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仙崎ひとみ/九龍
紙吹みつ葉
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「あなたは永遠に拓ちゃんを一番には出来ない。同じくらいは一番じゃないから」
そう言われると、彩は何も言えない。
二人の間にまた沈黙が訪れる。
「ごめん、全然気付かなかったよ……」
ポツリと彩が言う。
「それだけ自分の事しか見えていないんだよ。彩は」
彩はこんなに敵意を剥き出しにした明菜を見るのは初めてだった。まるで別人のように見えて戸惑う。
「どうして……和也君の事を拓ちゃんに言ったの?」
「あなたがもし、和也君の事を忘れて……いや、忘れないまでもちゃんと思い出にして拓ちゃんと向き合っていれば、私の入る隙間など無かった。私を動かしたのはあなたよ」
これに関しては、明菜は本心でそう思っていた。
「拓ちゃんは本当に私と別れたいって言ったの?」
「信じられない?」
明菜に強い調子で聞かれて、彩は気圧され、返事が出来ない。
少し間を置き、わからないと言う風に無言で首を振った。
「好きな人の中に自分以外の大切な人が居ると言うのは、耐えられないから別れると言っていたわ。その後、私が気持ちを伝えたら、付き合いたいって言ってくれたのよ」
嘘を吐く罪悪感から、明菜は彩から視線を逸らした。注意深く見ていれば気付いたかも知れないが、今の彩にそんな余裕は無い。
「そうか……もしかして、私は明菜から恨まれていた? 私が鈍感で気付けなかったのかな?」
彩の声は震えていて必死に涙を堪えているように、明菜は感じた。
「何も知らずに、能天気なあなたが憎らしかった。落ち込んだらすぐに慰め役をさせられて迷惑だった」
明菜はもう横を向いて、まともに彩の顔を見る事が出来ない。
――嘘だ……私は彩が好きだ。素直で天真爛漫な彩が好きだ。今でも親友だと思っている。慰め役なら彩だって何度もしてくれた。彩が横にいるだけで、いつも心強かった。私は今、大切な人を失うんだ。もう二度と彩以上の親友なんて出来る筈は無い。
「ごめんね、気が付かなくて。私はずっと親友だと思っていたよ。ずっと今まで明菜と居て楽しかったから……多分、これからもずっと……」
「もう帰って!」
明菜は堪らず声を上げた。
「私、荷物を整理して、あのマンションを出るよ。名義が拓ちゃんだからね。戻ってくるように言ってあげてくれないかな」
「わかった……」
明菜はそれだけ言うのがやっとだった。
「拓ちゃん、寝相が悪くて布団を蹴飛ばす癖があるの……これから寒くなるから気を付けてあげて」
「もう、わかったから!」
明菜の声は悲鳴に近かった。
「ごめん……さようなら」
彩は立ち上がり、出て行った。
マンションのエントランスを出ると、外は小雨が降っていた。車まで歩いて行く間に、雨が彩の体を濡らす。彩が車に乗り込んでエンジンキーを回すと、カーステレオからRCの「スローバラード」が流れた。タイトル通りのゆったりとした曲が彩の心に染みわたる。車を発進させる事も忘れ、彩は曲を聴き入っていた。
目を閉じて聴いていた彩は、曲が終わると堪え切れずに、ハンドルに額を付けて泣いた。
「和也君……私、大好きな人に振られちゃった……あなたを忘れた方が良かったの? ……でも、私には無理だよ……どうすれば良かったの……」
彩が出て行った気配を確認すると、明菜はうわーと声を上げてテーブルの上に泣き伏せた。
「どうして、彩が謝るのよ! 怒ってよ! 私が酷い事したのに……」
泣き叫ぶ明菜の姿は、彩から拓馬を勝ち取った者には見えなかった。
しばらくして、泣き疲れた明菜はゆっくりとした動作でリビングに行き、スマホを手に取った。
「もしもし……今どこに居るの?」
(あ、あれから彩さんといろいろあって……今は実家に帰っています)
明菜が電話した相手は拓馬だった。彩から拓馬を奪い取ったから電話したと言う意識は無い。ただ単に、こんな辛い時に傍に居て欲しいと思った相手が拓馬だったのだ。