「恭介に拒否られたから、雅輝にアタックしてみようっと」
「陽さん、俺は運転中ですよ」
「運転してても、話くらいはできるだろ。しかも後ろにいるふたりが、わざわざ提供してくれた話題なのにさ」
肝が冷えるドリフトをしながら、平然と会話ができるくせに、何を言い出すのやらと、橋本は
心の中であっかんべーをしてやった。
「すみませんがその動画、俺は知らないっす」
困惑した目つきのまま走行している道路を眺める宮本に、呆れた眼差しを飛ばす。
「知らないことくらい知ってた。だっておまえのことだから、自分が好きな関連のブルーレイばかり見て、流行りの動画とかには疎そうだもんな」
「宮本さんは、どんなブルーレイを見てるんですか?」
榊が宮本に助け舟を出すように、優しく話しかけた。
「待て、恭介。知らないからこそ、きちんと教えてやるべきだろ。今ここで実演してやるよ」
この場をおもしろくするために盛り上げようと咄嗟に思いつき、振り返りながら親指を立てる。
「えっ!? 橋本さんがあれを、目の前で演じてくれるんですか? 何気に嬉しいかも!」
橋本が思いっきり食いついた和臣に微笑んだら、隣にいる榊があからさまに嫌そうな顔になった。
喜んでいる乗員2名とマイナス思考に陥ってる乗員が2名という、絶妙なバランスを保っている状況を崩すべく、橋本は助手席にしっかりと腰を下ろして隣に話しかける。
「雅輝、いいか。これから俺が自教の教官になるから、どっちがいいか決めろよ」
「陽さんがやる時点でどっちがいいかなんて、間違いなく選べないと思うのに……」
眉間に皺を寄せてうんざりした表情を露にする恋人の肩を、鼓舞するように叩いてみた。
「ご褒美の質が、うんと良くなるかもしれないぞ?」
目の前にご褒美をちらつかせた途端に、宮本の喉が鳴ったのがわかった。
口パクで『ご褒美』という言葉を何度もつぶやき、デレた顔になったのをしっかり確認する。自分が提示したものを了承したと、その態度で見切った。
「こんにちは、本日担当します橋本と言います。宮本雅輝くん……いいお名前ですね」
優男の動画バージョンのセリフを口にしたら、宮本の頬がぶわっと赤く染まった。後ろにいるふたりは固唾を飲んで、橋本たちの様子を見ているようだった。
「じゃあ、さっそくはじめましょう」
「はっ、はじめるって、ええっ!?」
「安定した、いい運転ですね」
とびきり澄んだ声で橋本が話かけてやると、宮本は更に頬を染めて、無言のまま首を横に傾けた。
喋り方を変えただけで、こんなにも宮本の態度が変わるものなのかと、笑いだしたい気持ちを必死になって抑えた。
「ハンドルをもう少し柔らかく持ちましょうか、こんな感じで」
頭の中で動画のセリフを思い出しつつ、宮本の左手をハンドルごと握りしめてみる。
(あれ? いつもより手が冷たい。もしかして、緊張してんのか?)
「うんうん、周りをよく見て運転していますね。いいですよ」
てのひらに感じた宮本の緊張を解こうと、いつもの口調に近づけた感じで褒めてやった。それなのに、弱り切った表情を崩さない。
「宮本くんは、どこにドライブに行きたいですか?」
なんとしてでも、マイペースを貫く恋人の強情さに感嘆しながら、この場で使えそうな動画のセリフを、そのまま投げつけた。
「行きたいところ……車の雑誌がある本屋とか」
橋本が訊ねるなり、すぐに答えるかと思いきや、妙な間の後にやっとという感じで返事がなされた。後ろにいるふたりに、自分の趣味がバレないような答えを、必死になって探したのかもしれない。
「本屋よりも、趣味のものがたくさん置いてある、メイトがいいんじゃないですか?」
「ヒッ! それは!!」
隠したいであろう宮本の趣味を、橋本はハリのある声で盛大に披露した。
困惑を極めたであろう恋人のメンタルは、間違いなくズタボロだろうが、運転技術は躰が覚えているので、まったくもって乱れがなかった。
「宮本くんが楽しそうに生き生きしているところが、目に浮かびます」
「い、いやぁ。それほどでも……」
ごくたまに、それ系の店に連れて行かれるので、楽しそうにしているのは知っていた。いつも以上に饒舌になり、いろんなことを教えてくれる姿に橋本自身も嬉しくて、笑みが自然と零れてしまう場所になっている。
「楽しそうにしてる宮本くんを見たいから、僕も行きたいなぁ」
優男教官に合わせて、さりげなく一人称を変えた。
「よよよ陽さんが僕って、ちょっと!」
耳慣れない橋本のセリフに、宮本がより一層慌てふためく。
ちょっとした言葉の変化で、一喜一憂する運転手に、自分だけじゃなく、榊や和臣も楽しんでいるだろうと思い、そっと後ろを振り返ったら、瞬きを忘れたように真剣な顔で、こちら側を凝視していた。
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