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◇芸大モデル
裸婦モデルの面接&合格の2日後の水曜日が勤務日となった。
面接日の案内が来るまでは10日近くも掛かったというのに面接を
終えたあとの進行があれよあれよという間もなく凄まじく早かったのには
少々驚いた。
初の仕事日は午後2時からで20分ポーズ、10分休憩の繰り返しで
始まった。
シミーズを着用しようかどうしようかと迷ったけれど、一度
薄物といえど着用してしまうと後から全裸になるほうが精神的に
しんどくなりそうな気がして最初からすっぽんぽんでいくことにした。
この日は教授のほうの指定ではなく私が好きなポーズを選べることに
なっていて普通の平凡なポーズにしてもらった
椅子に座り正面を向く。
両手は両太腿の中央に置いておく。
視線は学生たちの目と合わせないように正面の壁に向けた。
それでも緊張が少しはあったのか、2時間はあっというまだった。
休憩の時と終了後は今日のために用意してきた着脱しやすいゆるめの
ワンピースを自分で着た。
自分の当初の想像では大学側がガウンか何か用意してくれて、それこそ
吉田さんが休憩時など手渡ししてくれるのかと思ってたんだけど、
そういうのじゃなかったみたいでそこは意外だった。
ただ絵を描く目的だとはいえ、大勢の視線を集中的に浴びる中、そうではない同性が
部屋の中にいるということは精神的安定剤にはなった。
生徒は14、5人といったところだろうか。
女子生徒が半数近くいてちょっと意外だった。
あの時の電車の隣にいた男子学生がいたのかどうか、残念ながらチェック
できず。
いたなら、今夜は私をおかずに……いたすのだろうか?
くだらないことを考えたがしょうもないことに頭を使うのは止め止め、っと。
今夜の本当の献立のことを考えることにした。
車を置いてある大学の駐車場に向かいながら私の分身の桃美に
問いかけてみる。
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「ねぇ、どうだった? 緊張した?」
『少しね。でもどうってことなかったわ』
「で、今の気持ちはどう?」
『可もなく、不可もなくってところかな。
ただ新しい環境に飛び込んだことでの多少の緊張感があって
精神の状態は悪くはないっていうところかしら』
「なんか、不完全燃焼気味に聞こえるんだけど……」
『だって、戦場に兜と甲冑付けて駆けつけてみれば、へなちょこ野郎ばかりが
待ってたぜ、の心境だもん。
女子も男子もって言えるぐらい相手、みんな子供で、
ガクッてかんじ。
考えてみれば学生相手のモデルじゃぁそうなるわよね。
ちょっと迂闊だったわ、この結果は……』
「なぁ~に、またまたぁ~。意味深なこと言い出しちゃって」
「だって想像してみてよ。
目の前の学生たち、考えてみればほんのちょっと前には
ランドセル背負ってたわけよ。
私が中学生の時には彼らは幼稚園くらいでしょ。
何かそんなガキんちょにジトーってどんぐり眼で見られてもねぇ、
屁でもないって感じよぉ~」
『やだー、もう少しお上品に願いしますー』
「はっきり言ってスパイスのない料理なのよね。
もう少し刺激が欲しい~」
『……』
勝手なことばかり桃美相手に話をしていたせいか、彼女は最後は
無言で後ろに隠れてしまった。
はぁ~、この仕事ずっとやり続けて意味あるのかな、なんて一回目から
考え込んでしまった。
それでも私はそれからも週一で大学に通った。
そして……初秋の頃に始めたバイトも3か月が過ぎ気持ちの落ち込みは
軽減したものの、どこかパッと晴れない気分? っていうのかなぁ、
ひとまず今の大学の仕事は辞めて他を探してみようかと思い始めた頃に
植木さんから別口のバイトの話が転がり込んできた。
話は植木さんの友人のそのまた友人かららしい。
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それは大学とか専門学校ではなくて人物のデッサンが学べる街の教室だった。
専門性はあるけれど、高額な授業料を払わずとも好きなコースを支払える
範囲で選べて、痒いところに手が届くような気楽さで飛び込んで行ける
場所のようだった。
ただ少しキツいのはレッスン日が日曜ということだ。
でも日曜だから逆に夕飯の支度を済ませて夫に娘を預けて出かけられるので
いいかも。
夫の浮気の一件以来、私がなんら夫に気遣いなどする必要もないのだし。
私が仕事に出掛けて帰るまでのほんの4時間余りの数時間。
その数時間を長いとみるか、それほどと思わないかは人それぞれだろう。
ただ言えるのは、普段娘と触れ合う時間の少ない夫にとって、彼女と過ごす
良い時間になるのではないだろうか。
それにしても、どれくらいの年代の人たちが来るのだろう。
考えると少しワクワクした。
今度の仕事は3時間になるらしいけれど、この3か月で静止するモデルの仕事にも
慣れてきていることもあり、私は迷わず植木さんに行きますと返事をした。
今の大学でのモデルはもはやワクワクもドキドキもなくほんとに単なる
お仕事になっている。
次こそ、私の心を癒してくれる場所だといいのにと、そう願った。
大学での仕事は平日で、夫が帰宅するまでには仕事を終え、自宅で夫を迎えることが
できるので仕事に就いていることは伏せている。
……が二つ目の仕事は日曜になるのでそういうわけにもいかない。
アルバイトに行くので娘を見ていてほしいというのは簡単だが、さて、
どんな仕事だと申告しようか。
休日の16:00~19:00ってなると、どんな仕事があるのだろう。
私は断られたとしても行くつもりだ。
母親に預けるという最終兵器があるからだ。
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