テラーノベル
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「舞先輩、コーヒー、ブラックで良かったですよね?」
午後の眠気が漂うオフィス。
黒瀬くんが、これ以上ないほど爽やかな笑顔で私のデスクにやってきた。
周囲の女性社員たちが「気が利くわね」「いいなー、あんな後輩」なんて囁き合う声が聞こえる。
「あ、ありがとう……」
受け取ったカップの熱が、震える指先に伝わる。
彼はそのまま何食わぬ顔で自分の席に戻っていったけれど、私は気が気じゃなかった。
タートルネックの襟を何度目か分からないほど引き上げる。
鏡で見なくてもわかる。
彼の言った通り、あの「痕」は、どんなにコンシーラーで隠しても、熱を持つたびに浮き上がってくるのだ。
(仕事、仕事に集中しなきゃ……)
そう自分に言い聞かせても、視界の端に映る黒瀬くんの横顔が、昨夜の低く掠れた声を思い出させる。
……耐えられなくなって、私は席を立った。
「ちょっと、休憩してくるわ」
逃げ込むように向かった給湯室。
冷たい水で顔を洗おうと蛇口をひねった、その時だった。
カチリ、と背後で鍵の閉まる音が響く。
「っ……!」
振り返る暇もなかった。
大きな手に腰を抱き寄せられ、そのまま強引に壁際まで押し込まれる。
背中に当たるタイルの冷たさと、目の前に迫る彼の体温。
そのあまりのギャップに、頭がクラリと揺れた。
「……舞さん。小笠原さんと、あんなに近くで何を話してたんですか?」
「黒瀬くん、ここ、会社……っ、誰か来たら……」
「いいですよ。見られたら、舞さんは僕のものだって公認されるだけですから」
潤んだ瞳で私を覗き込むその顔は、やっぱり「可愛いわんこ」そのもの。
でも、私の太ももを割り込むようにして押し付けてくる膝の強さは
紛れもなく、私を逃がさないケダモノのそれだった。
「……首、隠しても無駄ですよ」
彼は私のタートルネックの襟を、指先でゆっくりと引き下げた。
剥き出しになった白肌に、黒瀬くんの熱い吐息が吹きかかる。
「ん、っ……やめ…」
「嫌なら、もっと強く拒絶してください。……舞さんの体、こんなに熱くなってますけど?」
意地悪く目を細めると、彼は痕の残る場所に、再び深く、吸い付くような口づけを落とした。
チリッとした痛みが走り、膝の力が抜けそうになる。
「……かわいい」
耳たぶを甘噛みされ、私は彼の胸元を押し返すこともできず
ただマグカップを握りしめたまま、その背徳的な快感に身を委ねるしかなかった。
「……今日の残業、二人きりですよね。楽しみにしてますよ、先輩」
彼は満足そうに微笑むと、私の頬に軽くキスをして、何事もなかったかのように給湯室を出て行った。
一人残された私は、心臓の音を鎮めることもできず
ただ鏡に映る自分の、熱に浮かされた情けない顔を見つめていた。
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