変な人だ。
俺が最初に彼女に抱いた印象はそれだった。
今思えば、失礼極まりないし、彼女が俺の主となった今でもそれでも変な人だと言うことは依然として変わらない。彼女は俺が平民出身の騎士であっても他の人と違って差別しなかった。それが、俺には変に思えた。
差別を受け入れる覚悟はあったはずなのに、それでも平民上がりだの魔法が使えないだの罵倒されて……耐えられると思っていた自分の心が崩れそうだった。足下から崩れそうだった。
そんなときに現われたのがエトワール様だった。
「ちょっと、ちょっと待ってよ! 待ちなさいよ! グランツッ!」
出会いは衝撃的だった。
確かにヤケになって木剣を振っていてそれが運悪く飛んでいってしまった先に、彼女はいた。
天使のような美しい銀髪と、夕日が沈むような鮮やかなオレンジの瞳を持った少女。服装は純白のドレスで、まるでウェディングドレスでも着ているのかと思った。身なりからして、貴族のご令嬢だろうと、それまで貴族に対しての怒りが蓄積された結果、黙ってその場を去ろうとした。
どうせ、何も言えないだろうと。
すると彼女は、俺の名前を呼んで引き止めたのだ。
正直驚いたというより、怖かった。何故俺の名前を知っているのか。
それが如何しても気になってしまい足を止めた。
だって、貴族で俺は平民で。俺の名前なんて知らないはずなのに。傲慢な貴族であれば、従者のその他人間の名前なんて全員把握していないだろうに。それに、彼女と俺は初対面の筈だった。
そうして、俺はふと顔を上げて彼女を見れば、何故か彼女は顔を青くしていた。
呼び止めたのは彼女で、名前を呼んだのは彼女なのに。
ああ、可笑しい人だと思った。
「いや、あ……あの」
「何で俺の名前」
そう俺が尋ねれば、さらに彼女はあたふたとし始め、口を開閉するばかりで答えてはくれなかった。
俺が、貴族のご令嬢と言えばまた目を丸くして違うというように俺をじっと見つめてくるのだ。
何か変なことでも言っただろうかと、思いそのままじっと見ていると今度は彼女は吐息でも吐くかのように、「格好いい」と呟いたのだ。
そして、それを大声で訂正して、それから貴族のご令嬢でもないと否定を始めた。結局何処へ向かっているのか分からないまま話が一方に進まないでいると、彼女は俺の手を掴むと少し引きつったような顔で、俺の手に出来たまめを見た。
こんなの見て、汚いとか言わないところを見ると矢っ張り貴族とかではないんだろうなと……俺は遠くを見ながら思った。
だが、こんな傷見られたところで俺がそれまで頑張ってきたことを一言で偉いねとか頑張ったねとか言われるのも嫌だ。それで、少し八つ当たりするように言ってしまった。
「大丈夫です」
「何が!?」
「騎士は皆このようなものですから。慣れています」
「いやいや! 慣れててもこれは酷すぎるでしょ!? 見てるこっちが痛い」
「見なければいいじゃないですか。貴方たちは、守られる立場なのだから」
そういえば、彼女はムッとした表情になり、その顔が少し可愛く思えてしまった。
そんな彼女の顔を眺めていると彼女は俺の手をギュッと握り、祈るように力を込める。
「何をするんですか?」
「治すの。私こう見えても、聖女だから」
「せい……じょ?」
彼女は自分の事を聖女と言った。
だが、聖女とは太陽の光をうつしたような金髪に純白の瞳の女性の筈。目の前の女性は銀髪で夕焼けの瞳。聖女なわけないと俺は思うのだが、彼女は自信満々に聖女だと言う。
まあ、仮に聖女だったとしたら俺の名前ぐらい当てられるか……俺の疑問が解決されないまま、彼女は俺の手を両手で包むと目を瞑ると俺の手は優しい光に包まれ瞬く間にまめが潰れ、血だらけになっていた手は傷1つなく元通りになっていた。
「2……ッ!?」
「いきなり声をあげて、どうかしたのですか? 具合でも……」
「うううん、ううん。何でもないの、初めて回復魔法使って疲れちゃって」
「……ありがとうございます。それで、先ほど聖女と聞こえたのですが」
