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ゆうき あきや
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#心理描写重視
第90話:巨大ヒグマのブラッシング(春の換毛期)〜最強の捕食者と、ただのデカい猫〜
俺——アキヤが山林ごと買い上げた、北海道十勝地方の限界集落。
新緑の香りを運ぶ春の風が、今日も古民家の縁側を心地よく吹き抜けている。
だが、現在の俺の生活圏内(ロジスティクス)には、春の訪れと共に『ある重大な問題』が発生していた。
「……ふむ。やはり、放置しておくわけにはいかないな」
俺は腕を組み、縁側の前に鎮座する『巨大な黒い山』を見上げた。
数日前のジンギスカン宴会に乱入してきたものの、神獣シロの一鳴きで完全に野生を失い、そのまま我が家のレギュラーメンバー(?)として居座るようになった、体長3メートルの巨大ヒグマである。
野生の王者は今や、シロの放つマイナスイオン空間にすっかり魅了され、縁側の下で「でかいクッション」のように丸くなって昼寝を貪る毎日を送っていた。
それ自体は平和でいいのだが、問題は『季節』だ。
ヒグマが前足で耳の裏をポリポリと掻くたびに、分厚い冬毛がごっそりと抜け落ち、タンポポの綿毛のようにフワフワと春の空を舞うのである。
「お兄さん、またヒグマさんの毛が飛んできましたよ! 私の割烹着が毛だらけです〜!」
庭で洗濯物を干していた小春ちゃんが、フサフサになった袖を見せながら苦笑いをしている。
俺の手元にある、いつもの昼食――『玄米と大豆パティ』のプレートにも、ヒグマの冬毛が一本、ハラリと舞い降りてきた。
「……ミニマリストの食卓に、異物混入は許されない。それに、放置すれば通気性が悪くなり、皮膚病の原因にもなる。兵站物資のメンテナンス(予防保全)は、需品科の基本だからな」
俺は玄米のプレートを置き、物置から『ある秘密兵器』を取り出してきた。
それは、ホームセンターで農業用として売られていた、巨大で頑丈なデッキブラシと、馬用の金属製グルーミングコームだ。
「よし。お前、ちょっとこっちを向け」
俺が声をかけると、ヒグマは「グルォ?」と間の抜けた声を出し、のそりと起き上がって俺の前に巨大な背中を向けた。
ジンバルに固定されたスマホの画面では、今日も三百万人のリスナーたちが、この非日常すぎるスローライフを固唾を飲んで見守っていた。
『主、ついにヒグマのブラッシングに挑むのかww』
『命知らずすぎるだろww』
『いくら大人しいとはいえ、一歩間違えたらワンパンで首飛ぶぞ!!』
『シロ様はヒグマの頭の上で寝てるしwww 完全に乗り物扱いじゃん』
『この限界集落、食物連鎖が完全にバグってる』
リスナーたちがハラハラと見守る中、俺はヒグマの背中に巨大なコームを当て、力を込めて一気に梳き下ろした。
ズザザザザッ……!!
「うおっ!?」
たった一撫で。それだけで、俺の持っていたコームには、スーパーのレジ袋一つ分はあろうかという、大量の茶色い冬毛が絡みついてきた。
冬の寒さを凌ぐための、分厚くて密度の高いアンダーコート(下毛)。
それが春の陽気で浮き上がっており、梳かすたびに面白いようにごっそりと取れるのだ。
「おお……これは、なかなかのやり甲斐があるな」
俺は需品科時代にトラックの洗車で鍛えた見事なストロークで、ヒグマの背中、側面、そして首周りへと、リズミカルにブラシをかけていった。
ズザッ、ズザザッ……。
大量の毛が舞い散り、ヒグマのシルエットが一回り小さくなっていく。
すると、ブラッシングを受けていたヒグマの様子に、明らかな『変化』が現れた。
『グゥ……。グゥゥ〜〜……』
巨大な猛獣の喉の奥から、低く、重低音のバイブレーションのような音が鳴り始めたのだ。
「えっ……? ヒグマさん、なんかすごく気持ちよさそうにしてませんか?」
小春ちゃんが目を丸くする。
ヒグマは、俺がブラシをかけるたびに「そこそこぉ……」と言わんばかりに背中を押し付けてくる。
血走っていた獰猛な目は完全に三日月型に細められ、口からはだらしなく舌が飛び出している。
そしてついには、ドスゥンッ!と縁側の前に仰向けに転がり、巨大な前足をパタパタと動かしながら、完全に無防備なお腹を俺に向けてきたのだ。
『ゴロゴロ……。グゥ〜〜……』
「……嘘だろ。これ、どう見ても……」
俺がブラシを持つ手を止めると、三百万人のチャット欄が、俺の心の声を完全に代弁した。
『でかい猫じゃん!!!!wwwww』
『ヒグマがゴロゴロ喉鳴らしてとろけてるwwww』
『完全に腹見せて「もっと撫でて」のポーズだろこれww』
『野生の王者の尊厳、完全崩壊』
『シロ様のオーラにあてられすぎて、種族まで猫に書き換えられた説』
『可愛すぎるだろこの巨大生物ww』
最強の捕食者が、ただの巨大な『甘えん坊のもふもふ』へと成り下がった瞬間だった。
この圧倒的なギャップと癒やし映像に、世界中のVIPたちも狂喜乱舞し、財布の紐を木っ端微塵に吹き飛ばした。
