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鷹槻れん

53,239
篠原愛紀
821
入学式の甘い余韻も束の間、翌日から本格的な授業が始まった。
Aクラスの教室。
きらびやかな高位貴族の令嬢や息息たる若子たちが集まる中、ステラは窓際の席で静かに教科書を開いていた。
ただ座っているだけで、その背筋の美しさは群を抜いており、誰もが遠巻きに羨望の眼差しを向けている。
しかし、その静寂を破るように、数人の令嬢を引き連れた一人の少女がステラの机の前に歩み寄ってきた。
この国の侯爵家の令嬢であり、かねてよりジョシュアの婚約者の座を狙っていたと噂される、カトリーヌだった。
「ごきげんよう、ステラ様。入学式では随分と目立っていらっしゃいましたけれど……少し調子に乗られていませんこと?」
カトリーヌは扇で口元を隠しながら、ツンとすました声で言い放った。
教室内の視線が一斉に集まり、緊張が走る。
「第一王子殿下は、この国の未来を背負う偉大なお方。幼少期の口約束だけでその隣に居座るような、ただ大人しいだけの退屈な女性が、果たして未来の国母として相応しいかしら? 殿下もきっと、内心ではお困りになっていらっしゃるわ」
周囲の令嬢たちがクスクスと意地の悪い笑い声を漏らす。
しかし、ステラは動じなかった。
エメラルドグリーンの瞳に宿る光は少しも曇らず、むしろ凛とした強さを帯びていく。
ステラはゆっくりと立ち上がると、完璧な淑女の礼をとってみせた。
「ご忠告、恐れ入ります、カトリーヌ様」
その声は、驚くほど澄んでいて、教室中に心地よく響いた。
「ですが、お言葉を返すようですけれど、私とジョシュア様の婚約は、幼少期の口約束などではございません。国王陛下と我がアストリア家が、国の未来を見据えて交わした正式な国家の契約ですわ。それを『困っていらっしゃる』 などと、殿下の御心を推し量ったかのような不敬なご発言……。侯爵家のご令嬢ともあろうお方が、いささか軽率ではございませんか?」
「な、なんですって……!?」
「私は、殿下の隣に立つために、片時も努力を怠ったことはございません。もし私の資格を疑うとお仰るのなら、どうか次回の定期試験の成績、あるいは次の茶会での社交の成果で、私を納得させてみせてくださいませ。いつでもお相手いたしますわ」
一切の感情論を交えず、気品を保ったまま正論だけで完全に論破されたカトリーヌは、顔を真っ赤にして絶句した。
「お、覚えていらっしゃい!」と捨て台詞を吐いて去っていくカトリーヌの背中を見送りながら、ステラは小さく息を吐き、再び席についた。
(これくらい、なんてことはありませんわ。シエルのように、間違っていることには毅然としていなくては)
しかし、プライドを粉々に砕かれたカトリーヌたちの悪意は、より陰湿な方向へとエスカレートしていった。
数日後の朝。
ステラが教室に入り、机の引き出しに手を伸ばした時だった。
いつもそこにあるはずの、今日の講義で使う予定の貴重な魔術史の教科書と、自作のノートが綺麗に消えていたのだ。
「あら、ステラ様? 何かお探し物でも?」
離れた席から、カトリーヌが勝ち誇ったような歪んだ笑みを浮かべてこちらを見ている。
教科書がなければ、今日の厳しい教授の講義で大減点を食らう。
それを狙った、幼稚で陰湿な嫌がらせだった。
(……困りましたわね。でも、ここで取り乱しては相手の思う壺ですわ。淑女たるもの、これくらいのハプニング、優雅に対処してみせます)
ステラは眉一つ動かさず、周囲の令嬢から予備を借りるべく動き出そうとした。
――だが。
その事件は、ステラが行動を起こすよりも早く、すでに別の場所で「終わって」いた。
同時刻、生徒会室。
ジョシュアは、シエルから差し出された一枚の報告書を眺め、そのサファイアブルーの瞳を冷酷な氷の如く細めていた。
「……カトリーヌ・ミレニア侯爵令嬢、だな」
ジョシュアの低く冷え切った声に、室内の温度が数度下がったかのような錯覚を覚える。
彼の背後には、いつもと変わらぬ冷静な表情で佇むシエルがいた。
「ああ。今朝、妹の引き出しから教科書を盗み出し、古い裏庭の物置に破棄した不届き者だ。すでに物置の映像魔導具の記録は押さえてある。我がアストリア家の影が、教科書とノートも一切の傷なしで回収済みだ。間もなくステラの元へ届けられる」
シエルは眼鏡のブリッジを指先で押し上げながら、淡々と、しかし容赦のない事実を告げた。
自分の愛する妹を害しようとした者への怒りは、兄である彼も同じだった。
「よくやった、シエル。……我が婚約者を愚弄し、その心を傷つけようとした罪は重い。ミレニア侯爵家が関わる東部国境の利権、全て我がルミナス王家で没収する。カトリーヌ本人には、学院の規律違反として、明日には自主退学の勧告が届くように手配しろ」
「御意、殿下。すぐに手続きを」
ジョシュアの独占欲と、ステラを世界で一番大切に想う絶対的な守護の力が、裏で静かに、そして圧倒的な速度で嫌がらせの主犯たちを追い詰めていく。
何も知らないカトリーヌが、明日その身に降りかかる絶望に震えることになるのを、二人は冷ややかに見据えていた。
コメント
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ステラがカトリーヌの嫌がらせに動じず、礼儀正しくも正論で返す場面、すごくかっこよかったです。エメラルドグリーンの瞳に宿る凛とした強さが印象的で、思わず胸が熱くなりました。そして何より、ジョシュアとシエルが裏で一切の傷もなくステラを守り、瞬時にカトリーヌを追い詰めていく展開にゾクゾクしました。誰かに大切に思われるって、こういうことなんだなと…。次話も楽しみです🌷