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(突然電話なんてどうしたんですか?)
「拓ちゃんの声が聴きたくなったの……」
(今の俺は明菜さんが知っている俺じゃないですよ)
拓馬は、明菜が別れ際に言った、自分を好きだと言う言葉を思い出していた。明菜が好きなのは大人の自分で、声が聴きたいのもそうなのだと考えていた。
「そんな事無い。私の知っている拓ちゃんと何も変わらないわ」
明菜の言葉に、拓馬から反応が無い。
「お願い。ここに来て。話を聞いて欲しいの……」
(えっ、でも、もう時間も遅いですし、明日じゃあ……)
「お願い、今日じゃなきゃダメなの。大切な話があるの」
明菜は男にこんな我儘を言うのは初めてだった。それぐらい拓馬に対して気持ちを抑えられなくなっていた。
(……わかりました)
少し考えて拓馬は了解した。
電話を切った後、明菜はシャワーを浴びた。涙と彩への未練を洗い流し、拓馬に抱かれる準備をする為に。もう後戻りは出来ない。どんな事をしてでも拓馬を奪い取らないといけないと決心を固めていた。
薄く香水を付け、ピンクのショーツにブラは着けない。薄いピンクのキャミソールを着て、その上に白いニットのロングカーディガンを羽織る。男を誘惑する勝負服だ。高校生の拓馬を意識して化粧は薄目にする。少し年上のお姉さんを演出した。
拓馬を待つ間にアルコール度数の強いワインを少しだけ飲んだ。酔わない程度、ほんのりと頬に赤みが差す程度に。
しばらくして、明菜の部屋の玄関チャイムが鳴った。時間はもう午後十時を過ぎている。拓馬以外は考えられない時間だ。
「ありがとう。来てくれて嬉しいわ」
明菜が笑顔でドアを開けると、その姿を見た拓馬は一瞬動きが止まる。
「あ、あの……」
昼間と違うセクシーな明菜の姿を見て、拓馬は部屋の中に入って良いのか戸惑った。普段着の明菜を想像していたので、面食らったのだ。
「どうぞ、中に入って」
明菜に促されて、玄関で立ちすくんでいた拓馬はようやく動き出す。中に入って行く明菜の後姿から、拓馬は目が離せず、自分が何の為に来たのか忘れそうだった。
「お茶を淹れるから、リビングで座っていて」
明菜に促されて、拓馬はリビングのクッションにもたれて座る。拓馬は緊張していた昼間より、今の方がより落ち着かない気がした。
「お待たせ」
明菜が昼間と同じようにコーヒー二つとチョコレートをローテーブルの上に置き、拓馬の右横に座った。昼間と違うのは拓馬との距離で、今は肩が触れ合う程に近付いている。
横に座る明菜の首筋からほのかに甘い香りが漂う。拓馬の方が背が高いので、どうしても視線は見下ろす感じになり、横を向くだけで明菜の形の良い胸の谷間が目に入る。
「あ、あの……話って何ですか?」
自分を抑える為にも、拓馬は当初の目的に意識を向けた。
明菜はすぐに返事をせず、体を拓馬の方に向けて更に近付く。
仙崎ひとみ/九龍
紙吹みつ葉
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「彩と何かあったの?」
そう聞かれて、拓馬はどう話すべきか考えた。
「俺は彩さんを傷つけてしまいました」
明菜はテーブルの上に乗っている拓馬の右手に自分の右手を重ね、目をじっと見つめて無言で続きを促した。
「言わなきゃ良かったんだ。記憶を失う前の俺が、彩さんと別れようと思っていた事を。ちゃんと記憶を取り戻してから言うべきだった。今の俺から言っても言葉足らずで、傷つけるだけだったんだ……」
明菜は重ねた拓馬の右手をぎゅっと握り、左手を肩に置いた。