「あ、あの……それで、なんですけど」
「……はい」
「わ、私に剣術を教えて欲しいんです!」
「剣術ですか……?」
「え、あ…ダメでしたか……!?」
それだけで良かったのに、またも彼女は可笑しなことを言うのだ。聖女だというのに剣術が習いたいと。
魔法に特化した聖女が剣術を学ぶなど普通はあり得ない事だ。世界の何処を探しても、いつの時代を探しても、そんな聖女はきっと目の前にいる彼女しかいない。
本気で言っているのか、そうではないのか。俺には見当もつかなかったし、教えられるほどひまではないと。努力が報われるべきだというなら、努力をする時間が欲しいと。
だから、俺は訓練場の方をちらりと見た。
(俺より、凄い騎士は沢山いる……俺じゃなくても……)
「俺ではなく、騎士団長とかに頼んだ方が良いと思います」
「違う、違う! 私はアンタに教えて貰いたいっていってるの!」
と、彼女は少し頬を膨らませながら言った。
その必死さに折れて、俺は彼女に剣術を教える事になる。どうせ、三日坊主だろうと、失礼極まりないことをやはり心の何処かでは思っているわけで。
まだ、彼女を信じ切れていないというか、掴みきれていないというか。
それでも、必死に言うものだから俺は少し意地悪に口を尖らせる。
「……厳しいですよ」
「はい、学びたいです!」
「それこそ、さっきの俺みたいなボロボロの手になるかも知れない」
「それでもです! お願いします!」
そしたら、彼女が頭を下げるものだから、これ以上は意地悪も何もしていられないと俺はため息をつく。
ダメだ、矢っ張り分からない。
「分かりましたよ。泣きごと言わないでくださいね。ただ俺も暇じゃないので、曜日を決めて練習しましょう。それで良いですか?」
「えっ、あ、はい! お願いします! 先生ッ!」
「……先生はやめて下さい。それに、俺はいずれ……順調にいけば貴方を守る近衛騎士になるのです。聖女様」
「え……あ……そっか。じゃ、じゃあ、私の事も聖女様ってよぶのやめて!」
「では、何とお呼びすれば?」
「普通に、エトワールで……」
これだけ失礼なことを思っていても、いずれ、本当に順調にいけば目の前にいる聖女……彼女の護衛騎士になれるのだ。エトワール様は、エトワールでいい。といったが、そんな易々と名前を呼べるはずもない。
俺と彼女では地位が違う。
俺が首を横に振ると、また彼女は悲しそうな顔をする。
「……それでは、これからはエトワール様とお呼びしますね」
「よろしくね。グランツ」
そう、俺の名前を呼んで笑う彼女は今まで見た誰よりも美しくて、愛らしかった。
それからも、エトワール様は俺に頻繁に会いに来てくれて。勿論それが剣術を学ぶという口実があっての事だと分かっていたが、俺はそれでも良かった。
エトワール様が俺に会いに来てくれるたび、俺はほんの少しだけ優しくなれるような気がした。
表情が動かないと誰かに言われたことがあったが、とっくに凍りついてしまっていた心が動かないんじゃ上手く笑えるはずもなかった。だけど、エトワール様といるときだけは頬が緩む気がした。それはきっと、気のせいではないと思う。
ああ、もっとこの人の側にいたい。この人の笑顔を側で見たい。
そんな、彼女と出会う前の俺では考えられないことを思うようになっていた。彼女に何かしらの感情を抱くようになっていた。
そうして、ある日のこと。
いつも通り貴族の騎士にいちゃもん付けられ、軽く長そうとしたときにエトワール様は叫んだのだ。
「いい加減にして!」
俺は、初め何を言っているのか分からなかった。確かに、エトワール様は聖女であることには間違いないが、まだ周りの騎士達が彼女を聖女と認知していないだろう。彼女の髪色と目の色が伝説上の聖女と違ったから。
俺を平民上がりの騎士だと罵倒するだけに留まらず、俺の主……俺の大切な人まで差別し罵倒するのかと。
俺の方が手が出そうだったというのに。
「さっきから何なの!? 私が、聖女にみえないっていうのは分かった。もう、嫌と言うほどその目も言葉も投げられた。でも、グランツは関係無いじゃない! 平民だから何よ! 毎日一人で特訓して、まめが潰れるほど剣を振って……!」
