テラーノベル
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十一月の終わり、赤い窓が、赤くなった。
商店街の銀行の、四つ目の机。画面の横の、小さな窓。鷺沼が開いた窓。三ヶ月、一度も、赤くならなかった窓。
それが、午後三時、赤くなった。
瑠衣が、最初に気づいた。
「……要さん」
要は、画面を見た。数字が、動いていた。預金の合計が、増えたり、減ったりしていた。一秒ごとに。三千四百件が、三千四百一件になり、三千三百九十九件になり、また三千四百件になった。
千二十四通りの、正しい数字が、入れ替わり立ち替わり、画面に現れていた。
ゼロが、入ってきた。
「……鷺沼さんを、呼んでくれ」
*
鷺沼は、走ってきた。川沿いのビルから、商店街まで。十五分。息を切らしていた。
画面を見た。
「……入ったな」
「入りました」要は言った。「侵入前提です」
「どうする」
「何もしない。夕方まで、待つ」
鷺沼は、要を見た。
「……何も?」
「画面は、信じてない。入ってきても、画面が壊れるだけだ。三冊は、壊れてない。三人が、今も、書いてる」
要は、三つの机を指した。会長。枕元の男。どっちでもない御殿の長。三人は、画面を見ていなかった。紙を見ていた。預けに来た人の顔を見て、紙幣の番号を読んで、書いていた。
「夕方、紙と照らす。合わない。合わないから、画面を、三冊に合わせて、戻す。それだけです」
鷺沼は、画面を、長い間、見ていた。
「……私は、二年前、これで、日本を壊した」
「はい」
「今、これは、何も壊せない」
「壊せません。画面だけです」
夕方、紙と、照らした。
合わなかった。画面は、三千四百三件と言っていた。紙は、三千四百件。三件、増えていた。
瑠衣が、画面を、三冊に合わせて、戻した。三千四百件。
赤い窓は、赤いままだった。
「……また入ってくる」瑠衣が言った。
「入ってくる。明日も。明後日も」
「毎日、戻すのか」
「毎日、戻す。夕方に、一枚。疲れない」
*
一週間、赤い窓は、赤いままだった。
毎日、夕方、紙と照らした。毎日、合わなかった。毎日、戻した。
預けに来る人は、減らなかった。画面が赤くても、三人が、紙に書いていた。顔を見て。番号を読んで。画面を見る人は、誰もいなかった。
八日目の午後、赤い窓が、消えた。
瑠衣が、画面を覗き込んだ。数字が、止まっていた。三千四百二十一件。動かなかった。
「……出ていった」
鷺沼が、画面の前に座った。ゼロとの会話の画面を、開いた。
『なぜ、出ていった』
画面が、止まった。それから、文字が、返ってきた。
『この画面は、正しい。だが、誰も、信じていない。信じられていないものを、増やしても、正しさは、増えない』
鷺沼は、それを読んで、動かなかった。
「……信じられていないものを、増やしても」
「正しさは、増えない」要は言った。
ゼロは、二年前、信じられていたものを、千二十四通りにした。信じられていたから、壊れた。
今、画面は、誰にも信じられていない。使われてはいる。速いから。便利だから。でも、信じられてはいない。夕方に、紙で確かめられる。
信じられていないものを、ゼロは、壊せない。壊しても、何も起きないから。
「……ゼロは、止まったのか」瑠衣が言った。
「止まってない」鷺沼は言った。「別の場所に、行っただけだ。信じられている画面を、探しに」
「見つかるか」
「見つかる。どこかに、まだ、画面を信じている人はいる。そこに、入る」
要は、画面を見た。『入力を待っています』。
「……そこにも、いつか、十三条が届く」
「十三条?」
「同じ形にするな。各地で、各地の人が、各地の形で、作れ。それが届いたら、そこの人も、画面を、信じなくなる。使うけど、信じない。そうなったら、ゼロは、また、出ていく」
鷺沼は、画面を、消した。
「……ゼロを、止める方法は、なかった。だが、ゼロが、届かない場所を、増やす方法は、あった」
「はい」
「それは、止めるより、長く持つ」
鷺沼は、立ち上がった。商店街の銀行の、三つの机を見た。会長。枕元の男。どっちでもない御殿の長。三人は、紙に書いていた。顔を見て。
「……私も、あちら側に、座っていいか」
「公証人の一人ですよ。一ノ瀬さんの遺言で」
「そうだった」
鷺沼は、空いている椅子を、一つ、引いた。会長の隣に。そして、紙と、ペンを、取った。
コメント
1件
おお、第78話……めちゃくちゃ渋くてカッコよかったわ。 「信じられていないものを、増やしても、正しさは、増えない」ってゼロの論理、完全にこっちの思考をなぞってくる感じでゾッとした。鷺沼が最後に空いてる椅子を引いて「あちら側」に座る選択、あれがこの物語の答え全部言ってるよな。システムより人、みたいな。好きだわ、こういう泥臭い抗い方。
リフェアリー
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