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幸いにも、数日後に羽田行きの便があり、迷わずチケットを購入した後、このマンションの管理人に連絡を入れ、日本へ向かう前日に部屋を引き払う旨を伝えた。
いらない荷物は管理人に五十ユーロを払うと処分してくれるとの事だったので、そうしてもらう事にした。
処分する大量の荷物を部屋から運び出し、大きなスーツケースを引っ張り出すと、侑は黙々と荷造りを始める。
といっても、着替えやスコアくらいしかないのだが、一刻も早くこの地から去りたい気持ちが先走っているのか、荷造りも思いの外早く終わった。
後はここを出るだけ、という状態にしておく。
侑は自宅でレナに遭遇しないように、マンションを引き払うまでの数日間は、朝からウィーン周辺の街をひたすら歩いた。
シェーンブルン宮殿、シュテファン寺院……。
シュテファン寺院のステンドグラスは、言葉で表現するのが難しいと思うほどに美しく、いつ見てもため息が漏れてしまうし、ウィーン市庁舎の建物は趣があって好きだった。
コンツェルトハウスやオペラ座にも出向き、演奏会やオペラを鑑賞した。
日本は円安の影響で輸入スコアの値段が高騰していると聞き、街中にある楽譜屋に立ち寄り、吹いてみたい、と思うスコアを探して何冊か購入。
生まれ育ったウィーンの街並みや景色を瞼の裏に焼き付けておくように、この数日間は、ひたすら歩き続け、時折、スマホのカメラを取り出し、シャッターを切っていた。
数日間のウィーン散策は、あっという間に過ぎていき、ウィーンで過ごす最終日となったこの日。
夕方に管理人の元に行き、部屋の鍵を返却して簡易宿泊所に行くことにした侑は、十五時くらいに自宅マンションへ戻った。
玄関ドアに封筒が挟まっている事に気付き、迷惑そうに封筒をぞんざいに取り、封を切っていく。
中には便箋一枚が入っており、手書きのメッセージには『やっぱり私はあなたが一番好き。ちゃんと会って話がしたい。レナ』と書かれてある。
朝、外出する時に、こんな封筒はなかった。
という事は、侑が出掛けている間に、レナがここにやってきてドアに挟んでいったのだろう。
他の男と俺の目の前でセックスしていたくせに、何を今更……と侑は思う。
彼は、呆れたようにフンッと鼻を鳴らし、手紙をくしゃくしゃに丸めると、部屋に入り、ゴミ箱に放り投げる。
大きなスーツケース、トランペットの楽器ケース二つを持ち、慣れ親しんだウィーンの自宅に別れを告げると、簡易宿泊所へ向かった。