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電話を入れる時も教授と話している時も全く緊張などしなかったのに
電話を終えたあとから急に緊張に襲われた。
他の事務所への登録の有無などと、少々大仰なことを書かないといけない
ようだが、たかだか大学のモデルなのでそう大層に考えなくていいわよと
自分に言い聞かせ、気持ちを落ち着かせる。
ただ、自分は美人ではないが学生時代からプローションには多少なりとも自信が
あるので、書類審査に通れば採用される自信はある。
写真は自撮りとか所謂商業施設などに備え付けてある証明写真機からではなく、
ちゃんと街の写真屋まで足を運んで撮ったので少々時間が掛かった。
流石プロ、なかなか無難に撮ってくれたのはいいけど、それなりのお値段で
仕事が決まらなかったらかなり痛い。
写真のこともあり、大学の教授に写真併せ身上を明記した書類などを送ったのは
一週間後だった。
一週間が過ぎてもメールが来なかったので写真で落とされたのかもしれないと
半ば諦らめていたら、11日めにメールが届いた 。
返信が遅れたことへの詫びと翌日面談に来てほしい旨が書かれてあった。
翌日とは急だなと思いつつもまぁ、近場だし、大学教授になるための面接でもなし、
こんなものと割り切って出かけることにした。
もしかすると真っ裸にならなきゃいけないかもと下着には気を使った。
そして当日、肌を隠すのに便利な巻きタオルも持参した。
植木という教授と一緒に部屋にいたのは黒髪をひとつにゴムでまとめた地味な
吉田照子という女性だった。
彼女がいてくれたおかげで落ち着いて面接できたのはよかった。
私は学生のように既にブラウスの下に水着を着込んで面接に臨んだため、
巻きタオルを使うこともなくすんなりスムーズにボディの審査を終えることが
できた。
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洋服を着終えて教授の待つ教室に戻ると椅子に腰かける間もなく
「合格です。早速今週の水曜日に来ていただけますか」と言われた。
「来られた時にこちらの吉田から説明があると思いますので、指示に従って
いただければ問題ないかと思います。
心配なのは水野さんの精神面ですが、初めての裸婦モデルということのようですが
気持ちのほうは大丈夫でしょうか?」
「はい、大丈夫です」
「もし、途中でどうしても我慢できなくなった場合はシミーズを用意して
おきますのでそれを着用してもらって構いませんよ」
「お気遣いありがとうございます。
……今までのモデルさんでそういうこともあったのでしようか?」
私が質問を投げかけると今まで存在感の薄かった吉田照子が
私の質問に答えてくれた。
「おひとりだけ……いました」
「その人は辞めてしまわれたのですか?」
「はい。ずーっと下着はつけたままで、シミーズを着用して1年続けられて
その後家庭の事情で辞められました」
「へぇ~、そうなんですか」
「ちなみに水野さんはどれくらいの期間お仕事できそうですか?」
またまた吉田さんから聞かれ、私は植木教授の顔と吉田さんの顔を交互に
見ながらふたりに向けて、私は半年ごとに契約が継続できれば有難いと
答えた。
たぶん何年にも亘って続くモデルはいないのではないだろうか。
ふたりは即座に納得してくれたので、この辺の様子でそうなのでは
ないかなと思った。
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帰りがけに吉田さんが耳打ちしてきた。
「上半身だけ裸ということですと一時間2500円で、ほぼ全裸でということですと
一時間6000円になります。
まぁ、ポーズによってはもう少しバイト料が上がることもやぶさかでは
ないのですが。
この辺の契約書は一度教室でモデルをしていただいたあと、詰めたいと
思いますが、如何でしょう?」
「ポーズによると、ですか。
ちなみにそんな風なポーズでモデルを引き受けた人はいままでに
いらっしゃったのでしょうか?」
「ええ、少数ですがいなかったわけではありません。
お金に困ってこのお仕事にかかわっていた人も少なからず
いらっしゃいましたので……」
「そうなんですか。いろいろと教えていただいてありがとうございます。
では水曜日から宜しくお願い致します」
「はい、お待ちしておりますね。ではこれにて失礼します」
心なしか私の質問に答える彼女の声音がひそひそ声になっていたが、
しようがないよね。質問の内容が内容だもの。
私はお金に困窮しているわけではないが魂が叫んでるんだよ~、
裸になりたいって~。マジか。
自分で叫びながらお粗末過ぎて受けるぅ~。
私の隣に座っていた男子学生たちは水曜日の新しいモデルがよもや自分たちの隣に
座っていた女で、自分たちの会話を聞いてやって来ただなんて夢にも
思わないよねー。受ける~。
今の私は何にでも受ける~。
人生なんて軽く流していかないとやってらんないじゃない、ねぇ?
◇ ◇ ◇ ◇
脳内で何度絶叫したことか、想像で何度恵子の頬を張り飛ばしたことか、
俊の顔に唾を吐きかける妄想を何度抱いたことか、頭の中で崖の上から
飛び込む自分の姿を何度イメージしたことか。
ここらで妄想とお別れせねば、私は確実に終わってしまうだろう。
裸婦モデルをしても胸の中に巣くう苦しみが全くなくならないとしたら、
私は本契約する前にこのバイトを辞めようと決めている。
教授や学生たちは困るのかもしれないけど、次のモデルが見つかるまで
裸体以外のモノを描いておればいいのよ。ふふんーだ。
こんな考えでいる私は水曜日が決戦、勝負だなと緩いなりに気を引き締め
帰路についた。
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