テラーノベル
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「私歌います!」
楽屋では咲子が意地を張っていた。
しかし、言った側からふらりとよろけてしまう。
京太郎が、慌てて支えた。
「無理だ。そんな気力が無い状態では、歌どころじゃない」
中村が言い切る。
「でも!公演に穴が空きます!」
咲子も粘った。
あれから、新聞の咲子叩きは日に日に醜くなっていた。楽屋口にも野次馬が集まり続け、劇場の壁には心無い落書きまでされる始末だった。
咲子は、立つのもままならない状態で、京太郎に支えられ、ようやく歩けるという具合にまで追い詰められていた。
「心配には及ばん。お咲、無理をするな。公演は私が変わりに演奏する」
岩崎が、チェロを抱えてやって来る。
「音楽学校の特別授業だ。学生たちにこちらへ来るように伝えてある」
客席からは、野次馬が排除されるだろうと岩崎は言った。
「なら、わ、私も歌います!」
「駄目だ。今日はおとなしくしろ。岩崎にまかせとけ」
中村も咲子を止めた。
「お咲、そうしろよ。そんなじゃ舞台に立てないだろ?」
京太郎も咲子を労る。
「支配人!音楽学校から物凄い数の生徒さんがやってきました!」
どうやら全校生徒が集まったらしいと、劇場の下働きが飛び込んで来る。
「まあ、そういうことだ。お咲。今日は私に譲ってもらうぞ」
言って岩崎は、舞台へ向かった。
「だよなあ。天下のチェロ奏者、岩崎京介が演奏するとなると、全校生徒総出になるわなぁ」
大したもんだと中村が頷いている。
「あーー、そうだ!外で呼び込みやってくれ!一般客も取り込めるかも知れん」
中村は下働きに命じた。
「うわっ、中村のおっさん、商売気出すなあ」
「当たり前よ!京太郎!ここのところ客足が途絶えて損失でてんだ。取れるところからは取るぜ」
はははと、中村は豪快に笑うが、咲子はそれを見てしゅんとした。
「お咲、悪いのはお前じゃねえぞ!全部秋山の野郎のせいだ!」
京太郎が、必死に庇う。
「証拠がない。と言いたいところだが、そうに違いない。お咲気にするな」
中村も追って言う。
「はいはい!その証拠つかんできやしたよぉーー!」
バタバタと二代目が駆け込んてきた。
「いや、中村の兄さん!秋山って男爵はとんだ食わせものだあ!」
「おっ!二代目!」
「へへへ、田口屋の人脈全て使いやした」
舐めてもらっちゃ困ると、二代目は息巻く。
「いや、俺は舐めてはないけど?で?」
中村の問に、二代目は軽快に答える。
「……その先の活動写真館の女弁士にかなり入れ込んでいるらしい。あと、新橋の芸者にも。身請け話が出ているようで」
「え?!なんだよそれ!」
京太郎が驚く。
「やっぱりお咲だけじゃなかったか……。二代目、ありがとよ」
「いやいや、お咲のためだ。これくらい朝飯前よ!で、中村の兄さん?」
「ん?」
「まさか、これで終わりってこたぁ無いだろ?」
「当たり前だ。これからだろ?面白くなるのは」
中村がニヤリと笑った。
「そうこなくっちゃ!」
「二代目、後は任せたぜ」
はいよ、と二代目は気軽に返事をするが……。
「なあ、何企んでんだよ」
京太郎が、訝しげに中村と二代目を見る。
「別に、企んじゃいねえよ。秋山男爵を懲らしめるだけさ」
中村は当然のように言う。
「いや、それ、企んでるだろ!」
「まあ、まあ、京太郎。ここはひとつ、大人に任せとけって」
二代目がヘラヘラと笑っている。それにつられるように、中村も笑った。
芙月みひろ
280
#普通
野々さくら
57
#女主人公
コメント
1件
うわ、咲子ちゃん無理すんなよ…って思わず声出たわ。立つのもままならない状態で「私歌います」って、もうそれだけで泣ける。でも岩崎さんがチェロでカバーして、しかも音楽学校の生徒総出で押しかける流れは熱すぎる🔥 京太郎が「悪いのはお前じゃねえぞ!」って庇うところ、グッときた。 そして二代目が掴んできた秋山男爵のスキャンダル情報!女弁士に入れ込んでるとか、新橋芸者の身請け話とか…やっぱりアイツが黒幕か。中村さんと二代目が何か企んでる不気味な笑い、次回が楽しみすぎるわ。続き早く読みたい!!