物騒なことつぶやいているんだよ。このゲームオタクが」
「黙れ、アニメオタク」
テレビから深夜に相応しくない明るい声のオープニングソングが聞こえてくる。
晴葵は日曜朝の子供が見るような魔法少女ものにハマっているらしい。
「魔法少女って、お前はいくつだよ」
「このアニメは違う! 大きいお友達も楽しめるアニメなんだって!」
俺が強面の武将たちと高度な戦闘を繰り広げている中で、明るいオープニング音楽が流れていた。
せっかくの『暗殺成功』の達成感が台無しである。
「自分の部屋に戻って、がっつりアニメを観てろ。俺の部屋で観るなよ」
「なんか貴仁の部屋って、くつろげるんだよな~」
晴葵は同じマンションの隣部屋に住んでいる。
晴葵は『布教』と言って、俺に『魔法少女☆ルン』とかいうアニメを始めとする多種多様なアニメを教えるが、今のところ、俺はハマってない。
悪いが、俺はオンラインゲームで忙しいのだ。
俺の視線は常にPC上にある。
「言っておくが、お前は相当のアニメオタクだぞ」
「俺のアニメ好きなんて、貴仁のゲームオタクよりマシだって。だいたいゲームオタクを理由に彼女にフラれたくせに、やめようと思わないのかよ?」
「これは俺のライフワークだ。そもそも、俺はフラれてない。価値観の相違で別れただけだ」
「価値観ねぇ~」
俺の部屋にゲーム機――それも一般的な家庭用ゲーム機が置いてあっただけで『オタクな人は嫌なの。こんなの置かないで』と言われた。
もちろん、俺は笑顔で答えた。
『わかった、別れよう』
俺はゲーム機を捨てずに彼女を捨てた。
ひどい男だと思うだろうか。
しかし、趣味への理解がないと一緒にはいられない。
俺にとってゲームは生きる糧。
空気中の酸素のように当たり前に存在するものなのだ。
それを失う?
否!
俺に死ねと言っているようなものじゃないか?
だから、俺は別れた。
付き合っていた彼女とは価値観が違っていたということに早く気づいて、むしろよかった。
深く付き合ってしまえば、お互い不幸になるだけだ。
「貴仁が女に不自由してないのはわかるけどさ。本当に好きな女だったら、そんな簡単に別れられねーからな?」
「そんなものか」
「……たぶん?」
そういう晴葵は去るもの追わず、来るもの拒まず(拒めよ)のスタイルで付き合ってきている。
俺に対して、偉そうに説教できる立場ではない。
『あなたのターンです』
PCから声がして、俺の|順番《ターン》がやってきたことに気づいた。
晴葵を無視して、PCを操作する。
「よし。暗殺が成功して相手が動揺している隙に侵攻を開始しよう」
兵士を進める。
今日は家庭用ゲーム機ではなく、PCで戦略ゲームをプレイしている。
世界征服をもくろむ大国(俺)と俺を阻む小国との戦い。
戦略と戦術を兼ね備えた君主、俺。
順調に世界を征服していく。
「降伏したか」
俺の手にかかれば服従させることなど楽勝――ではないな。
今日、俺に屈しなかった女がいる。
難攻不落の女、|新織《にいおり》|鈴子《すずこ》。
苦い敗北感が胸に広がった。
「てかさ~。今日はさすがに俺も驚いたな~。貴仁が食事に誘って断られるとこ初めて見た」
「ああ、そうだな……」
俺も驚いた。
それも、惜しげもなく断った後、俺の顔すら見ずに立ち去った。
「新織さん。彼氏いるのかもなー」
「いない」
「は? どうして、そんなキッパリと言い切れるんだよ?」
「まず、有給の取得日だ」
「人事部のデータを当たり前みたいにハッキングして抜くなよ……」
バカか。
ハッキングは紳士の嗜みだ。
「彼女はクリスマスやバレンタインの日に休んだことがない。趣味は一人旅でインスタにも投稿しているらしい」
スッと俺は彼女のインスタを晴葵に見せた。
「うっわ! すげぇ。高級旅館の一番高いグレードの部屋に一人で泊ってる!」
