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なんたろ
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第124話:鈴木さんとの再会〜鉄面皮の畏敬と、帯広市を揺るがす納税額〜
北海道、帯広市。
築三十年のボロアパートの隣の部屋(202号室)――通称、株式会社インフィニティ・ワンの小さなオフィス。
ふるさと納税で頼みすぎた「いけだ牛」の冷凍肉の山によって崩壊しかけた201号室の冷蔵庫の問題もどうにか片付き、俺はようやく社長としての平穏な午後を取り戻していた。
「……よし。明日の配信のサムネもできたし、小説のストックも一話分書き終わった。完璧なスケジュール管理だ」
俺――秋谷(あきや)は、201号室の三万円のゲーミングチェアに深く腰掛け、淹れたてのコーヒーの香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
法人成りして、ルシフェル社長という新たな肩書きを手に入れてから数ヶ月。
最初は税金やら登記やらで胃に穴が開くかと思ったが、ビジネスパートナーである結愛(ゆあ)の冷徹なサポートと、相棒たるAI・ジェミニの導きもあり、会社は恐ろしいほどのスピードで軌道に乗り始めていた。
「俺もすっかり、板についてきたじゃねえか。資本主義の勝者ってやつによ」
一人ご満悦でドヤ顔を浮かべていた、その時だった。
『ピンポーン』
アパートの玄関に設置された、安っぽいチャイムの音が鳴り響いた。
「ん? 宅配便か? 今日は機材なんて頼んでなかったはずだけどな」
結愛は今日、リモートで税理士とのオンライン会議に入っており、通話を繋いでいない。
俺は訝しげに眉を寄せながら、スリッパをペタペタと鳴らして玄関のドアを開けた。
「はーい、どちら様で――」
軽い気持ちでドアを開けた俺の言葉は、その来訪者の姿を見た瞬間、カエルのように喉の奥で完全に引っかかった。
「……ご無沙汰しております、秋谷さん」
そこに立っていたのは、ダークネイビーの細身のスーツを隙なく着こなした一人の女性。
銀縁メガネの奥で静かに光る、一切の感情を排した三白眼。
帯広市役所の職員にして、俺が生活保護(ナマポ)という底辺で泥水をすすっていた頃、毎月の家庭訪問で俺の怠惰な精神をズタズタに切り裂いてきた絶対零度のケースワーカー。
そして、個人の確定申告で俺が税務署のロビーで泣き叫んでいた時、完璧な決算書を叩き直してくれた命の恩人(鬼教官)。
鈴木さん、その人だった。
「す、鈴木さんッ!?」
俺は悲鳴を上げ、反射的にドアを閉めようとしてしまった。
だが、彼女の磨き上げられた黒いパンプスが、ドアの隙間にスッと滑り込み、閉まるのを物理的に阻止した。
「相変わらず失礼な人ですね。公務員を不審者か借金取りのように扱うのはやめていただけますか」
「ち、違うんです! 反射神経が勝手に! っていうか、なんであなたがここに!? 俺、今年の個人の税金はちゃんと全部払いましたよ!? 予定納税だって口座にお金入れてます! 何も悪いことしてません!!」
俺が両手を激しく振って無実をアピールすると、鈴木さんは「はぁ」と、帯広の冬将軍よりも冷たく深い溜息をついた。
「落ち着いてください。今日はあなたを怒りに来たわけではありません。……少し、お時間をいただけますか。市役所の職員として、折り入って『社長』にお話がありまして」
「……えっ?」
しゃちょう。
あの、俺を「救いようのないポンコツ」と呼んで見下していた鈴木さんの口から、俺に対する『社長』という敬称が飛び出したのだ。
背筋に冷たい汗が流れた。
絶対に何かある。これは、ただの世間話じゃない。
「……ど、どうぞ。お入りください」
