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ここは花咲く『日本史BL検定対策講座』

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42 - 第42話 あなたとともに、ずっと(2)

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2023年11月05日

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オンボロ部屋だが、濡らしたくないものはたくさんあるのだ。


「本を……いや、パソコンを……いや、待って」


キョロキョロと見渡す足元の一か所で、蓮の視線は止まった。

いつも背負っている大きなリュックに顔をつっこむ。

ノートやペンケース、読みかけの文庫本を次々と放り出した。


「こ、これを……」


震える手が握りしめていたのは、小振りのボールペンだ。

ウサギとカエルの……そう、例の鳥獣腐戯画のペンである。


期間限定の展覧会でしか手に入らないレアグッズだ。

腐戯画ファンにとって貴重なものに違いないが、財布や携帯、パソコンに目もくれずボールペン一本を手に取ったのは不思議なものである。


ウサギとカエルが勇気をくれるとばかりにペンを握りしめた時のこと。


カシャーン。


小さな、けれど鋭い破壊音に蓮は足を竦ませた。

台所に避難させていたスズランのコップが床に落ちて割れたのだ。


「あっ!」


手が震えた拍子にペンが足元に落ちる。

床に視線を転じ、そして蓮は躊躇した。

いつもならその場に屈んで拾えばすむ話である。

しかし汚れた水が床を満たしていく中で、小さなペンなど見つかる由もない。


「ど、どこ……?」


思わず屈みこんだところで、蓮は足を滑らせてしまう。


「わっ、ぷっ……」


水の中に顔を突っこんで、ジタバタと手足を動かす。

水に濡れて全身が重く、身体の自由が利かなかった。

慣れた家の中なのに、まるで動けない。


「……待ってよ」


突如、恐怖が全身を包んだ。

何かをつかもうにも、冷えた手足は言うことを聞いてくれない。


──このまま死ぬなんてことあるのかな?


実感など沸かない。

だが、危機感だけは募った。


つい二か月ほど前だったか、梗一郎やモブ子らと、ここでちゃぶ台を囲んでアンケート集計をやったのが遠い昔のことのようだ。

そのあと梗一郎の社員割引きを当てにして食器を買いに行って。

ああ、風邪気味だった自分は倒れてしまって彼にここまで送ってもらったのだ。

好きと言われてキスをされ……。


──待って。俺、なんでこの局面でこんなこと思い出してるんだい? これって何なんだい? まさか、走馬燈ってやつ……?


目の前が真っ白になった瞬間。



気のせいだろうか。

声が聞こえた。

誰かがの自分の名を呼んだ気がしたのだ。


「だれ……?」


返事はない。

そのかわり、ぐいと腕をつかまれた。

足元に溜まる泥水のなかに座り込んでいたのを引き上げられる。


泳ぐ視線が一点で止まったのは、そこに会いたかったその人を認めたから。


「……きょういちろう?」


薄茶色の髪は濡れて、額に貼りついている。

同じ色をした双眸は驚きと焦燥に細められていた。

唇が動いて何かを紡いでいる。


「おかしいなぁ、おかしいなぁ……」


蓮の呟きに、握る腕の力は強くなった。


「おかしいなぁ。君のことばかり考えちゃうんだ。何でだろうね……」


頬に触れた指が、そっと目元を拭ってくれた。


「おかしいなぁ。君に会いたくて、うーばーいーつを頼んでみたんだよ。全然別の人が来たんだけど。あの荒物屋に行ってみようかなって思ったりもして。でも迷惑かけたり、嫌がられたらどうしようって……」


間近に迫る端正な顔、ゆっくり動く口元を蓮はただぼんやりと見つめる。

やがて、その声が耳に届いた。


「それって、僕のことが好きってことですよね」


いつもの落ち着いた声は、今は少々上ずっている。

両手で蓮の頬を包んでいるのは、小野梗一郎だ。


「きょ……小野くん? 本物? あれっ、どうしたの。何でこんなところに?」


夢うつつをぼんやりとさ迷っていた蓮の耳に、風の唸り声と水が押し寄せる音が爆音となって襲い来る。


張り上げる声を、しかし梗一郎に塞がれた。

熱の塊に唇を覆われ、蓮は戸惑う。


──ああ、この感触は知っているぞ。そう、キスってやつなんだ。なぜ知っているかって? うんうん、このあいだ、小野くんにされたからだよ。


なんて思考が巡ったところで、ハッと顔をあげた。


「痛っ!」


梗一郎がおでこを押さえて呻く。


「ご、ごめんよ。またもや、おでこで攻撃をしてしまったよ。俺は石頭なんだ」


「し、知ってます……」


涙目でこちらを見やる梗一郎。

少々情けない顔に、蓮は肩を震わせた。


「ああ、笑ってる場合じゃないね。大変なことになってしまったよ。逃げなくちゃ。それより君、どうしてまたこんなところに来たんだい?」


「先生が好きだから。心配になって来たんですよ」


何を今さらというようにサラリと返され、一瞬「そうだったね」なんて言いそうになる。

ポワッと頬が熱くなるのを悟られないように、蓮は奥歯を噛みしめた。


突然黙りこんだ彼に、梗一郎は少々戸惑ったか。

あるいは天然のペースにもう慣れたか。

蓮の肩をつかんで立たせてくれた。


「実際のところ、何で来たかっていうとモブ子らがアレなせいですよ」


「アレとは?」

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