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テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで
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「ご乗車ありがとうございます」

巨躯のタクシーの運転手が、暗殺者を丁重に迎えた。

 

「東京まで……」

 

「東京? あ、あの、あの東京ですか?」

 

「あ、いえ……。東京まで行けるバスに乗ってみようと思いまして」

 

「ああ、京都駅の八条口バス乗り場ですね。わかりました」

 

今回の旅行を通じて、暗殺者は多くのことを学んだ。

 

その中心こそが「平凡」。

これからすべての勇信が人目につかず生きていくには、平凡である必要があった。そして平凡であるためにはどうすればいいのか多くを学んだ。

今後キャプテンに代わって全員の舵を取るには、「学び」はとても重要だった。

 

「一度くらいはバスに乗ってみるべきか」

 

短かった休息も、終わりへと近づいていた。

すでに十分な覚悟は備わった。

しそね町に戻れば、言葉では表せないほどの残忍な時間になるだろう。

ここで見た美しい自然とは違い、血と臓物の匂いがする凄惨な光景が待っているはずだ。

 

「ここで大丈夫です」

 

タクシーを降りて駅には入らずに、駅前にある商店街に立ち寄った。

「平凡」をより身近なものにするためだった。

 

「お兄さん、ちょっと寄ってかん?」

商店街に入ると、多くの商人たちが声をかけてきた。

 

これまでキャプテンとして人を避けてきたため、他人との接触はやはり緊張してしまう。それでも徐々に人間にも慣れつつあった。

 

昨日のあの女性……。

 

彼女がいたからこそ、俺は平凡な人間として商店街を歩いている。

 

脳裏には、あの女のあえぎ声と柔らかな胸が浮かんでいた。しかし商店街を覆う食べ物の匂いが鼻を突き、女性バーテンダーの妖艶な裸体は頭から離れてしまった。

ブラックルシアンではなく、スズメの串焼きが暗殺者を呼んでいた。

 

「さあさあ、お兄さん。一度食べてみてや。めちゃくちゃおいしいで」

 

テレビで見たことのある典型的な商店街の姿だった。

ちょうど空腹を自覚していたため何か食べようとしたが、財閥息子にとって商店街に積まれた食材は、衛生面での不安を抱えさせるに十分だった。

 

……ダメだ、まだ無理だ。

 

これまで育った環境が、勇信の足を縛った。

平凡を身に着けようとするが、どうしても食べ歩きという未知の世界を楽しむには至っていない。

 

暗殺者は炙りタコを見つめたまま悩み続けた。

そして結局商店街を去った。

 

商店街の匂いが消えると、突然暗殺者は奇妙な感覚にとらわれた。

 

「なんだ……? さっきのあの店の近くで」

 

市民でにぎわう商店街の中。

偶然前を通り過ぎたひとりの人間。

 

「あれは、まさか!」

 

暗殺者はすばやく体を反転させ、再び商店街へと入っていった。

 

「いや、そんなはずが!」

 

記憶をひとつずつ頼りながら、さきほど通ったルートを逆走していく。

 

食べ物の匂いと、人々の熱気。

その中にあった何か……。

絶対に逃してはならない重要な場面があったはず!

 

暗殺者は路面店が並ぶ中央通りに立ち止まり、エビを焼く店員に声をかけた。

 

「すいません。さっきこのあたりに男がいませんでしたか? 身長180ほどで、優しそうな目をした男を」

 

「いえ、見かけんかったなぁ。それやったらうちのエビ串美味しいから、食べながら待ったらいいんと違う?」

 

「ああ、すいません。失礼します」

 

暗殺者は店から逃げ、商店街を手当たり次第探してみた。

記憶の片隅に残る、ひとりの男の姿。

 

「そんなはずがない。だが幻想なはずはない」

 

自らの記憶を疑いながらも、記憶を完全には否定できなかった。

 

スズメの串焼きを越え、抹茶のわらび餅を通り、暗殺者はひたすら商店街を走り回った。

 

「見つけた。あの男!」

 

サングラスをかけた男が商店街の出口へと歩いている。

白いTシャツとジーンズ。

ごく普通の身なりの男だった。

 

男のうしろ姿が見えると、暗殺者は足を止めてゆっくりとついていく。

男は慣れた様子で、完全に商店街の風景に溶け込んでいる。

 

すぐに声をかけてみたかった。

ただなぜ男がここにいて、何をしているのかをまずは確認する必要があった。

 

商店街を出た男は果物屋をしばらく見物し、隣にある小さなスーパーに入っていった。

暗殺者はスーパーから10メートルほどの距離の電柱に隠れて、男が出てくるのを待った。

 

男がコーラを1本もって外に出てきた。

 

正面に男が見えたことで、暗殺者の鼓動が一気に躍動する。

サングラスをかけているため顔全体は見えなかったが、彼に違いなかった。

 

暗殺者はもう黙っていられず、男に近づいていく。

 

暗殺者の存在に気付いた男は、その瞬間大きく口を開け、突如方向を変えて逃亡をはじめた。

 

「おい、待て!」

 

暗殺者はすぐに男を追った。

多くの店が立ち並ぶ駅前を離れ、徐々に住宅街へと入っていく。

 

逃げる男の後ろ姿や、走り方までもが記憶と一致した。

何よりも目を合わせた瞬間に逃げ出すこと自体が、自分を知っているという証拠になる。

 

「逃げるな! 待つんだ!」

 

いくら暗殺者が叫んでも、男は足をとめなかった。

男は徐々に狭い路地へと入り、暗殺者もその後を追った。

 

「くそっ!」

 

路地の先は行き止まりになっていた。

 

男が立ちはだかる壁を見つめ、静かに立っている。

暗殺者は荒い息を整えながら、男へと近づいていく。

 

男は肩で息をしたまま身を翻し、暗殺者の方へと振り返った。

 

「どうしてこんなところにいるんだ……」

 

暗殺者の質問に、男は反応しなかった。

 

「もう一度言う。どうしてこんなところにいるのか聞いてるんだ……勇太兄さん!」

俺は一億人 ~増え続ける財閥息子~

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