テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「結婚おめでとう!」
「ありがとうございます!」
数多の祝福を浴び、純白のドレスに身を包んだ花嫁が幸せそうに微笑んでいる。 その横で、本日の主役である部下の萩原聖哉(はぎわら せいや)が、顔を赤くして照れくさそうに笑っていた。
小さな教会で行われた式は慎ましやかで、厳かな雰囲気の中、誓いの言葉が交わされ、指輪が交換された。 部下の式に出席し、門出を見届けるのはこれで何度目だろうか。
結婚願望など露ほども持ち合わせていないが、感極まって涙を浮かべる両家の両親を見ていると、自分の親に対して申し訳ないような、そんな複雑な感情が胸をかすめる。
「鬼塚君、君もブーケトスに参加してみたらどうだ?」
花嫁の周りに群がる若い男女を遠巻きに眺めていると、不意に上司の岩隈(いわくま)が肘で突いてきた。
「あ、いえ……私は……」
「君もいい年齢なんだから、そろそろ身を固めた方がいいんじゃないのか? その方が格好もつく」
余計なお世話だ、と理人は内心で舌打ちをする。 確かにこの歳なら、家庭や子供がいてもおかしくはない。だが、そもそも色恋に興味が薄い理人にとって、結婚など別次元の話でしかなかった。
「私は、他人と一緒に暮らすのには向いていないので。子供を持ちたいと思ったこともありません」
「まあ、君は仕事一筋だからな。だが、家庭を持つというのは良いものだよ。私のように年老いてから孫を抱くというのは、格別に幸せなものだ」
「……はぁ」
(どの口が言ってるんだ、この変態が)
妻がいながら堂々とパパ活に励む男が、よくもまあそんな聖人君子のようなことが言える。 喉元まで出かかった毒をぐっと呑み込み、適当にはぐらかして岩隈の側を離れた。これ以上一緒にいたら、取り返しのつかない一言をぶちまけてしまいそうだ。
岩隈は理人の入社当時から目をかけてくれた恩人であり、部長職へと推薦してくれた人物でもある。仕事上の上司としては今も尊敬している。 だが、プライベートとなると話は別だ。女癖の悪さは社内でも有名で、複数の愛人を囲っているという噂も絶えない。
自分の性癖を棚に上げるわけではないが、正直に言って吐き気がする。 綺麗な妻がいながら、なぜ浮気や援助交際に走るのか、理人には理解しがたい。本人は平然とした顔で「愛妻家」を演じているが、人間という生き物は本当に薄気味悪い。
(萩原も、十年後には岩隈のようになるのだろうか……)
いや、あいつは真面目な男だ。そうはならないと信じたい。 そんなことを考えながら、ぼんやりと新婚夫婦の姿を眺めていると、背後から不意に名を呼ばれた。
「やっぱり! 理人じゃないか!」
「……透……?」
振り返ると、そこには見覚えのあるスーツ姿の男が立っていた。理人は驚きに目を丸くする。
「お前、こんなところで何やってるんだ」
「それはこっちのセリフだよ。俺、あの二人と大学が一緒でさ。サークルで世話してたんだ。一人で出席だったから心細かったんだけど……良かった、理人がいて」
心底ほっとしたように笑う透の姿に、理人の肩の力がふっと抜ける。
「そう言う理人は? どっちの知り合いだ?」
「萩原は俺の直属の部下だ。出席するようなガラじゃないんだが、どうしてもと頼まれてな」
「へぇ、そんな偶然があるんだな。世間は狭いよ」
透は従兄弟であり、幼い頃から気兼ねなく遊んできた気心の知れた仲だ。 普段はラフな格好しか見ていなかったが、今日の透は清潔感のある黒のジャケットにグレーのパンツ、ストライプのシャツを品よく着こなしている。
「ふん。馬子にも衣装だな」
「酷いな。俺は理人と違って、スーツは着慣れてないんだよ」
「まあ……普段よりはやけに大人っぽく見えるな」
「そりゃ、もういい大人だしね?」
お互いに目が合い、どちらからともなく笑みがこぼれる。昔に戻ったかのような心地よい時間は、披露宴の喧騒を忘れさせてくれるようだった。
だが、その穏やかな空気を切り裂くような声が響いた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!