俺が大丈夫ですと言っても、彼女の怒りは収まらなかったようで、彼女は泣きそうになりながら叫んでいた。
俺の為に。
俺の為に、俺の為に、俺だけのために。
「アンタたちよりもグランツはよっぽど努力しているわよ! こんな私に優しくしてくれて、誓ってくれた! グランツは、私の護衛騎士になる男なのッ! 馬鹿にしないでッ!」
そう俺の為だけに叫ぶエトワール様を見ていて、何か熱いものがこみ上げてきた。
気づけば、俺の為に叫ぶエトワール様から目が離せず、勝手に進んでいった決闘の事なんて頭の片隅に押し寄せられていた。どうせ、貴族のことだから決闘と言いつつ魔法を使うのではないかとか、負けたら俺にまた何か言ってくるのではないかと容易に想像がついたが、決闘が決まった後、エトワール様はごめんね。と俺に謝ってきた。
何を謝る必要があったのか。
それでも、俺は素直になれなかったのか、感情を表に出すことが出来なかったのかで、エトワール様に冷たい態度を取ってしまった。
本当は嬉しかったのに。
あれだけ、叫ばれて、俺だけのために叫ぶ彼女を、愛おしいと思わないわけがない。
(ああ、これが、恋なのか……)
そんな馬鹿げた感想しか浮かばなかったが、これが俗に言う愛とか恋とか言う奴なのかと。
覚めきっていた俺の心にもそんな物が残っていたのかと。いいや、この感情はエトワール様のためだけにあった物ではないかと錯覚するぐらいに。
それから、決闘はスムーズに進み俺の読み通りに貴族は魔法を使ってきた。だが、俺の魔法を斬る魔法の前では無力で、首を跳ねようとした瞬間プハロス団長の声がかかり俺と貴族の騎士の決闘は幕を下ろした。
そうして、その後エトワール様は俺に勝利の証だとアザレアの花をプレゼントしてくれた。
「本当に、この花を俺にくれるんですか?」
「え、うん……って、さっきからいってるじゃん。まあ、しおれちゃったけど……でもでも、本当に護衛騎士になったときにはもっと良いものを!」
白いアザレアの花はかなりの時間握っていたのか生気なくしおれていたが、その花を俺にと渡してくれたエトワール様の顔が可愛くてどうでも良くなった。
きっと、エトワール様はこの花の華言葉を知らないんだろうなと思いつつ、俺は素直に受け取った。
エトワール様からの初めてのプレゼントだったから。
それからも、魔剣だったりなんだったりとエトワール様から愛以外にもものだったり言葉だったりと貰ってきたが、貰うたびにもっとと欲深くなってしまった。
だから、少しの間会えないだけで寂しさを感じ孤独を感じ感情がぐちゃぐちゃになりそうだった。
まだまだ、鍛錬が足りないのかと、精神統一が足りないのかと剣を振るったが、そのたびエトワール様の顔をがちらついてどうも集中できなかった。
一瞬でも良いから彼女の顔が見たかった。
そうして、頑張ったねといって欲しかった。
護衛としてついていけなかった、ダズリング伯爵家での事件のことを聞いて血の気が引くのを感じた。俺がいれば、エトワール様は怪我を負うことなかったのだろうか。あの闇魔法の家紋、アルベド・レイの暗殺者に狙われたときだって、俺がいたらエトワール様は……自分の中でどす黒い感情が渦巻き始めているのに気がついた。でも、その時にはその感情が黒くなりすぎていて、俺はエトワール様から身を引かなければとも考えた。
でも、出来なかった。
エトワール様の顔を見るたび、欲しいと言う欲ばかりが増して……俺は弱い人間だったのかも知れない。
だから、こんな絶好のチャンスを自分の手で捨ててしまうんだ。
「俺は、エトワール様のことが――――」
「……グランツ?」
「……俺は、エトワール様に永遠の忠誠を誓います。貴方の剣になり、盾となります。俺の命はエトワール様のものです」
好きと言えずに、忠誠の言葉で愛を覆い隠そうとしてしまうんだ。
(俺はエトワール様に、愛を伝えられないまま、この感情を抱き続けて彼女の隣にいることが出来るのだろうか……)
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