一人分の食事しか旅館のテーブルの上に並んでない。
正々堂々のお一人様だ。
なんという気ままな女。
コメント欄には――
『鈴子さん、寂しくないですか? 誘ってくれたら、一緒に行ったのに』
『一人もいいですね』
『勇気ありますね』
などと、友人たちからコメントが書かれていた。
俺もさりげなく、ネットでよく使うユーザーネームのイチ&タカの名前で『大人の女性らしくて素敵ですね』とコメントを残しておいた。
彼女からのイイネ!はなかった……
「俺は重要なことを忘れていた。俺の敗因は攻略データの不足だ」
「どうせ、自分の外見だけでいけると思ってたんだろ?」
「そこまで自信家じゃない」
「またまたご謙遜を」
にやにやと晴葵は笑う
「住んでいる場所は高級マンションで、働いてる会社は一流企業。親は会社経営。ジムで鍛えた体、国立大卒業の頭脳をお持ちじゃないですかー」
晴葵が茶化してきた。
俺が住んでいるマンションはコンシェルジュ付きのマンションだ。
生前分与だとかで、母方の祖父が俺たちにそれぞれ買い与えたものだ。
隣には高級ホテルがあり、そこのレストランやジムを安く使用できる。
会社にも近い。
「時間を無駄にせず、便利だからここに住んでいるだけだ」
食事は隣のホテルで済ませることができ、ジムも気軽に通える。
ハウスクリーニングやチケットの手配はコンシェルジュを使う。
買い物はネットで。
最低限の行動で目的を果たせる。
移動時間をカットした分はゲームの時間にすべて費やす。
効率だけを重視した俺の完璧な生活。
「貴仁は女どころか、人と付き合うのがめんどくさいって思っているだろ?」
晴葵に言い当てられたような気がして、マウスの操作が一瞬だけ鈍る。
「貴仁に必要なのは攻略データじゃなくて、人の気持ち理解することだ」
晴葵はいいことを言った。
「お前……。たまには役に立つな」
「へ? 役に立つ? 『これからもっと人と関わるようにするよ』だろ!?」
「相手から好意を持たれなければ、攻略もクソもない! よって、俺がやるゲームは戦略ゲームではなく、乙女ゲームをプレイするべきだということに気づいた」
「どうしてそうなるんだよ!」
俺はプレイ中の戦略ゲームをセーブすると画面を閉じた。
ネットショッピングサイトmamazonの乙女ゲームの購入画面を開く。
「mamazonのレビューではこれが一番か」
『ときめく乙女のエンゲージラブ』略して『ときラブ』――第二弾も出ているようだが、第一弾にベストセラーの印がついている。
とりあえず、レビューを参考にしてみよう。
【月子 私はこれで人生が変わりました】
『おおげさだと思うかもしれませんが、暗くて人と話せなかった私が、ときラブというゲームを知り、多くのものを得ることができました。友人、夫、そして世界への愛。ときラブは永遠です。私の光です! みなさんにもぜひ、このゲームをプレイしてもらいたい! 世界的名作になる可能性を秘めたゲームです。これからプレイしてみようと思われた方は続編とセット売りしている廉価版を購入するとお得ですよ』
【詩理 ときラブの結婚式を再現しました♡】
『ゲームを今までやらなかった私ですが、このゲームを友人から勧めれて始めました。とても楽しく夢中になってしまいました。ときラブのモデルとなった教会で、結婚式を挙げることができて大満足です』
な、なんだ、このレビュー。
宗教かなにかか?
俺も購入レビューを書くが、ここまで熱のこもったレビューは今まで書いたことがない。
「これはよっぽど面白いゲームなのかもしれないな」
購入ボタンを押した。
携帯ゲーム機のソフトで配達待ち。
残念だが今日は休もう。
明日の戦いに備えて。
「買ったのか!?」
「もちろん」
俺は不敵に笑った。
これで対策はバッチリだ。
新織鈴子、覚悟しろ。
次こそ一緒に食事に行ってもらうからな――!