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「十五年前は、私が最初だったの」
榊原美佐子はそう言った。
テーブルの上には、濡れてもいないのに水滴を落とし続ける死亡通知。
二人目 榊原美佐子。
死亡まで、あと四日。
私はその文字と榊原の顔を交互に見た。
「最初だったって、何がですか」
榊原は答えなかった。
真壁刑事が低い声で言う。
「死亡通知ですか」
榊原の肩が震えた。
「……はい」
「十五年前にも、あなたに届いた?」
小さく頷く。
「いつですか」
「六月二十日」
私は母の手帳を開いた。
六月十八日。
高瀬に殺される。
六月二十日。
失敗した。
六月二十一日。
あの人が死んだ。
日付が一致する。
「その死亡通知には、何が書かれていたんですか」
榊原は両手を握り合わせた。
「私の名前と……三日後の日付」
「死因は?」
「溺死」
私は思わず二枚目を見る。
今回も溺死。
「でも、あなたは死ななかった」
「そう」
「代わりに相原奈緒さんが死んだ?」
榊原の顔が強張った。
真壁が私を見る。
「待ってください」
私は手帳をめくった。
おかしい。
母が高瀬の会社で働いていたのは十五年前。
それは分かる。
でも。
「榊原さん」
「何?」
「母が会社を辞めたのはいつですか」
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桜咲かな
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榊原は少し考えた。
「その年の五月末」
私は手を止めた。
「五月?」
「ええ」
「奈緒さんが死んだのは?」
「六月二十一日」
一か月近くあと。
私は古い記事をスマートフォンで確認した。
母、水城千佳。
高瀬の会社を退職。
五月三十一日付。
間違いない。
私は榊原を見る。
「母は、奈緒さんが死ぬ前に会社を辞めてる」
「そうよ」
「じゃあ、どうして母は奈緒さんの死にここまで関わってるんですか」
榊原は黙った。
「会社の同僚だから?」
「それだけじゃない」
「じゃあ何ですか」
答えない。
私は母の手帳をめくる。
退職前の五月。
五月十日。
美佐子に相談。
五月十二日。
高瀬は知らないと言った。嘘。
五月十五日。
雅彦を問い詰める。
五月十七日。
奈緒さんと話す。
五月十九日。
あの子のことを知っていた。
私は指を止めた。
「あの子?」
真壁が覗き込む。
「誰のことです」
「分かりません」
次のページ。
五月二十二日。
辞めるしかない。
五月二十四日。
会社にいたら、澪まで巻き込まれる。
自分の名前を見て、息が止まった。
「私……?」
十五年前。
私は十四歳だった。
母は、私を巻き込まないために会社を辞めた?
五月三十日。
明日で終わり。
五月三十一日。
退職。
その下に、赤い線。
そして一言。
でも、これで終わりにはならない。
私は榊原を見る。
「母は何から逃げたんですか」
「……」
「私まで巻き込まれるって書いてある」
榊原の目が母の手帳に落ちた。
「そんなことまで残してたのね」
「知ってたんですね」
榊原は目を逸らした。
「十五年前、母は会社を辞めた。でもそのあとも、あなたたち七人と会っていた」
「……そう」
「何のために?」
「奈緒さんのことで」
「奈緒さんは、その時まだ生きていた」
「生きてた」
「なら、母は奈緒さんの死を予想してた?」
榊原の唇が震える。
「違う」
「じゃあどうして死亡通知が出たんです」
「それは――」
真壁が割って入った。
「一つ確認させてください」
榊原を見る。
「相原奈緒さんの死亡記録について、警察側で調べました」
榊原の顔色が変わった。
「……何を」
「十五年前、奈緒さんは車ごと川へ転落して死亡」
「そうです」
「事故扱い」
「はい」
「ただし」
真壁はスマートフォンを取り出した。
「事故の二日前、彼女は警察に相談しています」
私は真壁を見る。
「相談?」
「誰かに尾行されている、と」
榊原が俯いた。
「知ってましたか」
「……知りません」
真壁の目が鋭くなる。
「本当に?」
「知りません」
「ではこれは?」
画面を榊原へ向ける。
何かの記録らしい。
「相談記録に、相原奈緒さんが名前を挙げています」
「誰を?」
私が訊く。
真壁は答えた。
「水城千佳」
母だった。
「母が……奈緒さんを尾行していた?」
「奈緒さんはそう訴えています」
頭の中が混乱する。
母は奈緒を守ろうとしていた?
殺そうとしていた?
奈緒は父の不倫相手。
そして母の元同僚。
榊原が小さく言った。
「千佳は尾行してたんじゃない」
「じゃあ何を?」
「見張ってたの」
「同じじゃないですか」
「違う!」
榊原が突然声を荒らげた。
「奈緒さんを守ってたの!」
部屋が静まった。
「誰から?」
榊原の唇が震える。
「それを言ったら……」
「また誰か死ぬんですか」
私は死亡通知を指した。
「もう死んでるんですよ。高瀬さんは」
榊原の目に涙が浮かんだ。
「千佳は会社を辞めたんじゃない」
「え?」
「辞めさせられたの」
私は息を止めた。
「誰に?」
「高瀬さん」
「どうして」
「千佳が気づいたから」
「何に?」
榊原は私を見る。
「会社のお金が消えてた」
真壁が身を乗り出した。
「横領ですか」
「違う」
「では?」
「社員の給料でも、会社の利益でもない」
榊原は震える声で続けた。
「存在しない人間に、毎月金が払われていたの」
意味が分からない。
「存在しない人?」
「社員名簿にはいない」
「誰なんですか」
「名前もない」
私は母の手帳を思い出す。
あの子のことを知っていた。
「子ども?」
榊原の目が私を見る。
答えだった。
「誰の子ですか」
沈黙。
「奈緒さん?」
榊原は首を振った。
「母の?」
また首を振る。
「じゃあ誰の」
榊原が私を見つめた。
その視線が、妙に怖かった。
「澪ちゃん」
「はい」
「あなた、自分の出生届を見たことある?」
私は眉を寄せた。
「仕事で戸籍は扱ってますけど、自分のは――」
「一度、ちゃんと見た方がいい」
「どういう意味ですか」
「千佳が会社を辞めさせられた理由と、あなたが生まれた理由は同じだから」
心臓が強く打った。
「私が生まれた理由?」
その瞬間。
真壁のスマートフォンが鳴った。
画面を見る。
表情が変わる。
「どうしました」
「市役所からです」
真壁が電話に出る。
短いやり取り。
そして私を見る。
「水城さん」
嫌な予感がした。
「何ですか」
「あなたの戸籍について確認が入った」
「私の?」
真壁はゆっくり言った。
「あなたの出生届が見つからないそうです」
「……え?」
耳がおかしくなったのかと思った。
「そんなはずないです」
「戸籍はあります」
「なら出生届も」
「保存記録にない」
私は立ち上がった。
「それはあり得ません」
榊原が目を閉じた。
まるで、その瞬間が来ることを知っていたみたいに。
私は榊原を見る。
「何を知ってるんですか」
「澪ちゃん」
「答えてください」
榊原は静かに言った。
「千佳が会社を辞めた五月三十一日」
私は息を止める。
「その日、会社から一つだけ持ち出したものがあるの」
「何を?」
「出生届」
「誰の?」
榊原は私から目を逸らさなかった。
「あなたのよ」
コメント
1件
榊原さんの「あなたの出生届が見つからない」って、あの流れで来るとは思わなかった…! 母の手帳の「あの子」が澪ってこと? 存在しない人間への給与支払いと出生届がないこと、繋がる線が怖すぎる。次回が待ちきれないわ🔥