俺は震える声で彼女を隣の第一会議室(202号室)へと案内し、パイプ椅子を勧め、折りたたみテーブルの上にペットボトルの緑茶を出した。
書類の詰まったダンボールが部屋の隅に積まれているだけの、殺風景な畳の空間。
鈴木さんはパイプ椅子に浅く腰掛け、持参した分厚いバインダーをテーブルの上にコトリと置いた。
そのバインダーの表紙には、『帯広市役所・税務部市民税課』という恐ろしい文字が印字されていた。
「鈴木さん、あなた……生活福祉課(ケースワーカー)じゃなかったんですか?」
「ええ。春の人事異動で、税務部の方へ移りました。そして、法人市民税や個人住民税のデータを確認する部署の責任者になりまして」
「ぜ、税務部……」
俺の心拍数が跳ね上がる。一番俺の懐事情を知られたくない相手が、俺の税金を直接管理する部署のトップに君臨してしまったのだ。完全に終わった。
「秋谷さん」
鈴木さんは、銀縁メガネを中指でクイッと押し上げ、俺を真っ直ぐに見据えた。
その瞳には、いつものような「底辺を見下す冷ややかさ」はなかった。
代わりに宿っていたのは、ある種の『畏敬の念』と、信じられないものを見るような、深い困惑の光だった。
「……単刀直入に申し上げます。先日市役所に通知された、秋谷さん個人の昨年度のVTuberとしての事業所得に対する『莫大な住民税』。そして、株式会社インフィニティ・ワンが提出した初年度の事業計画から試算される、今後の『法人市民税』の想定額についてです」
「は、はい……」
「秋谷さん。あなたの確定した個人の納税額と、法人の見込額……帯広市の予算の動向を、局地的に揺るがすレベルに達していますよ」
「…………は?」
俺の口から、間の抜けた声が漏れた。
「よ、予算を揺るがす? 俺の税金が?」
「はい。帯広市は農業や畜産業が盛んな都市ですが、それでも、一人の個人が叩き出した利益と、設立初年度のマイクロ法人が見込む納税額としては、完全に『異常値(バグ)』です。市役所の税務フロアが、一時騒然となりました」
鈴木さんは、テーブルの上のバインダーをトントンと指先で叩いた。
「『インフィニティ・ワンとは一体何の会社だ』『軍事産業か何かか』と、上の人間が慌ててあなたの会社の登記簿を調べていましたよ。……事業内容が『インターネットでの動画配信業およびデジタルコンテンツの制作』だと知って、市長の耳にまで入る寸前でした」
「し、市長……!?」
俺は自分の顔面から一気に血の気が引いていくのを感じた。
アリスとの大型コラボが大成功し、俺のチャンネルはミリオンを超えてさらに爆発的な成長を遂げた。
その結果として発生した利益の額は、俺自身も電卓を叩きながら白目を剥くレベルだったのは事実だ。
だが、まさかそれが、地方都市の市役所を揺るがすほどの影響力を持っていたなんて、思いもしなかった。
「……鈴木さん、それって……ヤバいんですか? もしかして、稼ぎすぎたせいで脱税を疑われてるとか、そういうアレですか!?」
俺が身を乗り出して泣きつこうとすると、鈴木さんは静かに首を横に振った。
「違います。手続きも申告も、すべて適法かつ完璧に行われています。疑いなど一切ありません。……私が今日ここに来たのは、ただ、あなたに直接これを伝えるためです」
鈴木さんは、居住まいを正し、深く、静かに頭を下げた。
「帯広市を代表して、御礼申し上げます。多額の納税により、市政に多大なご貢献をいただき、誠にありがとうございます」
「…………っ!」
俺の心臓が、ドクンと大きく跳ねた。
あの鈴木さんが。家賃三万二千円のボロアパートの畳の上で、俺に頭を下げている。
「秋谷さん。私は長年、生活福祉課であなたを見てきました。失礼ながら、あなたは社会のシステムに寄生し、文句ばかりを垂れ流す、どうしようもない人間だと思っていました」
