テラーノベル
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翌朝、簡易宿泊所を出発した侑は、昼頃の飛行機に乗るため、早めにウィーンの空港に来ていた。
(オーストリア。もう俺には何も思い残す事はないし、戻る事もないだろう。次にこの地へ来るとしたら、両親の墓参りだろうな)
様々な航空会社の飛行機が、離陸したり着陸したする様子をボーっと見つめながら、日本での生活に思いを馳せる。
幸い、彼には暮らしていける分のお金は充分に持ち合わせており、東新宿の自宅はローンの支払いも既に済んでいる。
ドイツ留学時、コンクールなどで得た賞金や数枚発売したCDの印税も、殆ど手を付けていない。
海外での生活は、あまりお金を掛けずに過ごし、音楽の事で常に忙しい日々を送っていて、娯楽でお金を使う余裕がなかった、というのもあるかもしれない。
考え事をしているうちに、飛行機の搭乗手続きの時間が迫っていた。
(さらば。我が生まれ故郷…………ウィーン)
侑は一度空港のロビーに視線をやると、振り返らずに搭乗手続きを済ませ、飛行機に乗り込んだ。
***
タクシーは首都高を走り続け、車窓には新宿の高層ビルが遠目に見えてきた。
侑は徐にスマホを取り出し、日本での唯一の友人でもある双子の兄弟にメールを送る。
『ご無沙汰してます。響野侑です。今朝、日本へ帰国したので、時間ができたら久々に飲もう。 響野侑』
恐らく、順当にいけば、この兄弟は家業を継いでいる事だろう。
数分後、侑のスマホに、メール受信の着信音が鳴る。
確認すると弟の方からのメールで、彼から受信した文章を見て、思わず唇が緩む。
(アイツ、営業課長もやりつつ、リペアラーにもなったんだな。機会があったら、俺の楽器を調整してもらうとするか)
スマホをデニムのポケットに捩じ込みながら、侑は再度車窓に視線を移し、フっと小さく笑みを零した。
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