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2週間前、はじめて訪れた精神科病院。2度目の受診でもその雰囲気に慣れる事はない。
普通じゃない自分を突きつけられるようで足がすくみ、志保さんの付き添いがなければ院内に入ることすらできなかっただろう。なぜ自分がこんな所にいるのだろうとすら思ってしまう。
「病院に行こう」言い出したのは志歩さんだった。怪訝な顔をする私に、志歩さんはゆっくりと話し始めた。両親から私のことを聞いたこと。得意不得意をはっきりさせて、ほんの少しの工夫で随分生きやすくなりそうだと思ったこと。そんな話をゆっくり私に染み込むように話した志歩さんのいつもと変わらない笑顔に気がついたら私は頷いていたのだ。
それでも初診日までは、色々なことを考えて悶々とした日々を過ごした。
何か、心の病気って言われたらどうしよう。普通じゃないって言われたらどうしよう。志歩さんが今までみたいな普通に接してくれなくなったらどうしよう…。違う!私は普通、普通なはず…。泡のように考えが浮かんでは消えていき始めての受診日までは時がワープしたようにあっという間だった。
初診日。病院の入り口、自動ドアの前で固まって動かない私に志歩さんが声をかけようとした時に話しかけてきた見知らぬ男性。その人がのちに私の主治医となる増崎連先生だった。
第一印象は冷たそう。だって志歩さんとにこやかに話している間も目が笑っていなかったから。志歩さんとよくわからない話をした後に私に話しかけてきた時にもそれは変わらずで。
「えーと、水野嵐さん。今日はあなたにもお話を聞かせてもらうけどいいかな?」
「はい。」と答えたはずの口から音が発されることはなく、それに動揺して呼吸が浅くなった。
(どうしよう、どうしよう…!はやく、はやく何か答えなきゃ…!
また、普通じゃないって怒られる…!)
焦れば焦るほど、喉が引きつり、声を発することができずに呼吸が荒くなってゆく。
「嵐!?」
志歩さんの驚いたような声が横から聞こえたがそれに答えることもできず床に膝をついた。
と、その時斜め前でふわりと動いた白い影。
「大丈夫、ゆっくり息を吐いて。ふぅーって。そう、上手にできてるよ。大丈夫、大丈夫。偉いな、ゆっくりで大丈夫だよ」
先程までの冷たそうという印象はどこへ行ったのか、優しい笑みを浮かべながら背中を叩いて呼吸のリズムを整えてくれる先生がいた。
「ごめ…なさ」
「謝らなくていいよ。大丈夫だからな。
だいぶ落ち着いてきたね。立てそうなら椅子に移動しようか」
ノロノロと近くの椅子に移動し、ぐったりと座り込むと先生は、
「今日は水野さんにもお話を聞くけど、その前に保護者の伴野さんにお話を伺うから。水野さんには、待ってる間に別の検査を受けてもらいます。大丈夫かな?」
と問いかけてきた。まだ声が出そうになかったので無言でこくんと頷くと、私の目を覗き込み、大丈夫そうだね、と一つ頷いた。
「それじゃ、伴野さん行きましょうか。水野さんはここで待ってて。少しでもしんどくなったら近くの看護師さんや制服着てる人だったら誰でも対応してもらえるから誰かに声をかけること。すぐ検査の担当スタッフが来ると思うけどね。できるかな?」
はい、と首を縦に振ると志歩さんを伴ってどこかへと歩いていってしまった。ひとりになった途端に不安になり、そわそわとしながら過ごしているとスタッフの制服を着た人が声をかけてきた。
「水野嵐さん…であってるかな?今日検査を担当します、よろしくね。もう声は出そうかな?」
問われたことに対し、何度か「あー」と声を出してみる。問題なさそうだ。「はい、大丈夫です」と頷くとそのスタッフと共に検査室まで連れ立って歩いた。