『(ドバイの石油王からの¥50,000MeTubeギフト)=”Hahaha! What an adorable giant! Master, please sell me that brushed fur! I want to make a legendary winter coat!“(ハハハ! なんて愛らしい巨人だ! 主よ、その抜け毛を私に売ってくれ! 伝説の冬用コートを作りたい!)』
『(スイスの銀行家からの¥50,000MeTubeギフト)=”The ultimate relaxation! This bear’s purring is curing my insomnia!“(究極のリラクゼーション! このクマの喉鳴りで私の不眠症が治っていく!)』
『(ハリウッド女優シャーロットからの$500MeTubeギフト×10連発)=”Akiya! Brush more! Give him the best spa treatment in the world!“(アキヤ! もっとブラッシングしてあげて! 世界最高のエステを受けさせてあげて!)』
極彩色のMeTubeギフトの嵐が、抜け落ちた冬毛のように画面を覆い尽くす。
「お兄さん、ヒグマさん、すっごくとろけてますよ! 私も撫でていいですか!?」
小春ちゃんが駆け寄り、ヒグマのフワフワになったお腹を両手でモフモフと撫で回す。
ヒグマは「クゥ〜ン」と情けない声を出し、小春ちゃんにすりすりと巨大な頭を擦り付けた。
シロもヒグマのお腹の上に飛び乗り、一緒に『ゴロゴロ』と喉を鳴らして共鳴している。
コン吉とコン次郎は、抜け落ちた毛の山にダイブして遊んでいた。
世界中の人間が、この限界集落で起きた「種族を超越した平和の奇跡」に感動の涙を流している。
だが。
俺はブラシを置き、元・社畜としての『どんな奇跡にも動じない鋼のポーカーフェイス』でカメラに向き直った。
「……世界中の皆さま。巨大な猛獣が猫になったと感動しているところ大変申し訳ありませんが、冷静になってください」
『出たァァァァァ!!!』
『三百万人がクマの可愛さに悶絶してるのに、絶対に認めない男!!』
『主の限界言い訳タイム・巨大ヒグマブラッシング編ww』
『さあ、この腹を見せてゴロゴロ鳴くヒグマをどう論破する気だww』
俺は、キリッとした真顔で、淀みない口調で言い放った。
「これは野生のヒグマが猫化(ねこか)したわけではありません。以前もお伝えした通り、これは地元の観光協会が作った『精巧な着ぐるみ(アニマトロニクス)』です。春の気温上昇に伴い、内部の冷却ファンがフル稼働しているモーター音が、たまたま猫のゴロゴロ音と同じ周波数に聞こえているだけです。また、大量に抜けているこの毛も、紫外線劣化によって剥離した安物の『アクリル繊維』に過ぎません。ええ、ただの着ぐるみのメンテナンス風景ですね」
「あるわけないじゃないですかぁぁぁ!!!」
小春ちゃんが、ヒグマの抜け毛を丸めた巨大な毛玉で、俺の背中に渾身のツッコミ・ストライクを見舞った。
「冷却ファンのモーター音に合わせて、自分から仰向けになってお腹見せる着ぐるみがどこにあるんですか!! どう見たって、お兄さんのブラッシングが気持ちよすぎて、シロちゃんみたいに甘えちゃってるただの巨大なもふもふでしょうが!! 自分の手懐けスキルと奇跡を素直に認めなさいよ!!」
『小春ちゃんの毛玉スマッシュ炸裂www』
『着ぐるみの冷却ファン(ゴロゴロ音)』
『劣化したアクリル繊維(極上の冬毛)』
『適応力バグおじさん、あくまでヒグマを人工物だと言い張るww』
『言い訳が無理矢理すぎて今日も腹痛いわww』
俺の理不尽極まりないメカニカルな言い訳と、小春ちゃんの鋭すぎる物理ツッコミに、三百万人の視聴者たちは大爆笑の渦へと叩き落とされた。
『ミャウ(綺麗になったわね)』
ヒグマのお腹の上で、シロが満足げに鳴く。
ブラッシングを終え、一回りスッキリとしたヒグマは、俺の手を巨大な舌でペロリと舐めると、再び縁側の下で幸せそうに眠りについた。
「……まぁ、理由はどうあれ。抜け毛が減って俺の玄米が守られたなら、それが一番だ」
俺は苦笑いしながら、舞い散ったヒグマの毛をほうきで掃き集めた。
莫大な富を持っていながらも、限界集落に留まり続ける元社畜。
そして、彼が守り抜いた聖域で暮らす、神獣とキツネ、そして「ただのでかい猫」と化した最強の山の主。
春の陽光が降り注ぐこの古民家は、今日も世界一バグっていて、世界一温かい、最高の癒やし空間として世界中を魅了し続けるのだった。
コメント
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あっ、第91話も読んだよ…!🤍 ヒグマが完全に“でかい猫”になってて、もう愛おしさで胸がぎゅってなった(笑) 「冷却ファンのモーター音」理論には今回も笑わせてもらったけど、小春ちゃんの毛玉スマッシュが炸裂するところ、めっちゃ好き。 シロ様が頭の上で乗り物扱いしてるのも、種族を超えた平和すぎる光景でじんわりきた… ゆうきさんの世界、今日も最高にバグってて温かいね🌙