「お礼なんて良いの、良いの……って、んん!?」
帝国の魔道士達でもこんな短い時間で傷を治すことは出来ない。回復魔法は高度な魔法であるから。
だから、目の前の少女は途轍もない魔力を持っていると言うことになる。それこそ、聖女に匹敵するような……
それでも、彼女は自分が聖女という割には魔法のことを理解していないようだし、あまりにも人間くさすぎた。その人間くささに俺は少しだけ興味が引かれた。
「それで、貴方は本当に聖女なのですか……?」
「……え、まあ。うん、昨日召喚されたばかりの聖女ですが……何か文句あるの?」
「いいえ、文句はありません。ただ回復魔法の発動の仕方もわからなかったのかと不思議で」
「失礼な! そりゃ、誰にだって分からないこと……一つや二つぐらいあるでしょ」
「聖女様なのに?」
「私も一人の人間よ」
ない胸をはっていう彼女は、やはり可笑しい人だと思う。
女性に可笑しい人というのは失礼極まりないため、撤回するべきなのだが、目の前にいる聖女?様は、やはり聖女と言うにはほど遠い、彼女の言葉を借りるなら一人の人間だった。
聖女のような神々しさはないし、慈愛に満ちている……という感じでもない。
けれど、魔力は本物で、それを羨ましいとさえ俺は思う。俺には魔法を斬るという魔法しか使えないのだから。実際、魔法攻撃を向けられなければ無意味である。そんな魔法……
「ど、どうかした?」
「……聖女様にお会いできてよかったです」
俺は、お礼を一言云い、素振りをするために彼女に背を向ける。すると、彼女は俺を呼び止めて心配の二文字を顔に浮べ俺を見上げてきた。
「待って」
「まだ何か?」
「訓練場はあっちだから……なんで、そっちに行くのかなあって……」
「……」
ああ、そうか、彼女は知らないんだ。
俺がどんな待遇で、どんな仕打ちを受けているのか。平民の騎士であることを。
「ご、ごめんなさい。その、えっと……」
「構いません。平民出身の身ですから」
そう、俺が答えると彼女は全て悟ったように、それでも、それが許せないことだというように叫んだ。
そんな声を出せるのかと、もじもじして何も言えない人だと思っていたけど、どうやら其れは違ったようで。
「まだ何か?」
「血が滲むほど努力してるって凄いことだと思う……から」
「……騎士は皆そうですよ。忠誠を誓った主を守る為に必死に」
「違う、そうじゃなくて……! 人一倍努力してるって事! その、正式に稽古に参加できなくても今みたいに手にまめが出来るぐらい必死で剣を振って。認められるか分からないのに、頑張れるって凄いことだと思う」
「……」
「私には出来ない。私は、認められないなら……もう良いかなって、諦めちゃったから」
彼女はそういうと、俯いてしまった。
まるで、自分にも俺と同じ過去があったかのように。けれど、彼女の言葉を聞く限り、彼女はその何かを諦めてしまったようだった。
だから、応援したいとでも言うように彼女は俺を見ると無理に笑顔を作っていた。
その言葉と、彼女のほんの小さな勇気、強さに俺は心が動いた。
それまで、平民を馬鹿にし、認めない貴族への怒りと家族を殺した闇魔法の者達への殺意しかなかった善の心が空っぽになってしまった俺に再び、温かいものを注いでくれた彼女に。俺は目を見開いて、ぼやけていた、白んでいた視界が一気にクリアになった気がしたのだ。
「……初めて言われました。そうですね……、俺は人一倍努力しないとここに居続けることは出来ないでしょう。幼い頃から剣術を習っていたわけでもないですし、他の人の何倍も努力しないといけない。例え認められなくても……けど」
彼女は、努力は報われるべきだという。
「聖女様が認めてくれたので、自信になりました。精進します」
彼女に出会えたのは、本当に運命だったと思う。
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