コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
私の身にふりかかった災いは、結局は、自分で創り上げた物語に過ぎない。執拗に干渉する心の声も、苦悩も喜びも全部、私の都合で解釈された出来事なのだ。だけど真実もあって、それはまほろば島での暮らしの中で見つけた。これまでの自分は、辛ければ笑って、楽しいければ何故だか疑っていた。
というよりも、冷静に振る舞う演技をしていた。
本音を隠しながら生きていくうちに、相談相手すら見つけるのも出来なくて、逆に悩みを聞く側へと回ってしまった。
ほんとは、人のことなんでどうでも良かったのに・・・。
それは私が望んでいたのだろうか?
だけど、演技を続ける自分にも限界を感じていたし、心の小さな傷も、次第にふくれあがっていて、私を自傷行為へと走らせていた。
まほろば島の最終日、ABARAYAのみんなは、私を見送りに来てくれた。
紳士はあこちゃんの遺影を手にしていた。
額の縁取りは桜色。血色のいいあこちゃんの写真は、今にも「おねえちゃん、バイバイ」と、語り出しそうだった。
おしゃべり男は、森の中にテントを張って一週間過ごしていたらしく、限界に達した頃にひょっこりと「ABARAYA」に戻って来た。
「俺、痩せたかな?」
と、言っていたけど、夜中に発生するキッチンの食材消滅事件のことは、みんなで知らないふりをしてあげた。
花屋さんも、山や海辺を走り回るようになっていた。
「ほんとうですか?」
って、言葉は。
「ほんとうですよね?」
に、変わっていた。
理由は誰にもわからないけれど、時折笑うようになっていた。
ジュディーさんはお酒をやめた。
「なんだか、恥ずかしくって…」
と、笑いながら、ペットボトルの緑茶を飲み干す姿は新鮮だった。
作家さんは引きこもりがちだったけれど、食堂へは必ず顔を出すようになった。
近いうちに、小説を文学賞に応募するのだと張り切っている。
ダンサーさんは、私の後で島を出ることを決めたらしく、キーウにバレエ留学に行くと・・・喋りはしなかったけれど、紙に国旗を書いて笑ってくれた。
絵描きさんは、カウンセラーの助手としてここに残るのだという。
絵本も描き始めた彼女の瞳はキラキラと輝いていた。
私がここを離れる決断をしたのは、必然だと思う。
この島に辿り着いたのは自然なこと。
優しい温もりに包まれたあの日、私は久しぶりにスマホの画面を眺めていた。
傍らには、ずっと絵描きさんがついていてくれたから、現実を見る勇気も出たのだと思う。
着信もラインも、ほとんどがママからだった。
「未来ちゃん。そっちはどお? 何か困ったことはない?」
とか。
「先生と今日ね、東京で会ったわよ。未来ちゃんは元気でとっても素直なお嬢さんだって言ってたよ。あ、そうそう、パパの体調ね、すっかりよくなったからね、安心してね」
と、いう内容ばかりだったけど、私はママにもパパにも、それから先生と呼ばれている紳士にも感謝した。
紳士は、あこちゃんの看病の合間にママと会っていたのだ。
私がこの島に来たのも偶然なんかじゃない。
幼い頃に、ここへは来たことがある。
それを私は脚色した。
大晦日のあの日もそうだ。
私の部屋は一部が焦げただけで、蠢く炎は私だけに見えた幻だったのかも知れない。
ママからのラインに貼られた画像は、ピントがズレ過ぎていたけど、作り笑いのママとパパの顔が写っていた。
頑張っている笑顔が嬉しくて、私はまた泣いちゃったけど、その涙の味はしょっぱくはなかった。
絵描きさんは「ひとりじゃないね」って言ってくれた。
港で船を待っている間、紳士がみんなに手渡しで小箱をくれた。
綺麗にラッピングされた包みには、ちゃんと名前が書かれてあった。
「藤倉未来 様」
おしゃべり男が包みを振りながら。
「クッキーかな? せんべい? いや待てよ、もしかしたら指輪とかだったりして!」
と、言うと花屋さんが
「ほほほほ、ほんとうですよね?」
と、同じように包みを振った。
カタカタと音がしている。
作家さんは、とても小さい声で何やら呟いていたけど、誰も気にとめなかった。
絵描きさんが。
「あんまり乱暴にしちゃ駄目よ、大切にしないと」
と、言うと、おしゃべり男も花屋さんもうな垂れた。
それを見ていたジュディーさんは笑って、ダンサーさんも笑顔を見せた。
私は思った。
みんな必死で何かと闘っているのだと。
それは淋しさかもしれないし、もしかしたら心の声かもしれない。
だけど、今こうして、この場所に立って息をしている。
笑っている。
踏ん張っている。
その意味を教えてくれたのはあこちゃんだ。
紳士が私の隣に立って、まっすぐ見つめて語りかけた。
「ありがとう」
私は、予期せぬ言葉に驚いた。
「あこはすごく喜んでいたんですよ。あの素敵なショータイムを…おねえちゃん達が頑張ってくれてるからあたしも頑張るってね。だから、ありがとう」
私の目頭がまた熱くなった。
私は深々とお辞儀をした。
紳士の大きな手が肩に触れた。
パパみたいな大きな手だ。
優しい声は続いている。
「みんな面白い人達でしょう? けれどね、ちょっとした心の病気と闘っているんですよ。みんなの振る舞いには時々びっくりすることもあるけれど…それはですね。本人が病と闘っている、ごく普通の反応なんです」
私は顔を上げた。
紳士は頷きながら力こぶを見せてくれた。
お世辞にも、逞しいとは言えない力こぶを見て私は笑った。
ずっとこの場所に居たい気持ちと、ママやパパを安心させたい気持ちが重なっていた。
絵描きさんが私に近づいてきて、手の平に収まるくらいの、ちいさなちいさな熊のぬいぐるみを差し出した。
「もやもやしたらさ、これを右手でぎゅっと握りしめてね」
私はそのミニベアちゃんを眺めながら。
「はい」
と、答えた。
春の風が「ABARAYA」の建っている丘の上から吹き抜けてくる。
桜の花びらが空にハラハラと舞い散って、水面に宝石みたいに浮かんでは、気持ちよさそうに漂いはじめた。
歌っているみたいな、揺れる花びらはなんだか楽しそう。
「わあ…」
かすかに声が聞こえたように感じた。
あこちゃんの声だ。
でも、私はその声を、心の中に宝物として取っておこうと決めた。
だって、私のライフイベントは傷だらけだから・・・なんて言いたくはないから。
おしまい。