テラーノベル
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部活後の体育館裏。
夕闇が校庭を包み込み、遠くで鳴くカラスの声が静寂を強調している。
私は、治くんに指定された自販機の前で、一人で待っていた。
(……「お返し」って、なんだろう。またおにぎりかな)
そんなことを考えていると、背後から「お待たせ」と低くて少し鼻にかかった声がした。
振り返ると、練習着のままの治くんが、片手にビニール袋を提げて立っていた。
「……治くん。お疲れ様。侑くんは?」
「……あいつは角名に捕まって動画撮られとる。……今は、二人きりの方がええやろ」
治くんは無造作に私の隣に座り込むと、袋の中からホカホカと湯気の立つ「肉まん」を取り出した。
冬の入り口のような冷え込んできた夕方の空気に、白い湯気が溶けていく。
「……はい、これ。おにぎりのお返しや。半分こしよ」
「……ありがとう。あ、熱っ……!」
差し出された半分を受け取ると、指先から伝わってくる熱に、心臓がトクンと跳ねた。
隣に座る治くんからは、バレー部特有の、汗と石鹸が混じったような、でもどこか安心する匂いがする。
「……美味いか?」
「うん、すっごく美味しい。治くん、よくこれ残ってたね。いつも売り切れてるのに」
「……最後の二個、死守してきてん。……朱里に食べさせたかったし」
彼は淡々と、まるでお天気のことを話すようなトーンで言った。
でも、その言葉の重みに、私の頬は肉まんよりもずっと熱くなっていく。
「……ねえ、治くん。なんで私にだけ、いつもおすそ分けしてくれるの?」
ずっと聞きたかった、でも怖くて聞けなかった質問。
治くんは肉まんを口に運ぶ手を止め、銀髪を少し揺らして私をじっと見つめた。
スナギツネのような、でもどこか甘い、深みのある瞳。
「……朱里は、美味そうに食うから。……俺が美味いと思ったもんを、一番美味そうに食ってくれるのは、朱里だけやから」
彼はそう言うと、空いている方の手で、私の口元についた肉まんの皮を、親指で優しく拭った。
「……だから、他の奴から貰ったもんは、食わんといて。……俺の『餌付け』だけで、お腹いっぱいになってほしいねん」
その時。
「あーーーっ!! 見つけた! 治、自分だけ朱里ちゃんとええ雰囲気になっとるやんけ!!」
猛烈な勢いで走ってきたのは、案の定、侑くんだった。
その後ろでは、角名くんが呆れた顔でスマホを構えて動画を撮っている。
「……ツム、うるさい。……今は一番ええところや。死ね」
「なんやと!? 俺にも肉まん一口よこせぇ!!」
「……やだ。これは朱里の分や。……朱里、逃げるで」
治くんは私の手首をグイッと掴むと、侑くんたちを振り切るように走り出した。
繋がれた手のひらから伝わってくる、熱。
おすそ分けの境界線を越えて、私たちの距離が、少しずつ、けれど決定的に変わり始めていた。
コメント
1件
変われ変われ関係は変わってええんよ