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「すち、お願いがあるの」
夕暮れ前、大学の裏庭に吹く風がやさしく髪を揺らしていた。
「……なに」
「絵を描いてほしい。太陽の下で、青空の下で――
俺と、すちと、あとね、オカルトサークルのみんなと一緒の……絵」
すちの胸がぎゅっと痛んだ。
その願いが、ただの希望ではないことを直感していた。
「お前、もう……」
「うん、わかってる。もう長くない。だから……最後に、すちの絵が見たいんだ。
あのとき止まってしまった絵が、今、また動き出したのが嬉しくて。
すちの“世界”に、俺を残してほしいんだ」
声はやわらかく、でも確かな“覚悟”が滲んでいた。
すちは頷いた。
「……わかった。描くよ。全力で、お前を、描く」
すちは、オカルトサークルの4人に声をかけた。
「お願いがあるんだ。モデルになってほしい。……みことのために」
らんは静かに頷き、いるまは「やっぱり来たか」と肩をたたいた。
ひまなつとこさめは泣きそうになりながら「もちろんだよ」と笑った。
晴れた日曜日。
大学の広場で、みんなが並んで立ち、すちはキャンバスと向き合った。
絵筆が空に向かって走る。
心の奥にあった色が、キャンバスに流れ出すようにして、太陽の下の“みこと”を描いていく。
完成した絵は、明るくて、あたたかくて――
そして、どこまでも悲しかった。
その絵を見て、みことはぼろぼろと涙をこぼした。
「すちの絵、また見れた……嬉しい……すっごく、嬉しいよ」
微笑んだみことの顔は、あの日――すちに最後に見せた笑顔と同じだった。
「手、出して?」
みことがすちに手を差し出した。
透けていたはずの指が、はっきりと形を取り始める。
「……え?」
「最後の力を使ったの。一日だけ……“触れられる”んだ」
すちは迷わず、その手を握った。
あたたかかった。
こんなにも――ちゃんと“生きて”いた。
「僕と、遊んで?」
「……うん。ずっと、そばにいる」
――奇跡の一日
6人はゲーセンで笑い合い、くだらないゲームに大はしゃぎした。
海辺では、風に吹かれながらみことが「生きてるみたいだ」と笑った。
「バカ。お前、ちゃんと生きてるよ」
夜は、静かな浜辺で花火をした。
火の粉が夜空に弧を描き、ふたりはずっと手を繋いでいた。
やがて、残された時間は“あと一時間”になった。
――二人きりの夜
並んで腰かける堤防の上。
波の音と風の音しか聞こえない世界。
「ねぇ、すち。……ぎゅってして?」
「……っ、ばか、」
すちは強くみことを抱きしめた。
触れ合えることが、こんなにも苦しいなんて思ってもいなかった。
「すちが、幸せになってくれたらいいなって思うの。でもね、ちょっとだけ……俺のこと、引きずってくれたら嬉しいな……ずるいかな?」
「ずるくなんか、ない。忘れるわけないだろ。お前は、俺の中に生きてるんだから」
「一生、忘れないでね。……すち、笑っててね」
「……お前がいなくなっても、笑って生きる。けど――」
「けど?」
「天国で会えたら……また一緒に散歩してくれよ」
みことは、涙を浮かべて笑った。
「もちろんだよ。天国で待ってる。……でも、早く来たら怒るから。
大往生で、よろしくね」
「……ああ、約束だ」
「……すち。大好きだよ」
そしてみことは、そっと唇を重ねた。
すちは涙の中で「俺も、愛してる」と囁き返し、もう一度、深く、唇を重ねた。
その瞬間――
抱きしめた身体が、ふっと、光となってほどけていった。
あたたかく、やさしく、空へ、空へと還っていく。
「……みこと」
すちの腕の中に、もう、みことはいなかった。
だけど、涙をこぼしながらも、すちは空を見上げて、笑った。
「……お前、ちゃんと見てろよ。俺、約束通り、幸せになるから。
でも、一生忘れないよ。
ずっと、俺の中で生きて――みこと」
春、すちは新しいキャンバスに向かっていた。 描くのは、笑ったみこと。光の中に立つ、あの日の君。
そして、キャンバスの片隅には、手を繋ぐ影。
きっと、これからも。
君はずっと、ここにいる。
数年後。すちは美術館の個展を開いた。
テーマは《やわらかなひかり》。
展示の最後に、ひとつだけ、タイトルのない絵が飾られていた。
その絵の前で、ひとりの少年が立ち止まった。
「……この人、すごく笑ってるけど、ちょっと寂しそう」
母親らしき人が言った。
「それはね、作者がずっと大切にしてきた人なんだって。会えない人を、絵の中で生かしてるのよ」
「ふうん……」
少年はもう一度、絵を見た。
そして、ふいに笑った。
「でも、あったかいね。なんか、そばにいてくれるみたい」
それは確かに、すちと、みことが生きた証。
誰にも届かないかもしれない、でも誰かの胸に灯る絵だった。
《ひだまりの絵》
その絵の中で、みことは今日も――笑っている。