テラーノベル
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予想通り、バスのお迎えは部長がやってきた。
面倒見のいい、子煩悩な部長が真君を心配しない訳がないからね。
マスク姿で鼻をグズグズさせながら、何か私に
言いたそうに、じっと睨んでくる。
ちょびっと隙がある部長に苦笑しながらも、お陰様で緊張せずに笑う事ができた。
「真君、バスの運転手さんにも挨拶してね」
「うん!」
ぐるんと私と部長に背中を向けた瞬間、私は急いで
部長に手紙を渡す。
「くるまのせんせい、さようなら!」
「はい、さようなら」
「くっ」
部長はすぐに読むと目を細めて笑うと、手紙をマスクの中に入れてしまった。
――また食べるのかな。
「お帰り、真。お前、今日、俺のことお祈りしてくれた?」
片手で抱っこした部長は私に背を向けた。
私もそれを合図にバスを締めて、発車する。
「うん! うん! ぼくおいのりしたよ!」
そう大きな声が聞こえて、ちらりと振り返ると、部長が顎までマスクを下げて、此方に口パクで何か言った。
『で・ん・わ・す・る』
「――!」
そう言っているように聞こえた私は、うぬぼれているのだろうか。
「せんせい、顔、真っ赤だよ―」
「あついあつい?」
子ども達にそう心配されるぐらいに、私の顔は真っ赤に染まっていた。
***
「――終わった」
家に帰りついたのは、八時過ぎ。
早番の私は18時上がりの予定が、今日は人手が足りなさ過ぎて残業と、親子遠足の引率準備でバタバタしていてこんなに遅くなってしまっていた。
恐る恐るスマホを取り出すと、LINEに着信が来ていて心臓が跳ね上がる。
侑哉は飛鳥さんの所でバイトだし、今日は家に一人だから大丈夫!
そう思ってスライドしてみたら、着信の相手は――明美先生だった。
嫌な予感がしつつも、疲れた体に鞭打ってソファまで歩いて行き、ソファに沈みながらその電話に掛け直す。
1コールで出たのは、嗚咽混じりの泣き声。
やっと聞こえた声に耳を澄ますと、明美先生の声だとわかった。
嫌な予感が的中してしまったのかな。
「――もしもし?」
恐る恐る話かけて見ると、ぼそぼそとかすれた声で返事があった。
『みなみ先生、今から行っても良いですか?』
***
お湯を沸かしていたら、すぐにチャイムが鳴った。
家の近くまで来ていたんだろうな。
「お邪魔します……」
泣き腫らした眼で俯いたまま玄関に入ると、今にも泣き出しそうなかさかさな声でそう言う。
「珈琲用意してるから座って待っててね」
「すいません。すいません。今日、お仕事大変でしたよね。ご迷惑かけちゃったよね」
うっうっ
嗚咽混じりにそう言われたら、真実であっても肯定は出来なかった。
ただ風邪ではないのに、皆を心配させたのだけはどうかと思うけど。
「私より、同じクラスの先生たちにしっかり謝ってね」
コトッと珈琲の入ったカップを置くと、湯気と共に苦い珈琲の香りが発ち込める。
その珈琲カップを見つめながら、明美先生はボロボロと泣き出した。
「あ、有沢さんが……」
――やっぱり。
だからあんなモテそうな爽やかな人はダメなんだよ。
そう心の中で思っていたら、私の予想より遥か彼方の異次元の話の様な事を明美先生は言い出した。
「初めてだったのに、自分だけ出したらさっさと終わって寝ちゃったんです」
「!?」
な、ななな何を言い出すんだ。明美先生は!
びっくりして珈琲が鼻に入るかと思った。
「みなみ先生は、経験ありますよね。婚約者もいたみたいですし」
えっ……!?
「婚約者って、有沢さんに聞いたの?」
「あっつ」
しまった、と顔を青ざめた明美先生は下を向く。
ダメだ。私の中で有沢さんへの好感度やら信頼度が地の底に落ちてしまった。
最低。嫌な奴。
「私、恥ずかしながら未経験です! 有沢さんには言わないでね。――ってかもう会わない方がいいんじゃないの?」
その後、どんなことがあって明美先生がボロボロになったのか知らないけど、――いやその手の話は苦手だからしたくないけど。
気になっている事はある。
「真君の本当のお父さんが有沢さんって聞いた?」
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