町の文化センターの小さなホール。
今日は「地域の手しごと展」。
美津代の編み物サークルも、机の一角に並んでいた。
昼下がり、外の陽ざしが窓に反射して、室内をやわらかく照らす。
人の流れの中に、見慣れた顔があった。
「……あ、真帆さん?」
「こんにちは、美津代さん」
手元には、取材用の小さなカメラ。
近くで、莉子がスタッフ証を下げて動き回っている。
「お久しぶり。あら、莉子ちゃんも」
「うわっ、美津代さん!? 本当に出してたんだ!」
「出してたのよ、こっそり」
笑い合う三人。
通りすがりの佐久間が、パンフレットを片手に立ち止まった。
「これ、取材ですか?」
「はい。地元の広報で、ちょっとだけ」
「いいですね。僕、ここのコーヒー目当てで来ました」
その軽口に、周りの空気がふっとやわらぐ。
テーブルの上に並んだ手編みのマフラーを、莉子が手に取る。
「……こういうの、自分でできたらいいな」
「できるわよ」
美津代が笑って答える。
「最初は、毛糸と格闘するの。でも、ある日すっと、形になる」
真帆がその言葉を聞きながら、カメラを構えた。
レンズ越しに見える三人の顔が、
どれも“自分らしい光”をまとっている。
「いい年して変わりたい、とか」
「いい年して笑っちゃうね、とか」
「でも、言えるようになっただけで、すごいことですよね」
佐久間がぽつりとこぼす。
誰も否定しなかった。
その沈黙のなかで、少し風が通り抜けた。
午後の光がテーブルに揺れて、
編みかけの糸がきらりと光る。
──“いい年して”と言い合えること。
それが、誰かとわかり合う最初のサインなのかもしれない。
外では、木の枝がそよぎ、
どこからか子どもの笑い声が聞こえていた。
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