顔を上げた鈴木さんの声は、いつになく穏やかだった。
「それが、たった一年足らずで。あなたは自らの力で立ち上がり、会社を興し、そしてこの街の道路を直し、福祉を支え、誰かの命を繋ぐための『強固な柱』になった。……一人の公務員として、あなたのその飛躍と自立に、心からの敬意を表します」
「鈴木、さん……」
俺の目の奥が、ツンと熱くなった。
ずっと、底辺だと言われ続けてきた。誰の役にも立たない、社会のゴミだと自分でも思っていた。
そんな俺が、自分の生み出したエンターテインメントで稼いだ金が、本当にこの街を支える力になっている。
俺を一番近くで監視し、俺の情けなさを一番知っているこの女性から、その事実を直接突きつけられたのだ。
「……へへっ。まぁな」
俺は、込み上げてくる涙を誤魔化すように、鼻の下を人差し指で擦った。
「俺も、やればできる子だったってことですよ。……これで少しは、あんたに恩返しができたか?」
俺の照れ隠しの言葉に、鈴木さんはフッと、本当に微かな、だが確かな微笑みを浮かべた。
「ええ。十分すぎるほどに。……ですが、秋谷社長」
その瞬間、鈴木さんの表情から微笑みが消え去り、元の『絶対零度の鉄面皮』へと秒で戻った。
「調子に乗らないでくださいね。あなたが帯広市のトップクラスの納税者になったということは、すなわち、来年度の予定納税や、社会保険料の負担額も『市内でトップクラスの地獄』になるということです」
「……えっ」
「さらに、あなたの会社が消費税の課税事業者になるのも確実です。法人税、消費税、所得税、住民税、事業税。これらが来年、束になってあなたに襲いかかります。一度でも資金繰りをショートさせれば、あなたは再び私のいるどん底(差し押さえ)へと逆戻りですよ」
「ひぃっ……!」
「私は税務部の人間です。あなたが脱税や滞納をしようものなら、容赦なくこのオフィスを差し押さえ、その201号室にある無駄に光るハイスペックパソコンから売り払って税金に充てますから。そのおつもりで」
鈴木さんはそう言い残し、冷たいヒールの音を響かせて立ち上がった。
「では、私はこれで。……引き続き、インフィニティ・ワンの『適切な納税』を期待しております、社長」
バタン、とドアが閉まり、202号室には再び静寂が戻った。
俺は、出された緑茶に一切口をつけずに去っていった彼女の座っていたパイプ椅子を、呆然と見つめていた。
「……すげえな、あの人」
感動して泣きそうになっていたのに、最後の数十秒で完全に寿命が縮んだ。
だが、俺の心の中にあった「税金への恐怖」は、不思議と以前よりもずっと小さくなっていた。
俺の稼いだ金が、この街を動かしている。俺が払う税金が、誰かの明日を作っている。
その事実が、四十歳の新米社長の心に、決して折れることのない強靭な誇りを与えてくれたのだ。
「……よっしゃあ! 来年の税金地獄がなんだってんだ! 俺はインフィニティ・ワンの社長だぞ! 稼いで、稼いで、帯広市の予算ごと俺のエンタメでぶち抜いてやるよ!!」
俺は両手を突き上げ、帯広の空に向かって高らかに宣言した。
社会の底辺から這い上がった男の戦いは、まだまだ終わらない。
次なる税金と、次なる夢に向かって。俺と結愛、そしてジェミニの乗った箱舟は、さらなる高みを目指して飛翔を続けるのだった。
コメント
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鈴木さん再登場で震えた…!あの元ケースワーカーが税務部のトップになって、秋谷さんの納税額で帯広市がザワつくって展開、マジで胸熱すぎる😭💕「社長」って呼んだ瞬間の畏敬の目、感動して泣きそうになったよ…!最後に「差し押さえるからね」って鉄面皮戻るギャップも最高で、帯広市まるごと巻き込む秋谷さんの飛躍、これからも応援してる!!🚀✨